31−久しぶりの会話
最悪のタイミングで明日香と再会となった尚人。亜美のことを気に掛けながらも、明日香の話に
集中することにした。
「大事な試験が終わったばかりなのに、呼び止めたりしてごめんなさい」
ペコリと頭を下げた明日香。しかし尚人の気持ちは全く落ち着かない。
「謝らなくて結構ですから。今日は僕に用事があって来たんですよね?」
明日香は小さく頷く。とても美しい女性なのだが、何だか疲れているように見えた。
「どうして尚人君と別れたのか、ずっと後悔していた。前の彼とは完全に別れた。だからもう一度
やり直さない?」
途切れることなく、明日香は一気に喋った。彼女の瞳はずっと尚人を捉えていた。
「しばらく待ってもらえないですか?」
クールに尚人は回答した。明日香の表情は曇る。いちいち彼女に振り回されていたのではたまら
ない。しかし心のどこかでまだ未練は残っていた。それが尚人を苛立たせた。
「ええ、もちろん。いい返事を待っているから」
明日香はすんなりと受け入れた。一人店に残された尚人は頭を抱えた。センター試験よりも難題
な課題だった。
今日は尚人の誕生日だった。だからどうしても彼を迎えたかったのに、傍にいたのはあの明日香
だった。亜美はもっと落ち込むかと考えていたが、案外すっきりしている自分に気づいた。もう彼
を避けるのは止そう。
ちょうどその時だった。亜美の携帯着信音が鳴った。相手は尚人だった。もう着信拒否なんてす
る必要は無い。亜美は堂々と電話に出た。
「もしもし、亜美だけど」
「あっ、尚人だけど。さっきはゴメン」
申し訳なさそうな声の尚人。亜美はあえて明るく振舞った。
「いいよ、別に。二人で約束していたんでしょう?」
「そうじゃないんだ、あれは……」
尚人が弁解するのも聞かずに、亜美は話を続けた。
「勝手に試験会場まで行ったりした私が悪かったのよ。だから気にしないでね。あとは私が勝手に
定めた冷却期間は、今日この時間を持っておしまい。もう避けたり、話さないとか一方的な行動は
取らないから」
「だから明日香は誤解なんだって……」
「誤解って何?見たままじゃない。別れたはずの彼女が試験会場にわざわざ来ることってある?
忘れ物を届けに来たとか、そんなわけじゃないでしょ?」
尚人は何も答えなかった。亜美は少し反論してほしかったが、仕方のないことだった。
「明日からは街で出会ったら、普通に声を掛けてきてね。でも私アメリカへ留学するから、もう
会うこともないかもね。だったら話しておくべきだった?」
「ああ、そうだな」
「でもこうして携帯で話せるわけだし。不便はないよね?」
「どっちなんだよ。僕は直接会って話がしたいけど。二ヶ月全く相手にしてもらえなかったから」
話は尽きなかった。思い出せば言いたいことは山ほどある。このまま話を続けていたら、一時間
でも二時間でもくだらない話題で繋いでいける。
「ヒデは大切にしてやってくれよ。あいつが一番亜美のことを考えているから」
「うん、もちろん。尚人も明日香さん、大切にしてね」
「いつ出発するの?」
「卒業式終わってすぐかな」
「そんなに早くに?だったらもう残された時間は少ないんだな」
一度も途切れることなく、尚人は矢継ぎ早に質問してきた。気まずいムードを作りたくないのか、
それとも本当に尋ねてみたかったのかよくわからない。尚人は話せなかった二ヶ月間を必死に埋め
ようとしているかのようであった。
引越し、留学先の環境、ヒデとの関係、仕舞いには日本から送ってほしいものはあるかなど、先
の話まで始まる始末だった。
「そんな先の話までしてどうすんのよ。私は尚人の妹じゃないんだから」
そうだ、尚人が亜美に接してくる時はいつも上から目線だ。兄が妹にあれこれ指図するように、
尚人は話し掛けて来る。
「ねえ、どうしても行かなきゃならないの、アメリカ」
「どういうこと?」
「アメリカってそんな魅力的な国か?まわりは知らない人ばかりで、日本語は全く通じないし、コ
ミュニケーションも取れない。そんな所いいか?」
おかしなこと言う。外国なのだから当たり前ではないか。思わず亜美は笑ってしまった。
「大丈夫だよ、今回は。ちゃんと目的があって行くわけだし、お父さんが傍についているし」
尚人はまだ納得行っていないようだった。三年前にも海外に行くなと尚人は言った。しかし今回
は自らの意志だ。
「ヒデはどう言っているんだ?」
「応援してくれているよ。尚人とはえらい違い」
「そうかな。あいつも本心は行って欲しくないんじゃないかな?」
「尚人には関係ないでしょ。どうして私達に口出ししようとするの?そういうとこがうざいのよ」
「あっ、そう、せっかく心配してやってんのに。もういいよ」
尚人が一方的に電話を切った。亜美はベッドに携帯をポンと投げ捨てた。久々の電話でもやはり
ケンカとなった。しかし尚人の本音が聞けて、亜美は少しだけホッとした部分もあった。二人のア
ンテナは微弱ながらも、まだ繋がっていた。