8−真のFM
県大会二回戦。
試合開始前のアップから、誰一人白い歯を見せるものはいない。部員全体が今日の対戦相手の
手強さをわかっているからだった。
「さあ、みんなしまっていこう。今日の相手はそこいらの力では勝てないぞ。みんなの力が一つに
なって、初めて勝てる相手だ。相手の気迫に負けないよう、我がチームも全力でぶつかっていくぞ」
大石のゲキで、イレブンの気持ちが高まる。いよいよ火蓋が切って落とされた。
スタンドで明日香、亜美が見守る中、二回戦が開始された。今日も尚人はベンチスタート。ただ
ベンチで戦況を見つめるしかない。
大石が言った通り、前回とは違い苦戦は明らかだった。ストライカーのヒデは相手DFに、徹底
的にマークされ思うように攻められない。こんなに動きの鈍いヒデを見るのは初めてだった。今
日はチャンスがある、尚人はそう感じていた。
「尚人君、試合に出られそう?」
心配そうにグランドを見つめる明日香。亜美は明日香にバレない程度に深く睨み付け、そして
こう言った。
「後半にチャンスあると思いますけど」
「そう。だったら良かった」
良かったとは何だと、亜美は内心憤っていた。尚人はフルで出場したいのに、明日香は何も理
解していないと。
後半15分。そのチャンスは巡ってきた。尚人は不調のヒデに代わって、FWに入った。
「後は頼んだぞ、ナオ」
「任しておけ」
力強く言うと、尚人はピッチの中へと入った。明日香がスタンドから拍手を送る。頑張れと大
声で叫んだ声援が、尚人の耳にも届いた。右手で小さく拳を作り、気合を入れる。
切れている。今日は体がキレキレだ。尚人はフィールドの中を、サファリに棲むチーターの如く
縦横無尽に駆け巡った。そして迎えた後半40分。前回同様に決定的なスルーパスが尚人の前に
蹴り出された。オフサイドギリギリのラインから尚人は飛び出す。同じ失敗は出来ない。さらに
明日香の前で無残な姿は見せられなかった。すべての思いを乗せて……
シュートはキーパーをあざ笑うかのように、ゴール左隅にきまった。尚人はそれを確かめると、
ふうっと息を吐き出した。今日は最後までクールでいられた。ベンチから幾重の人が集まってく
る。ポンポンとひたすら頭が叩かれる。それが何とも心地いい。
スタンドではいつの間にか明日香と亜美が抱き合っていた。亜美の眼は赤く充血していた。
「まだ試合は終わってないんだからな。残り五分間しっかり守れ」
監督の大石が盛り上がっているイレブンを見て、冷静になるよう諭した。しかしチームは緩む
ことなく、しっかりと最後まで守りきった。主審のホイッスルが高々と鳴り響く。その瞬間、尚人
の貴重な決勝ゴールがチームの勝利をもたらすこととなった。
「良かったね。本当良かった」
まるで亜美が決めたみたいに、さっきから何度もウンウンと頷いてる。
「いいな、ナオ。オレが決めた時にはこんなに喜んでくれなかったぞ」
ヒデに祝福されて、尚人は改めて喜びをかみしめる。
「確かに今日のゴールは劇的だったよね。ああいう場面で決めてこそ本物よね。私も見習わなきゃ
と思った。久々に感動したよ」
明日香からも賞賛の言葉。尚人はますます喜びの高まりを感じる。そしてずっと支え続けてく
れた亜美に尚人は感謝の言葉を掛ける。
「ここまで来れたのはマネージャーのおかげだよ。辛いときも支えてくれた。本当ありがとうな」
既にウルウルしていた亜美の涙腺はついに耐え切れなくなって、泣き声に変わる。
「そんなに泣くなよ。まだ試合は続くんだから」
「だって嬉しいじゃない。私、尚人の努力誰よりも知っているし。影でトレーニングしていたの
見てきたし」
明日香の前で恥らうことなく話す亜美に、尚人はストップを掛けた。このまま話せば、何らかの
勘違いされる恐れがある。
「これからヒデと亜美、デートなんだろう?僕のことはもういいから、早く行っておいでよ」
「私はもう少しここに……」
「いいから、いいから。約束はしっかりと果たさないとな。ほら、早く行って来いよ」
二人を急かすように、尚人は行動を促す。亜美はまだ余韻を楽しんでいたいようだったが、ヒデ
のことを考えた結果だった。
「倉本、いいよね?」
「ああ、そうね」
ヒデはいつにも増してキメていた。とても先程まで試合をしていた人には見えない。髪はすっか
り整えられ、どこかのセールで買ったと言っていた黒のジャケットを着込んでいた。下も同じくバ
ーゲンで買った青のジーンズだ。お金がない高校生らしくも、最高に背伸びしたファッションで
ある。
「行って来いよ、亜美。きっと帰りが遅くなるだろう。母さんには僕から話しておくよ」
明日香の前で、ヒデと亜美の仲の良さをアピールする尚人に、亜美は違和感を覚えた。
「ヒデ、それじゃ行こうか」
亜美がそそくさと歩き出したので、ヒデは慌ててついて行く。そのうしろ姿に明日香はクスクスと笑った。