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不倒の旭日旗

作者: イカ大王

 

 めくるめく閃光が走り、足元に落雷したかのような凄まじい轟音が響き渡った。

 光は眼下の連装砲塔と鋭い艦首を昼間のように照らし出し、艦橋に詰める士官たちの顔さえも闇夜に浮かび上がらせた。さらに、轟音は乗組員の耳朶を震わせ、固形化した空気は胸を打つ。


 それは、長門(ながと)型戦艦の一番艦である「長門」が、四〇センチ連装砲四基での射撃を開始したことを、否応なく全乗組員に知らしめるものだった。


 艦隊の名は、第一戦隊群。

「長門」を中心に、巡洋艦「利根」「高雄」、駆逐艦「雪風」「響」「宵月」及び松型駆逐艦四隻から成っている。


「堕ちたものだな。我々は」


「長門」艦長の古要桂次(こようけいじ)一等海佐は、砲撃の余韻を苦々しげに味わっていた。


「長門」は、『戦艦』ではない。GHQや諸外国の顔色を伺った結果、『一等特務警備艦』と呼ばれている。

 所属している組織も、【日本国海上自衛軍(J M S D F)】であり、大日本帝国海軍ではない。

 日清・日露戦争にて圧倒時な勝利を収め、先の大戦で米英海軍と総力を上げて渡り合った帝国海軍は、いまや亡き存在だった。


「敗者の定め、ですよ。艦長殿」


 艦橋当直航海士の間宮敏夫(まみやとしお)三等海佐が苦笑した。

 彼は竣工から一貫して「長門」に乗り込んでいるベテラン士官である。その当時は一介の水兵であったが、帝国海軍の解体と海上自衛軍入隊を経て、三佐──すなわち少佐にまで上り詰めた猛者だった。


「戦艦が『長門』のみになってしまったのも、そして今、米国の世界戦略のために朝鮮半島を砲撃しているのも、全ては負けたからです」


「だな、()()


 古要は制帽を脱ぎ、頭をかいた。制帽に刻まれている意匠は、帝国海軍のそれとは異なる。それを見てさらに暗澹たる思いになり、ため息をつくのだった。


(どうも、この軍隊は好きになれない)


 海上自衛軍は、戦後生き残っていた帝国海軍の諸艦艇を指揮下に置いているし、旧軍経験者も多く所属している。それでも、帝国海軍とはやはり違う。


 古要は艦の左舷に広がる光景に目線をやった。そこには朝鮮半島東岸の稜線がうっすらと見えている。随所から黒煙が上がり、時折橙色の閃光が走る。断続的に砲声が聞こえてくるのをみると、夜半を過ぎても戦闘は続いているようだ。


 間宮が言った『米国の世界戦略のため』という言葉が頭から離れない。まさにその通りだ。

 海上自衛軍は、いや、日本は米国に利用されている。半島への派兵も、自国を共産主義から守るためではなく、米国の利益を守るためのものに他ならない。


 帝国海軍が懐かしい。あの頃は、一独立国家の一海軍として、組織も個人も国に尽くす気概があった。憲政の常道が崩れ、軍国主義化したその先にあっても、だ。


 その時、「長門」は第二射を放った。

 再びの轟音がいんいんと響き渡り、体にこたえる衝撃と爆風が艦齢三〇年の艦体を駆け抜けた。閃光に至っては、前方を警戒する護衛艦「宵月(よいづき)」の後ろ姿さえも浮かび上がらせた。


「小官は、この海上自衛軍のことをある程度気に入っております」


 砲撃の残響が無くなる頃、間宮がおもむろに言った。


「なぜそう思う」


 古要は問う。自分よりも軍歴の長い間宮である。帝国海軍への思い入れは自分以上に大きいはずだが。


「実態はどうあれ、自衛軍には帝国海軍の魂が受け継がれていると思うからです。あれをご覧なさい」


 間宮は正面の暗闇を指さした。


「何も見えんぞ」


「お待ちを。……三、二、一」


「長門」は三回目の射撃を放つ。三たびの轟音、衝撃が老嬢の艦体を貫き、砲身から噴出した真っ赤に発射炎があたりを照らし出した。

「宵月」の後ろ姿が再び浮かび上がる。二基の長一〇センチ砲の手前にある艦尾には、軍艦旗たる旭日旗が、その姿をたなびかせていた。


 その時、古要は思い出した。

 軍楽隊によって【軍艦行進曲】が演奏されている中、柱島泊地より堂々と出港する連合艦隊の勇姿を。今は亡き艦艇たちの後檣に掲げられた旭日旗を。

 その旭日旗を、海上自衛軍も掲げている。艦艇数は旺時の一割に満たず、今や米国の傀儡国家となった日本に仕える海上自衛軍であるが、帝国海軍の魂たる旭日旗を掲げているのだ。


「なるほど、少佐。なるほど」


 古要は制帽を被りなおし、少し口角を上げた。

 自分が指揮を取るのは、あの「長門」なのだ。そして掲げているのは旭日旗なのだ。それでいいではないか。


「だんちゃーーく」


 ストップウォッチを片手に持った水兵が鋭い声で報告する。


「今ッ!」


 その瞬間、半島東海岸の四箇所に爆炎が湧き上がり、黒い塵のようなものが勢いよく舞った。目を凝らすと、砲身のような細長いものや、人のようなものも見えた。


 艦内電話が鳴る。当直士官が受話器を取り、二、三の言葉を交わした。そして報告する。


「艦長、戦闘指揮所(C I C)からです。『効果絶大。交互撃ち方は終了、次より斉射に移る』」


 古要は小さく頷くにとどめた。


「長門」の第一、第二砲塔が、ゆっくりとそれぞれの砲身に仰角をかけるのが眼下に見える。

 砲術長は、二度の交互撃ち方によって、射撃精度は確保できたと判断した。次から斉射に切り替え、半島に四〇センチ砲全門による効力射を見舞うのだ。


 目標は、朝鮮半島東沿岸に展開する北朝鮮の部隊である。半島南東部にある釜山に撤退しようとしている米軍、韓国軍部隊を支援することが目的だった。


 やがて、満を持して「長門」は斉射を放った。

 連装砲前部二基、後部二基、計八門の四〇センチ砲の斉射は強烈だった。今までの交互撃ち方とは比較にならない砲声が轟き、凄まじい光量の発射炎が星々の光を薙ぎ払う。

 古要はそれを誇らしげに見つめた。

 重量一トンもの巨弾が、八発。待機との摩擦で真っ赤になりながらも、一万五〇〇〇メートルを瞬く間に飛び越し、朝鮮半島に展開する朝鮮人民軍に降り注いだ。


 時に1950年7月24日。

 後に【朝鮮戦争】と呼ばれる戦争が始まって、一ヵ月が経とうとしていた。


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