前編
「坊や、こんな所で倒れて大丈夫か?」
ん……? 坊やって、オレのことか?
頭を打ったのか、何も思い出せない……ここはどこだ?
「もうじき暗くなる時間だ。外は危険だから、早く帰った方がいいぞ」
確かに見上げた空に太陽は見つからず、既に辺りは薄暗い。
見たところ周囲は街中のようだが、この辺りはそんなに治安が悪いのか?
「ありがとうございます。あの……ここがどこか、教えてもらえますか? どうにも帰り道が分からないようなので」
「何だって? 坊や、自分の家がある区画はどこか言えるのか?」
区画……そう言われても、オレも自分がどこから来たのか思い出せない。
少なくとも、こんな街並みではなかったと思う。それに、着ていた服もこんなデザインじゃなかったはずだ。
それにしても、この体……小さな手に短い足……こうして自分の体を観察してみると、確かに「坊や」と呼ばれる年齢の体だな。
「むっ……またデモが始まったな! さぁ坊や、危ないから離れるんだ!」
街の一角から、何やら大勢の叫び声が聞こえてくる。
デモ……聞いたことのある響きだ……そうだ、オレもそのデモに参加していたんだ!
「……思い出した!」
オレがいたのは、中国の天安門広場だ。
そこで民主化を求めるデモに参加したオレは、鎮圧に乗り出した人民解放軍がデモ隊に向かって発砲するのを見た。
オレも大勢の同志と同じように人民解放軍の凶弾に倒れ、装甲車に轢かれ……命を落としたんだった。
「坊や、自分の家を思い出したのか? だったら急いで帰るんだ!」
「違う……オレが戻らなくちゃいけないのは……あのデモ隊なんだ!」
自分を助けてくれた人の制止を振り切って、オレは一目散に駆けていく。
デモ隊が盛んに上げるシュプレヒコールの出処を、耳を頼りに見慣れない街を進んでいく。
段々と近づいてくる叫び声、足音……違う! 反対方向からもだ!
「何だ……あれは、まさか……!」
思わず足を止めて呟く……反対方向から隊列を組んでやってきた軍団を凝視して。
全員、甲冑を着込んで馬にまたがっている……どう見てもデモに参列しようって雰囲気じゃない。
そうだ、この威圧感は……オレたちを虐殺した人民解放軍と同じものだ。
「暴徒集団、発見! 構え!」
騎馬隊の先頭から声が上がった。反対側からデモ隊と思われる集団が現れたのは、その時だった。
マズい……このままじゃ、天安門広場の二の舞になるぞ!
「鎮圧開始! 爆炎魔法、斉射!」
騎馬隊が天に掲げた手から、燃え盛る光の矢が生み出される。
その光の矢は、デモ隊に向かって一斉に飛んでいく!
危ないッ!
「障壁魔法!」
光の矢を止めようと、デモ隊の方へ差し伸ばしたオレの手から別の青白い光が走り出す。
その青白い光は、デモ隊の前面に立ちはだかる巨大な光の壁となった。
騎馬隊が放った魔法の矢は、その光の壁に全て阻まれて霧散した。
「な、何だ……ッ?」
「今だー! 進めー!」
デモ隊に犠牲が無くてホッとしたのも束の間、今度はデモ隊の反撃が始まった。
何が起きたのか分からず呆然としている騎馬隊に向けて、投石やら空きビンの投擲を繰り出している。
「消滅魔法!」
オレは再び両手をかざすと、今度はデモ隊が投げた石や空きビンの雨を全て消し去った。
オレに、こんな力があったなんて……いや、全て思い出した!
天安門広場で命を落としたオレは、この世界に転生してきたんだ……最強の魔法力を持った魔導士として!
「おいッ! そこの子供、今何をしたんだ!」
オレの存在と仕業に気付いた騎馬隊が、大声を上げて呼んできた。
オレは、その騎馬隊の先頭に素早く駆け寄る。
「そちらこそ、市民の安全を守るために結成された魔導騎士隊でしょう? それが、どうして市民に攻撃をするんですか?」
「奴らは治安を乱す暴徒だ! 街の安全を維持するためには、暴徒は武力で鎮圧するしかないのだ!」
そういうことか……人民解放軍も、そういう考えを持っていたから何のためらいもなくデモ隊に発砲したんだな。
けど、その考えと行為は国を滅ぼす元だ。
「オレなら、双方に犠牲を出すことなくデモ隊を解散する道を選ぶ……下がっていてください!」
騎馬隊を退けると、オレはデモ隊と騎馬隊のちょうど中間にまで進んだ。
天に手を掲げ、次なる魔法を放つと強烈な光が現れて薄暗い街を照らし出す。
「うわッ……まぶしッ」
突然の光に目がくらんだのか、デモ隊も足を止める。
こうして参列した人々の顔を明るく照らせば、解析魔法で一人一人の情報を割り出すことも出来る。
「南第二区画のラーズさん、止めなさい! 東第四区画のブルゲさん、家に帰りなさい!」
集団のシュプレヒコールをも掻き消す拡声魔法で、デモ隊に加わる一人一人に呼びかける。
自分の名前を出されてドキリとしたのか、彼らに戸惑いの表情が浮かんでいる。
「リーダーのヴァレモアさん! 貴方たちの要求は最高魔導会議に届きました! 間もなく正式な通達があるでしょう……今日は引き上げなさい!」
これが決め手となった。デモ隊は何やら顔を見合わせて相談をした後、ぞろぞろと街の暗がりへと引き返していった。
「信じられない……君は、一体?」
デモ隊が解散した後、騎馬隊の先頭で指揮を執っていた騎士に声を掛けられた。
さて、何と自己紹介したものか。
「オレの名前は李風……リフォンと言います。魔導騎士隊の司令官に会わせてください」