7−大きくなっていく存在
「どうしたの、元気ないね?」
明日香が心配そうに尚人に尋ねる。
「ああ・・・・・・色々あって」
この間の試合を尚人はまだ引きずっていた。監督からは次の試合でチャンスをやると言われた
が、尚人は自身の心の弱さが許せなかった。
「何かあったんだ。私で良ければ聞いてあげるよ」
明日香が優しい眼差しで微笑みかける。亜美や他の高校の女子とは違った、新鮮な雰囲気。尚人
はこの間の試合の一部始終を打ち明けた。ごく自然に話せて、胸のつかえが一気に吹き飛んだよう
な気がした。
「そうか。試合でライバルがゴールを決めたのに、尚人くんは決められなかったのね。それは悔し
いだろうな。私も昔バスケやっていたから、その気持ちわかるよ」
二人は部活の話で盛り上がった。気づくと三十分が経っていた。一方階下のキッチンでは、亜
美が英子の夕食の手伝いをしていた。不機嫌そうにハンバーグの具をこねる亜美。
「亜美ちゃん、顔が歪んでいるわよ。何かあったの?」
「尚人、ちゃんと勉強しているのかな。さっきから笑い声が聞こえるんだ。明日香さん、ちゃんと
した人だって香織が言っていたのにな」
「別にいいじゃない。きっとうまくやっているんでしょう」
「そうかな?私、尚人が真剣に勉強したいって言うから、明日香さんを紹介したのに。あれじゃ
ただ尚人と遊んでいるだけじゃないの」
亜美から出てくるのは不満ばかりだ。彼女が尚人に対して厳しいことを、英子も理解している。
「ねえ、それは尚人の成績を見て評価しましょう。まだ判断するのは早いでしょう」
「そうだけど……」
こんな会話が成されていることも知らずに、尚人と明日香の二人は授業を終えたあとも、まだ話
し続けていた。
「もし良かったら、今度の試合観に来ませんか?明日香さんが来たら、ゴール決められそうな気
がするんです」
「いいよ。私が尚人君の手助けが出来るなら」
「本当ですか?よっしゃー」
拳を上げて喜びを表す尚人。これで一気にモチベーションが上がった。ライバルのヒデがこの
間の試合でゴールを決めたのも、亜美のデートがかかっていたからだろう。人は何かの目的さえ
あれば、大きなプラスとなる。
「何かいいことでもあったの?」
夕食中に亜美が尋ねてきた。
「まあね。小テストで満点だったんだ」
「本当!」
亜美はまんまとだまされている。今朝英語の小テストはあったものの、尚人は10問中6問の
正解だった。しかし以前と比べれば正答率は上がっている。明日香効果はてき面だ。
「そうか、ならいいんだ。尚人に明日香さんを紹介した甲斐があるよ」
亜美が喜んでいたので、尚人は心の中で「まあ、いいか」と頷くと、亜美の作った和風ハンバ
ーグを頬張った。それは大根と肉汁がうまくミックスされていて、とてもおいしかった。
「うまいね、母さんのハンバーグ。いや、さすがだよ」
「何を言っているの。これ作ったの、亜美ちゃんよ」
「マジで?」
「本当だよ。昔は料理下手だったけど、この家に来てから英子さんに料理を教えてもらうように
なってから上達したんだよ」
尚人は素直に感動する。そして亜美も成長したものだと感心する。なぜなら昔一度だけ弁当を
作ってもらったことがあって、それを食したのだがあまりの珍味な味に、尚人は無言のまま食べき
った思い出がある。砂糖がたっぷりかかっていて、超甘かった卵焼き。あの味は今でも忘れられ
ない。
「努力すれば報われる。だから尚人も今度の試合、頑張ってよね」
「おお任せとけって。今度の試合、明日香さんが観戦に来てくれるんだぜ。先生が観に来るのに、
ぶざまな真似は出来ないだろう」
力強く宣言したのはいいけど、亜美は複雑だった。明日香という女家庭教師の存在が、尚人を
狂わせていく、そんな不安を抱いたのだった。