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Melt

作者: ハルタロ

初投稿です。クリスマスイヴなのでクリスマスにぴったりなお話を作りました。

 

 

 

 目が覚めて、まず目に入ったのは真っ白なお化粧を施した森。

 雪とおんなじくらいに白い肌と髪の女の子が目覚めたのは、そんな場所でした。

 

 自分が今雪から生まれたばかりの精霊みたいなもの、ということはすぐに理解できましたが、それ以外の、ここがどこで、何の為に生まれたのか、ということは何もわかりませんでした。 

 とりあえず女の子はその冬の間、森の中をひたすら歩きまわってみることにしました。でも、深く雪が降り積もる森の中では動物たちもすっかりと静まり返っていて、結局誰にも会うことができませんでした。

 やがて春がきて、森の中の全ての雪がなくなったのと同時に、女の子も溶けて消えてしまいました。

 溶けゆく身体を見て、ああ、これで終わりかぁ、と女の子はほっとしましたが、雪がなくなっても女の子の意識は眠りに落ちているだけで、また冬がきて雪が降りだす頃、雪は女の子を生み出しました。

 

 ずっと考えていた疑問──「何をする為に生まれたのか」。その答えは、再び雪の中で目覚めた時に理解しました。

 ……何の為でもありませんでした。


 

 雪の精である私にできることは、雪と共に存在するだけだったのです。


 

 それから何年も何年も、何十年も何百年も。

 女の子は生まれては溶けて、また生まれてを繰り返しました。

 精霊である女の子は他の生き物に交わることなく、ただただ一人でそのサイクルを繰り返しました。

 ずっとずっとひとりぼっちでい続けた女の子は、いつからかこう願うようになりました。



 どうか。どうかお願いします。

 誰でもいいので、誰かどうか、わたしを終わらせてください。と。

 

 

 女の子は自分を終わらせる方法を探すため、数十年ぶりに森を歩きまわってみました。すると、かつては何もなかった森の入り口に、一軒の丸太の小屋を見つけました。 

 そっと中を覗いてみると、中では炎で紅く彩られた部屋の中で、汗まみれになりながら鉄を叩く男の子の姿がありました。生まれて初めて見た人間の男の子に女の子は驚きましたが、もしかしてこの子なら、とその横顔を見て閃きました。

 あんな風にほっぺたを真っ赤に染めるくらいに熱い炉なら、きっと私も溶けて消えてしまえるかもしれない。

 そう思った女の子は、小屋の扉を開けて、男の子に勇気を出して声をかけました。

 

「あの、私のことを溶かしてくれませんか?」

 

 突然現れた女の子に男の子はとても驚きましたが、女の子から詳しく話を聴いて、雪のような白い肌と髪を見ると、すぐに女の子の話を信じてくれました。優しそうな子で良かった、とほっとする女の子でしたが、男の子は困った顔でごめんなさい、と言いました。

 

「俺が先生に弟子入りしてこの仕事をしているのは、笑顔をつくりたいからなんだ。俺がつくったもので、それを受け取った人を笑顔にしたい。だから、そんな気持ちのままの君を溶かしてしまうだなんて、俺にはできないよ」

 

 女の子はそうですか、と、がっかりしました。肩を落とす女の子に、男の子はおそるおそる尋ねます。

 

「ねえ、君は何百年も生きてるって言ってたけど、ずっと森の中に一人でいたんだろ? それじゃあ、誰も教えてくれる人がいなかったんだね」

 

 教えるって何を? と女の子が問い返すと、男の子は「生きてて楽しいって思えることをさ」と、まっすぐな瞳で言いました。そしていいことを思いついた、とばかりに言いました。

 

「そしたら、俺が教えてあげるよ! 君が消えちゃいたいだなんて思わないように、君が笑顔になれる手伝いをしてあげる!」

 

 にかっ、と明るく笑う男の子を見て、女の子が「え?」と戸惑っていると、男の子はまずはお近づきの印に、と、女の子に銀細工の鈴がついたネックレス、それから、名前がないのは不便だからと、テオという名前をプレゼントしました。

 

「テオ?」

 

「そう、テオドラ。愛称でテオ。神様の贈り物って意味があるんだ。君にぴったりだろ?」

 

 もらった鈴のネックレスに触りながら、なんだか面倒くさいことになっちゃったなぁ、と女の子は思いましたが、他にすることもないので、成り行きに任せてみることにしました。

 

「テオ……そう、ですか。あの、あなたのことは何て呼べば」

「俺は、バートン。よろしくね、テオ!」

  

 その翌日から、テオはバートンに言われたまま、毎日バートンのもとへ通いました。森からテオがつけている鈴の音が聞こえてくると、バートンはいつだってくしゃくしゃに笑って手を振って出迎えてくれました。

 バートンは仕事の合間の全部の時間を使って、テオに自分が思う世の中の楽しいことを聞かせてくれました。美味しいごはんにあったかいベッド。街へ向かう時に乗る先生の自動車や、まだ動いてる勇壮な汽車のこと。クリスマスに街にできる観覧車にメリーゴーランドのこと……。

 その話題のほとんどは興味を持てないもので、テオは適当に相槌をうってばかりでした。でも、表情をくるくる変えて話すバートンは見てて飽きないなぁ、と思いました。

 一日の仕事が終わると、修行中のバートンは一人で工房に残って鉄を打ちました。テオは、赤い光で照らされるバートンの真剣な横顔を見つめながら聴く鉄の音が、子守唄になっていました。

 

 ある日鉄を打ちながらバートンは、

 

「テオ、俺はね。サンタクロースになりたいんだ」

 

 と、言いました。

 バートンによると、サンタクロースというのはクリスマスに子供達にプレゼントを配って回るお爺さんのことで、世界のどこかに、そのお爺さん達が暮らす村があるのだそうです。バートンの夢はその村に行き、本当のサンタクロースになることでした。

 

「俺が鍛冶仕事を勉強してるのもその為なんだ。今はずっと減ってしまったけど、昔のサンタは子供達の為に手作りのおもちゃを1つずつ作って配ってた。この子にはこのオモチャだったら喜んでくれるかなあ、とか考えながらさ。俺も、一人一人の子供とちゃんと向き合ってプレゼントを配れるサンタになりたいんだ。 ……だから、俺が立派なサンタになる為にも。まずは君を笑顔にしてあげなきゃね」

 

 そう言って汗でびっしょりのままにっこり笑うバートンに、テオはぷい、とそっぽを向いて、「せいぜいがんばってください」と言ってやりました。どうしてか、バートンの笑顔をまっすぐに見ることができなかったからでした。

 

 やがて春がきて、森中の雪が消える頃。テオがバートンに少しのお別れを告げると、バートンはものすごく寂しそうな顔をしました。テオは仕方ないなあ、と息を吐きます。

 

「またすぐに会えますから。雪が降れば、きっとすぐに」

 

 そう言ってテオはバートンが見守る中溶け消えて、眠りにつきました。テオは、以前と違ってとても穏やかな気持ちで眠ることができました。そして、自分でも驚くことに、また冬に目覚めるのが楽しみになっていました。

   

 そしてまた、冬がやってきました。

 目が覚めたテオがバートンの工房へ鈴の音を鳴らしながら向かうと、何やら慌ただしく荷物を運びだそうとしているところでした。いつもと違う様子に戸惑っていると、そんなテオに気づいてバートンがパッと笑って近づいてきます。

 

「テオ!ああ、会えてよかった!ちょうど良かった、今から街へ行くんだけど、テオも一緒に行こう!」

 

 バートンの話はこうでした。なんでも、テオが目覚めたこの日はクリスマスイヴで、今日は街で大きなクリスマスマーケットが開かれるのだそうです。マーケットにはバートンが働く工房の工芸品も売りに出され、今からその納品の為街に向かうところだったのです。

 森から離れるのは初めてのことだったので、テオは少し不安になりました。確かに今日は街の方まで雪が降り積もってるから大丈夫だとは思うけれど、と悩んでいると、そんなテオの悩みを吹き飛ばすような笑顔で、バートンは言いました。

 

「聞いてよテオ!今年から、俺が造った工芸品も置いてもらえることになったんだ!テオともまた会えたし、今年のクリスマスはすごいや!」

 

 そのバートンの笑顔を見てしまったら、どうして断ることができたでしょう。テオは降参するように両手をあげてみせて、わかりました、行きましょう。と言うと、バートンはさっきよりもさらに大きな笑顔を咲かせました。

 

「やったー!本当に最高のクリスマスだよ!」

 

 そんなバートンを見て、テオは仕方ないなぁ、と息を吐きました。

 街に向かうことになったテオでしたが、そこからはずうっとドキドキしっぱなしでした。初めて乗る車、大きな建物、たくさんの人で溢れる駅のホームに、大きな音を立てながら滑り込んでくる汽車。ものすごいスピードで滑っていく景色に、夜空の星を全部地上に持ってきたように光で溢れる街並み……。初めて観るものだらけで目が回りそうです。


 テオとバートンは納品の手伝いを済ませると、先生の許しをもらってマーケット中を遊んで回りました。射的や輪投げに、スケートリンク。きらきら輝く観覧車にメリーゴーランド……。バートンとあちこちを転がるように遊びまわりながら、やっぱり、とテオは思っていました。

 

 ねえ、バートン。やっぱり私は、あなたみたいにはこの世界を、楽しいと思えることはないと思います。

 だってあなたが教えてくれたことは、私一人で得られるものではないから。

 人じゃない私は、乗り物にも乗れない。街にもこれない。あったかいごはんもベッドも全部凍らせちゃう。

 この光でいっぱいのあったかい景色は……私の居場所じゃないんです。

 

 ……でも……あなたがいるから。

 

 車や汽車や、観覧車やメリーゴーランドも、煌びやかな街並みも、あったかいホットワインも。全部をピカピカの笑顔で楽しむあなたを見て、私も楽しいと思えてる。嬉しい、って思えてる。

 

 ああ、そうかもしれない。

 私にとっての生きてて楽しい、は、きっと──。

 

 遊び終えた二人は、再び工房の工芸品が売っているお店に戻ってきました。バートンは、自分が造ったものを好きになってもらえるか、ものすごく心配していました。お店の近くで緊張しながら二人で見守っていると……バートンが造ったものを手に取ってくれるお客さんが、もう何人もいてくれました! 飛び跳ねるように喜ぶバートンを見て、テオは頬を綻ばせ、

 

「良かったですね」

 

 と笑いました。その笑顔を見てバートンは驚きます。

 

「あれ? テオ……今笑った!?」

「笑ってませんよ、気のせいです」

「えー、笑ってるよぜったい! なんでー? 今俺なんにもしてあげてないのにー」

 

 バートンは、テオが笑ってくれたのは嬉しいけど、自分が思ってもいないところだったので少し複雑そうです。そんなバートンを見てテオはさらにくすくすと笑い、言いました。

 

「いいえ。もう──いっぱいもらってますから」

 

 ──夜が更け、雪は静かに、穏やかに、クリスマスで輝く街並みに降り注ぎます。楽しい夜も終わり、もうそろそろ帰らなければいけません。

 

 二人でなんとなく黙ったまま駅のホームで電車を待っていると、クリスマスマーケットから、大きな花火があがりました。花火の色とりどりの光は、街を包み込む銀色の雪に反射して、きらきらと輝きました。

言葉もなく2人でそれを見上げていた時、バートンはテオの手をぎゅっと握りました。

テオは驚いて一瞬その手を引っ込めようとしますが、初めて触れたバートンの手の力強さと暖かさに負けて、優しく握り返しました。

でも、テオはそれでも心配そうに問いかけます。

 

「…………冷たく、ないんですか」

「んーん、ぜんぜん?」

 

 バートンは、にっ、と笑ってそう答えましたが、そんなはずありません。だって、テオの身体は雪でできていて、氷よりも冷たいはずなのですから。

  

「うそつき」

 

 テオはくすりと笑ってそう言うと、バートンは大げさに心外そうに「俺がいつテオに嘘をついたの?」と返します。それを見てテオは頬を緩めて、

 

「だって、そうじゃないですか。初めて会った時は、私のこと溶かすことなんてできない、って言ってたのに……こんな……こんなの……」


 本当に溶けちゃいますよ。

 

 音にもならないような小さな呟きを零したテオの頬は、鉄を打ってる時のバートンに負けないくらいに赤くなっていました。バートンは穏やかにに微笑んで「本当に冷たくないよ」と言い、花火を見上げました。テオはさらに反対にうつむきながら、バートンの手に指を絡ませ、

 

「本当……うそばっかり」

 

 と、幸せがそのまま溢れ出たように言いました。

 

 ……いつからだったでしょうか。

 

 雪でできた身体の真ん中が熱くなるようになったのは。

 冬に目覚めるのが待ち遠しくなったのは。

 もう死にたいと思わなくなったのは。

 

  

 本当に、いつからだったんでしょう。

 私はバートンに、恋をしていました。

 

 

 ──しかしその夜、バートンの家の前で別れようとしたその時、バートンは高熱を出して倒れてしまいました。

 バートンの右腕はひどい凍傷に冒されていて、真っ黒に膨れ上がっていました。バートンの先生が呼んでくれたお医者様の、奇跡でも起きない限り、もう腕を切断するしか方法はないというお医者様に、その場にいるみんなが言葉を失いました。

お医者様は何故右腕だけにこれほどひどい症状が発生したのか、と疑問に思っていると、テオはすぐに私のせいだ、と思い当たりました。

 

 だってその手は、テオとつないでいた方の手だったのですから。

 

 テオは涙をボロボロとこぼしながら何度もごめんなさい、とバートンに謝りました。その声を聞いて意識をかすかに取り戻したバートンは、泣いてるテオに弱々しく笑いかけます。

 

「泣かないで。絶対にテオのせいじゃないから。俺が、好きになった子の手くらい握ってあげたかっただけだから。大丈夫だから、すぐ治してみせるから。心配しないで……」 

 

 そう言い終わると、力つきるようにまた気絶してしまいました。みんながバートンに駆け寄る中、テオは一人力なく家を出ました。今バートンにとって一番大事なことは、身体を暖めること……雪の精であるテオには、それはどうしたってしてあげられないことだったからです。


 降りしきる自分と同じ冷たさの雪の中で、バートンがいる部屋の明かりを見上げていました。

 テオは、考えました。かつて自分が何の為に生まれたのかを考えていた時より、ずっとずっと必死に考えました。自分に何ができるのか。そうして考え果てた先で、思い出したのです。バートンが話してくれた、サンタクロースのことを。

 

 お願い事をしていたプレゼントを、クリスマスにプレゼントしてくれるおじいさん。バートンがなりたかったもの……。今日は幸いなことにクリスマスイヴです。今からでもサンタにお願いすれば、バートンを助けてくれるかもしれません。

 

 テオはバートンの家を離れ、サンタクロースを探しにゆきます。でも、もうクリスマスイヴの夜更けなのです。きっとサンタクロースももう世界中を飛び回っている頃でしょう。テオが村中を駆け回っても、サンタに会うことはできませんでした。

 気がつけばもう時刻は夜の0時。クリスマスです。絶望的な気持ちのままテオはバートンのところで戻ると、バートンの部屋の明かりは消えていました。先生達は一度自分の家に戻ったようでした。テオが窓の隙間からそっとバートンの部屋に入り込むと、

 

「ああ……テオかぁ……」

 

と、バートンがかすれた声を出します。テオは泣きそうな顔で微笑んで答えます。

 

「……起こしちゃいました?」

「鈴の音が……聴こえてきたから……」

 

 テオはああ、と納得したように首元の鈴のネックレスに触れました。バートンがくれた最初のプレゼント。ベッドの隣に座って、ふと

 

「さっき、テオか、って言ってましたが…誰がきたと思ったんですか?」

 

 テオは気になっていたこと尋ねると、バートンはふふ、と弱々しく笑って、うわごとのように言いました。

 

「サンタさんかと、思ったんだ」

「……私が? どうして?」

「だって……鈴の音を鳴らしながらきて……ドアじゃないところから入ってきて……そんなの、まるで、サンタクロースみたいだから」

「……私、そんなおじいさんじゃないですよ」

「ふふ、知ってるよ。……でも、テオは……本当に、僕のサンタクロースだったんだ……。君と出会ったあの日から、本当にたくさん……たくさんのものを……」

 

 バートンはそう言いながら、ことん、とスイッチが切れるように気を失ってしまいました。そんなバートンの言葉に、テオは堪えきれずにぼろぼろと涙を零しました。

 

 本当にバートンはうそつきです。

 私がいつ、何をあげられたというんでしょうか。

 私はいつだって、もらってばっかりでした。

 このネックレスも、テオ、って名前も。楽しかった想い出も何もかも、バートン からもらったものなのに。私の全部は、あなたで出来ているのに。

 私にとってのサンタクロースは、バートンだったんです。

 たった一人の、世界で一番のサンタクロース。

 いったいどうすればいいんだろう。

 どうすれば大切で大好きなこの人のことを救えるんだろう。

 神様、ああ、神様。

 どうか、奇跡を……!

 

 まさに、その瞬間のことでした。神様に祈ろうとした、その瞬間。テオの中で何かが閃いたのです。


 神様、奇跡、神様からの贈り物──『テオドラ』……。


 テオの考えが間違っていなければ……今、テオが雪の精としてここにいること自体が、すでに一種の奇跡なのです。それなら、奇跡そのものである自分を使って、バートンの腕を治すとい奇跡を起こすことはできないでしょうか。自分が今ここにいるという奇跡を、バートンの腕が治るという奇跡に置き換えるのです。

 

 ただ……もしもこれがうまくいったら、テオを象っている奇跡はなくなってしまうはずです。テオとしてバートンに会うことは、きっともう二度とできないでしょう。

 ……でも、それでも構いませんでした。

 もともとテオは、存在しないはずのものだったんですから。バートンにもらったすべての温かな想い出を返して、ただの雪に戻る……たったそれだけのことなのですから。

 

 テオは決意を固め、バートンの腕が治ることを強くイメージします。そうして自らの奇跡を燃やし、春のような暖かさで輝き始めたテオは、そのまま真っ黒になったバートンの腕を抱きしめました。するとテオは、バートンの腕にゆっくりと熱が戻っていくのと、自分を象る力がどんどん失われていくのを同時に感じました。どうやら思った通りにいきそうです。

 テオは、痛みが安らいだのか険しい表情が和らいだバートンの横顔を見つめながら、ふふ、とつい笑ってしまいました。テオは、バートンと出会った時のことを思い出していたのです。


 ──この人なら、私を終わらせてくれるかもしれない。


 最初にそう予感した通りに。最初にそう望んだ通りに。

 テオはバートンの腕の中で終わっていこうとしていました。

 再びテオはおかしさをこらえ切れずに笑みと、同時に幾粒もの涙を零してしまいました。


 だって、こんなにおかしいことがあるでしょうか?


 嘘偽りなく、テオはバートンの腕のために全てを捧ぐ覚悟ができています。バートンの為ならなんだってしてあげたいと思っています。

 それなのに、バートンの腕の中で想うことは、迎えられるはずのない彼との『これから』のことばかりだったのですから──。


 バートンと2人で、もっと色んなものに触れたい。彼が話してくれた、まだ見てない街や乗り物や、聴いていない音楽のこと。夏の青空とか秋の色鮮やかな森……それよりもっともっとたくさんのことを、知っていきたい──。

 叶うことのない願いに想いを馳せながら、テオはバートンの胸に頬を寄せて、呟きました。



「……でも、いいんです。今は……今だけは、あなたのこんな近くにいられる……。ねえ、バートン……? 私、ちゃんと思えたんですよ? 生きてて楽しいって。ちゃんと、笑顔になれたんです……」

 

 テオは、そう呟いて穏やかな表情で眠るバートンの唇に、そっと自らの唇を重ねました。

 

 

  

 ──ねえ、バートン。

 私のこと……忘れないでね──。

 

 

 

 テオはそうやって、一晩中バートンを暖め続けました。

 命を燃やし、ただひたすらに愛をこめて、自らの中にある奇跡を絞り尽くしました。


 やがて夜が明け、バートンが目覚めた頃──そこにテオの姿はありませんでした。バートンが右腕に目をやると、黒く腫れ上がっていた右腕はほとんど治っていました。その手のひらの中には、銀の鈴がついたネックレスがありました。それを見たバートンは、何もかもを理解しました。 

 

「……バカだなぁ──……」

 

 バートンはそうぽつりと呟きながら窓の外を見つめました。外はまだ雪景色が広がっているはずでしたが、不思議なことに森や村中の雪が一晩のうちに消え去っていました。

 

「……バカだなぁ……俺は、本当に良かったんだよ」

 

 バートンの頬から音もなく雫が伝っていき、銀の鈴の上に落ちましてゆきます。涙を受けた銀の鈴は、まるで微笑みかけるようにリン、と小さく鳴りました。

雪はその日のうちにまた新しく降り出して、再び森や村を雪化粧で包み込みました。



 でも、あの鈴の音を鳴らしながらテオが工房にやってくることは、もう、ありませんでした──。

 

 

 その数十年後のお話です。

 サンタクロースの村にやってきたバートンは、今では村で一番だと称えられるくらい、子ども想いの優しいサンタになっていました。

 でも同時に、村一番の変なサンタだとも呼ばれていたのです。何故なら、本来はトナカイにつけるはずの鈴を、自分自身でも身につけていたからでした。

 バートンの腰につけられた銀の鈴は、今日もトナカイの鈴と鳴り響きあいながら、クリスマスの夜空を駆けてゆきます。

 頬に当たる雪の冷たさに、懐かしさを覚えながら……。





 

END





読んでいただきありがとうございました。メリークリスマス。

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