フレッド・デンカア ①
僕がデンカアさんになってから一月ほど経って、ジョセフもデンカアと名乗るようになったよ。
ジョセフは『ノア』って呼び捨てだと呼びづらかったみたいで、『ノアサマー』と呼ぶようになったよ。
やっぱり『様』がついている方が呼びやすいみたい。
護衛さんたちもこれ幸いと、僕の事をノアサマーと呼び出したので、僕はすっかりノアサマー・デンカアに慣れちゃった。
因みに、この話をしたら兄さまはゲラゲラ笑って、兄上はジョセフに怒ってた。
兄上が怒るのもわかるけど、ジョセフもびっくりして咄嗟に普段の呼び方が出ちゃったのは仕方ないと思うの。
僕の我儘に付き合わせてるんだし、あんまり怒らないでねってお願いしておいたから、ジョセフはちょっとお小言言われただけで済んだみたい。
ジョセフがいないと僕も困っちゃうからね。
ジョセフは城内でも僕の事を殿下じゃなくてノア様と呼ぶようになった。
兄上が咄嗟に出るのが殿下だと変だろう、普段からノア様と呼ぶようにしておけ。って言ったんだって。
確かに孫を自分と同じ家名で呼んでたらちょっと変だよね。
で、今僕はいつものように乗り合い馬車に乗って街に向かってるんだけど、隣にはハデハデな悪趣味シャツを着て前髪をモサーっとした兄さまがいます。
今日は兄さまの外国語の先生がお熱でお休みになって、急に暇になったんだって。
ひとりでお勉強したらいいのに、兄さまは僕についてお城から出てきちゃったんだ。
絶対後で怒られると思うんだよね、僕。
「今日の俺はノアサマーの兄、フレッド・デンカアという事にしよう。」
え、兄さまもデンカアさん家の子になるの?
いや、僕の兄さまだからいいんだけど。
「フレディじゃないの?」
「バカ。フレディ・デンカアじゃ、まんまフレディ殿下だろ。」
「じゃあフレディサマー。」
「そんな変な名前聞いたことないだろ。」
「ノアサマーだって聞いたことないよ。」
ガタゴト馬車に揺られて、僕たちは道場の近くで馬車を降りた。
「少し歩くんだよ。」
僕は兄さまの手をひいて慣れた道を進んでいく。
ふふん、この辺の道はちょっとゴチャゴチャしてるけど、僕はちゃんと道を覚えてるもんね。
「待ちなさーい!」
ん?前からおじさんとお姉さんが走ってくる。
おじさんは器用に人混みをすり抜けてこちらに向かってきた。
お姉さんは「待ちなさーい!」と叫びながらおじさんを追いかけている。
二人とも高そうな服を着てるから、この辺だとちょっと目立つ。
まぁ、叫びながら走ってる時点で目立ってるんだけど。
おじさんは人混みを避けるのが上手くて、お姉さんとの差がどんどん開いていた。
僕たちの側をあっという間に走り去り、少し遅れてゼイゼイ息を切らしたお姉さんも続いて行った。
なんだったんだろう?
兄さまの方を見ると、うんうん言いながら顔をしかめていた。
「兄さ...ん、変な顔してどうしたの?」
ついつい兄さまって言っちゃうとこだったけど、この辺に住んでる子達は兄さまなんて言わないよね。兄に様なんてつけたら浮いちゃう。
気を付けないとね。
「いや、なんか今のおっさんどっかで見たことあるような...」
「そう言われますと、私もどこかで見たような...」
兄さまとジョセフはうんうん考えていたけど、結局誰だか思い出せなかったみたい。
僕は全然知らないおじさんだったけどね。
その後は兄さまは僕がお掃除したり、ケンポーのお稽古しているところをジョセフと一緒に見学していた。
「なぁ、ノアの兄ちゃんすげぇ服着てんのな。」
「ぼくもそう思うよ。」
「あれってカッコいいの?」
「本人はそのつもりなんじゃないかな?」
兄さまの服はやっぱりちょっと趣味が悪いみたいだね。
でも、あんな服着てる人を王子だなんて誰も思わないと思うの。
あれ?じゃあ、兄さまの趣味じゃなくてわざとかな?
「帰りに服屋寄ろう。あと何着か欲しいな。」
「どのような服を?」
「え、こういうのだけど?俺に似合っててカッコいいだろ?」
「......とても。」
兄さまとジョセフのタイムリーな会話が聞こえてきた。
やっぱりわざとじゃなくて、趣味だったみたい。
人の好みはそれぞれって、前に兄上も言ってたもんね。
って事で、帰りに街の服屋さんに寄ることになったよ!
僕達が服屋さんに向かって歩いていると、ベンチで項垂れているお姉さんが目に入った。
行きに見かけた、追いかけっこのお姉さんだ。
服装が目立つから、兄さまもジョセフもすぐに気がついたみたい。
追いかけていたおじさんは見当たらないから、逃げられちゃったのかな。
お姉さんはベンチで盛大なため息をついていた。
パチッ
僕とお姉さんの目がバッチリ合ってしまった。
「ねぇ、君。」
お姉さんは僕に話しかけてきた。あらら、よく見るととってもキレイなお姉さんだ。
兄上と同じくらいの年かな?
「ここら辺で、身なりのいい男性を見かけなかった?茶色の髪で40歳くらいの。」
お姉さんが追いかけていたおじさんの事かな。
僕は正直に答える。
「お姉さんがその人を追いかけてるところなら見たよ。」
「その後はどこかで見ていない?」
「うーん、僕たち今までケンポーの道場にいたけど、そこからここに来るまでは見てないよ。」
「そう、ありがとう。」
お姉さんはお礼を言って、どこかへ行ってしまった。
「キレイなお姉さんだったね。あのおじさんどうしたのかな?」
そう言って兄さまの方を見ると、兄さまもぽけーっとした顔で「ああ、キレイな人だったな。」だって。
僕ってばピーンときちゃったもんね。
兄さまってば一目惚れしちゃったんじゃないの?
さすが僕の兄。
うーん、僕達兄弟って惚れっぽいのかも。