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6−県大会一回戦

 今日はサッカーの県大会一回戦。ウォームアップの段階で、尚人は興奮を隠せずにいた。その

様子を傍で見ていた亜美が声を掛けた。


「尚人、大丈夫?」

「ああ、今のところは。今日は気合が入っているから、見ておいてくれよ」

「じゃー期待しているからね。ヒデに負けるんじゃないよ」 

 力強い言葉に亜美は尚人の自信を感じ取った。後は結果だ。見るべき結果が出れば、尚人は上

達するだけの素質は持っている。亜美はそう信じていた。


 試合開始のホイッスルが鳴った。尚人はベンチスタートだった。監督の大石からは、いつでも

行けるように準備をしておくよう言われていた。ベンチで戦況を見つめながら、尚人はヒデにゴー

ルを決めないように願っていた。チームの勝利が優先とはいえ、尚人の心境は複雑だった。

 しかしチームのエースは決定機を逃さない。前半20分。尚人の願い空しく、ヒデの先制ゴール

が決まった。控えのメンバー達が、彼の元に駆け寄っていく。その後を追い掛けるように、尚人も

着いていく。


「よくやったな」

 監督の大石にヒデは頭をなでられていた。さらにメンバーにおもいっきり頭をたたかれるヒデ。

しかしヒデの視線は、なぜか亜美の方へと向けられていた。親指で指を立てて、格好つけている。

亜美もヒデの方を頼もしそうに見ていた。

「約束だからな!」

 ヒデは大きな声で言った。約束?一体何のことだ。二人の間でどんな約束が交わされたのだろ

う。亜美はこれといった反応を示さない。

「ヒデ、エライご機嫌だな。何の約束をしたの?」

「うん、ああ。ヒデがゴール決めたら、デートしようって約束したの」

「そうか、良かったじゃん」

「私のことはどうでもいいから、尚人頑張ってよね。今日だってベンチスタートなんだから。結果

出さないと、ベンチにも入れなくなるよ」

 亜美の強い言葉に、尚人は我に返る。頬を二度叩いて、後半戦に備えた。


 後半戦開始。尚人は監督からアップを開始するように言われ、黙々とベンチ横で走り続けてい

た。戦況は両者動かない。後半20分過ぎになって、若干短い時間ではあるが、尚人がヒデに代

わってピッチに入った。この限られた時間内で結果を出さなければならない。

 立ち上がり尚人は力んでいた。いつもの癖だ。気ばかりが焦って、うまくいかないのである。

「尚人、また緊張しているよ」

 ベンチに座っていたヒデが、亜美に言った。心配そうに見つめる亜美。

 スコアは1−0。息詰まる熱戦。追加点が欲しい。尚人は必死にボールを追い掛けた。そして

チャンスは巡ってきた。MFからの最高のパス。ボールは尚人の前に蹴りだされ、相手キーパー

と1対1だ。願ってもないチャンスだ。

「チャンスだ、いけー」

 監督の大石も気合が入る。祈る亜美、座って冷静に見守るヒデ。尚人は思い切ってゴールに向

かってボールを蹴りこんだ。


 しかし……ボールはゴールの上をかすめていき、尚人は決定的なチャンスを逸してしまった。

チームはそのまま勝利したものの、尚人にとっては消化不良な試合となってしまった。


「残念だったね」

 亜美がささやくように声を掛けた。尚人は頭からタオルをかぶったまま、ベンチにうずくまって

いた。

「また、次があるよ。くよくよしちゃダメだって」

 いつもは明るい亜美も、今日は尚人にかける適当な言葉は、そう見つからない。

「オレのとこにいても仕方ないよ。ヒデの所に行ってやれ。今日のヒーローはあいつなんだから」

「どうしてそんなこと言うの?」

「オレは心配しなくていいから。大丈夫だから」

「わかった。本当に大丈夫なのね?」

 そう言うと、亜美はヒデの方へ向かっていった。暗い影から明るい太陽の光の下へ向かっている

ようで、亜美が遠ざかっていく足音が妙に切ない。しばらくして亜美とヒデの笑い声が聞こえてきた。

尚人は頭から、さらに深くタオルをかぶった。タオルは涙と汗でぐしょぐしょになっていた。


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