4−テレパシー2
春からアメリカだ。ちょっとした旅行だったらワクワクするけど、三年間となると億劫だ。尚人
や英樹、さらに親友のめぐみや香織とも別れなければならない。いいことは何もない。尚人に愚
痴を言ったけど、問題は解決されるわけじゃない。今までの受験勉強だってパーだ。亜美はベッド
の上で泣くほかなかった。
携帯の着信音が鳴る。亜美は布団から身を乗り出して、誰からの電話か確認した。ディスプレイ
に尚人と表示されている。
「もしもし、尚人だけど。あのさアメリカの転校話だけど、日本に残ることは考えていないの?」
変な質問をしてくると、亜美は思った。誰の身寄りもないのに、日本に残るという選択肢なんて
ありえない。
「日本に残る気があるならさ、僕の家に来ないか?実は父さんに相談してみたんだ。父さんと亜美
の家のおじさんって友達だろ。そうしたら父さん乗り気でさ、亜美をアメリカに行かせるのは気の
毒だって言ってさ、おじさんに話をしてみるって言ってくれたんだ。まだ話は進んだわけじゃない
けど、父さんならおじさんの了承を取れると思うんだ。今日の亜美の態度を見ていたら、日本に
残りたいみたいな感じだったから、おせっかいだけど話進めてみたよ」
亜美はしばらく黙っていた。まるで信じられなかったからだ。
「いきなりだったから怒っている?やっぱり亜美に相談するべきだったよね」
あちら側で尚人は戸惑っているようだった。言葉にならない感情を、亜美は伝えた。
「アメリカなんて行きたくない。尚人やみんなと別れたくない。だけど父さんが……」
「今度おじさんと話し合ってみよう。僕も付き添うからさ。そこで決めよう」
尚人の提案はものすごく有り難かった。私のことを一番理解していて、いざという時救いの手
を差し伸べてくれる。普段は冗談ばかり言って、見向きすらしないのに。
翌朝、父の正芳はリビングで静かに本を読んでいた。まるで亜美が起きてくるのを待っていた
かのように。
「おはよう、亜美。ちょっと話があるんだ。そこへ座ってくれないか?」
おそらく昨日の尚人の話だろうと亜美は思った。
「昨晩、尚人くんのお父さんと飲む機会があったんだ。そこでアメリカへ転勤するって話を切り
出したら、それは亜美が可哀そうだってあいつが言い出してさ。志望校も決定して、今から海外
はないだろうって話になったんだ。僕も気の毒だって言ったんだ。そうしたら隆史が、つまり尚人
くんのお父さんが亜美をウチで預かってもいいって言ってくれて。まさかの提案ではあったが、
ありがたい話だと思って亜美に相談してみると返事しておいたんだ。どうだ、悪い話ではないだ
ろう?」
笑顔で話す父の姿が、何となく寂しくも感じる。亜美は即答できる状態ではなかった。
「ちょっと考えさせて。すぐには決められない」
「そうか、わかった。尚人くんの家にも迷惑がかかるから、二三日中には決めてくれ」
父はそう話すと、自分の書斎に入っていった。表情からはどう考えているか、伺い知れなかった。
アメリカか、日本か。亜美の心は揺れていた。
亜美がベッドの上で思いを巡らしていた午後、尚人からの電話が鳴った。どういう状況なのか
知りたかったのだろう。
「正芳さんから話は聞いた?」
「聞いたよ。おじさんが話を切り出してくれたみたいね」
「亜美のことだからな。親父も理解してくれたんだよ」
尚人の家に遊びに行くと、隆史さんはいつも亜美を自分の娘のように接してくれた。彼には娘
はいなかったから、なおさら亜美は可愛く見えたのだろう。
「それでどうするか決まった?」
「ううん、まだ」
「やっぱりすぐには決められないよな。中3って本当中途半端な歳だわ。先生や親は自分で決め
なさいって言うけど、自己責任で進路を決められるわけじゃないし。親の経済状況や仕事が関わ
ってくるんだから。それに亜美はおじさんと二人暮らしだもんな」
亜美のことを尚人はしっかり理解してくれている。彼に対する思いが、どんどん高まっていく
のを亜美は感じていた。
「尚人は私のこと、よく知っているんだね。別に相談したわけでもないのに」
「気持ち悪いこと言うなよ。今回はたまたまだよ。まあゆっくり考えるんだな。これから三年間
に関わってくることだから。松田家としては、亜美の受け入れ大歓迎ですから」
明るく弾んだ声で、尚人は言った。揺れる気持ちが、日本に傾いた瞬間だった。