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5−新任家庭教師

 一晩悩んだ末に、亜美は尚人の家でお世話になることにした。これを父に伝えに行く。

「どうだ、考えはまとまったか?」

「うん。松田さんの家でお世話になることにした」

亜美はすかさず父の反応を確かめた。彼は頷くようにこう言った。

「隆史の家なら、安心して亜美を日本に残して行ける。彼に感謝しないとな」

 特に寂しいといった表情も見せずに、淡々としている正芳は亜美と離れ離れになることをどう

思っているのだろうか。少しだけ気になる。

「寂しくなるね」

「ああ、でも仕方ないさ。会社を辞めるわけにも行かないしね。私はアメリカで頑張るから、亜美

も京都で頑張るんだぞ」

「うん、ありがとう」

 父は亜美を日本に残して、アメリカへ旅立って行った。行くべきではなかったのかという後悔は、

今でも彼女の心に常に存在している。


 午後七時ちょうど。インターホンの鳴る音がした。尚人は部屋でドキドキしながら、呼ばれるのを

待っていた。

「尚人、家庭教師の先生が来られたわよ」

 英子の声がした。急いで尚人は玄関へと向かった。


「こんにちは。今日からお世話になる五十嵐と申します」

 うっすらと茶が混じったストレートヘアで、いかにも大学生といった爽やかな空気を漂わせた五

十嵐という女性。桃色のブラウスに白いスカートを履いている彼女に、尚人は舞い上がってしま

っている。視線を合わせることが出来ないのだ。

「五十嵐明日香さんですね?」

 横やりを入れたのは亜美だった。亜美がスリッパを出すと、五十嵐さんは履き替えた、

「ありがとうございます。詳しいことは香織さんから聞きました」

「香織って、亜美の友達ですよね。なぜあいつから?」

「秘密だからそれは言えないのよね、亜美ちゃん」

「そうですよね、明日香さん」

 家庭教師の明日香と、亜美の二人はゲラゲラと笑っている。尚人だけこの状況を理解していな

いようだ。

「しっかりと勉強しましょう。根気よくやれば、絶対に結果はついてくるから」

 綺麗な女性だとばかり思っていたが、尚人は現実をつきつけられた。確かにここ何ヶ月か成績

は落ちている。大好きなサッカーに、集中し過ぎていたせいもあるのだが。


 部屋に入るなり、緊張感がどんどん高まっていくのを尚人は感じていた。年上の女性と二人き

り。高校生活では味わえない大人の香りを、明日香から感じ取っていた。

「苦手科目は?」

「……

「あれっ、みんな得意なの?」

「……」

 なぜかうまく喋られない。取り繕う必要もないのに。


「緊張しないで。私、恐く見える?」

 明日香は不安な表情を見せる。その姿もまた美しい。喜怒哀楽、どの表情を取っても男は虜に

されてしまうだろう。これで勉強に集中なんて出来るだろうか。

「いいや、そうじゃないんです。ちょっと頭がクラッとしただけですから、大丈夫です」

 全く意味を成さない言い訳でごまかす。

「本当に大丈夫かしら。それでは始まるけど、尚人くんの得意科目は数学で、苦手は英語ね。成

績は落ちているとはいうけど、尚人くん頭いいんだね」

「そんなことないですよ」

「英語があと一歩なんだね。よし、任せておいて。私が何とかしてあげる」

 透き通った笑顔が素晴らしい。清涼感があるし、ミントに包まれているみたいだ。明日香の言葉

に、尚人は圧倒されかけていた。


「じゃ、始めようか」

 一時間近く授業が行われ、尚人はその間緊張の連続であった。明日香は熱心に指導してくれた

が、ほとんど何をしたのか覚えていない。こんな体験は初めてのことで、明日香に飲み込まれて

しまったかもしれない。

「緊張した?」

「あっ、はい。結構人見知りするもので」

「かわいいね」

 明日香に笑われた尚人。顔全体がトマトのように真っ赤になる。彼女とそう歳は変らないはず

なのに、この違いは何なのだろう。そして彼女が持つ親近感。尚人は明日香の虜になってしまって

いた。


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