01.奥様は愛されないらしい
「雪子。お前は一ヶ月後、安斎家へ嫁ぐことが決まった」
年明け早々、父親に珍しく書斎に呼び出されたと思ったらクソ発言をされた。
「……そうですか。大学はどうすれば」
「先方の望むようにしろ」
「わかりました」
いや、よくわからんが。
まあ今後の詳細は家人を通じて指示があるだろう。
いずれ何かしらの駒にされると思っていたから、驚きはない。文句はあるが。
でも反抗はしない。面倒くさいからね。
出来ることなら就職して縁切り同然の独り立ちをしたかったが、世の中そう上手くはいかないようだ。
とりあえずは前向きに、クソ家を出られることでも有り難がっておくか。
そんなこんなで嫁ぐことになった安斎家。
興味がなかったから知らなかったが、どうやら結構な名家らしい。
相手は次男のようだが、うち程度の家柄じゃあかなり頑張った方だろう。
妹がなんで自分じゃないんだ、あんたみたいなデブがなんでと喚いていたが、知らん。
母親も似たような事を言っていたが、妹はまだ高校一年なので普通に考えて無理だ。
一応結婚できる年とはいえ、幼妻すぎてさすがに外聞が悪い。
もうひとつ言わせてもらえば、私はデブじゃない。ギリぽっちゃりだ。
そんなこんなで嫁いだ安斎家。
相手が忙しいとかで、顔合せもなく婚姻届に記入させられて、いつの間にか人妻だ。
一応両家(当事者抜き)で結納らしきやりとりはあったらしいが、もはや強行とも言える成り行きと現状はどう考えても訳ありだろう。
ハイハイ身を任せながら、はてさて私の旦那様はどんな曰く付きなのやらと思案して、痛いのはイヤなのでとりあえずDV男以外でお願いしますと神に祈った。
そして引っ越した高級マンション。そこにおわしたのは、なんとまあ、たいそうな美丈夫だった。
なるほどこれは面食いな妹が喚くわけだと感心していたら、ゴミ虫を見るような目で言われた。
「籍は入れてやったが、愛されると思うなよ」
え、はい。神妙に頷いてはおいたが、そんなわかりきったことをわざわざ念押ししてくるなんて、私の旦那様は少々自意識過剰なのかもしれん。
「不束者ですが、宜しくお願い致します」
「ふん。基本的に好きに過ごしていいが、俺に干渉するな。身の程をわきまえて過ごせ」
「畏まりました」
とんだ俺様発言だが、もともと干渉なんぞ面倒なことをする気はないので何も問題ない。
むしろ好きに過ごしていいというのが本当なら、好待遇と言っていいだろう。
DV男じゃなければ尚良しだが、そこは要観察だ。
言いたい事を言ってさっさと出て行った美丈夫を淑やかに見送って、そういえば名前なんやったかと秘書の高田さん(残ってハイソマンションの説明をしてくれてた)に出来るだけさりげなく訊いたら、鉄壁っぽい微笑みで教えてくれた。
美丈夫の名前は“尊”というらしい。三十三歳。年の差一回り。
若く見えるがそこそこおっさんだ。
秘書さんが「尊様」と呼んでいたので、私も敬畏とオモシロ半分でそう呼ぶことにした。
後日顔を合わせたときに当然のように受け入れていたので、異議はないらしい。
そんなこんなで始まった新(婚)生活。
最初はどうなることやらと思っていたが、実際過ごしてみれば実家にいた頃よりもよっぽど快適だった。
俺様発言をかました尊様は滅多に家に帰ってこないので、気持ちは半ば悠悠自適な一人暮らしである。
一人(二人)暮らしには広い高級マンションも、週に一度本家の家政婦さんがピカピカに掃除してくれるからめちゃくちゃ家事が楽だし、スーパーもコンビニもドラッグストアも近所にあるし、地理的にも大学に通いやすいので大変ありがたい。
そう、私はまだ大学生である。
尊様に確認したら勝手にしろと言われたので、心置きなく勝手にさせてもらった。
お金は腐るほどあるみたいだから学費の支払いも遠慮なくお願いして、なんなら学内施設で使えるプリペイドカード(自動チャージ)も作った。
クソ家とクソ家族とクソ親父の恩着せがましい扶養から解放されただけでも結婚した甲斐があったというのに、そのうえ待っていたのが衣食住を手厚く保証された快適ライフだったので、何か裏があるんじゃないかと疑心暗鬼になったほどだ。まあ数日でどうでもよくなったが。裏があろうとなかろうと、現状は変わらんからな。
ところで、どんな曰く付きだろうと思っていた尊様だが、ただ女にだらしないだけだった。
「尊さんの初体験は中学一年生の夏なの」
ある土曜の昼下がり、家でレポート作成をしていた私を訪ねてこられたお義母様が、リクエストのほうじ茶を一口飲んで開口放ったお言葉である。
曰く、尊様は中一の初体験以来、女を食い散らかしているらしい。
容姿端麗で頭脳明晰、しかも金持ちだなんて、そりゃ相手が湧いて出るだろうから不思議はない。王道すぎてつまらんくらいだ。ちなみに相手は逆ナンされたOLだそうだ。
上品な溜息と一緒に湯水のごとく息子の女性遍歴を愚痴るお義母様が、いろいろ把握しすぎててウケる。
ついでに言うと、私を結婚相手に選んだのはお義母様だったらしい。
なんでも、安産型の腰つきを気に入ったとか。
尊様が選ぶ女はどれもこれも細くて華奢で心許なく思っていたところ、元気な孫を生んでくれそうな私の釣書写真に一目惚れしたとのこと。
お義母様はお金持ちの奥様らしく、しれっと失礼な人のようだ。
とまあ、孫目当てで嫁に選ばれたものの、その期待に応えられる可能性が極めて低いのが我々夫婦だ。
私がまだ学生なのもあるが、それ以前に尊様と結婚して二ヶ月、初夜どころか、一度も床をともにしていない。
寝室は別だし、そもそも滅多に家に帰ってこないし、挨拶と必要事項以外ほぼ会話ないし……そういえば飯すら一緒に食べたことねぇな。
何度か勝手に作り置きの惣菜を食われていたことはあるが、生活費の出所は旦那様なので文句は言うまい。
話は逸れたが、子づくり問題だ。
私としては嫁ぐからには一応そういう覚悟もしていたが、愛されると思うな発言は、感情面だけでなく肉体面も含まれていたようだ。
まあもともと尊様はこの結婚に納得してないようだったし、好みはスレンダー美女らしいからな。
ただの子づくり作業だと割り切ろうにも、食指が動かんのかもしれん。
我がゆるふわボディを不満に思った事はないが……まさか得することがあろうとは、世の中わからないものである。
そんなわけでご期待に添えなくて申し訳ないが、どうやら現在進行形で食い散らかしてるみたいだし、孫はそのうちどこかのスレンダー美女が生んでくれるんじゃないでしょうか。
離婚は私が大学を卒業してからにして欲しいけどな。
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