30−誤解
センター試験二日目。
受験しない亜美は、ヒデのトレーニングに付き添っていた。ヒデは春から都内の私立大学に、ス
ポーツ推薦での進学が既に決まっていた。それまでの体力作りということで、週に二度ヒデがジム
に通っているのだが、それに付き合っていたのだ。
ヒデは黙々と亜美の前で筋トレを行っていた。ランニング姿の上半身は見事に鍛えられていて、
無駄な脂肪はほとんどない。見ていて惚れ惚れする体だ。
ぼんやりと見学していた亜美だが、頭の片隅で尚人のセンター試験について考えていた。無事突破
してくれたらいいのにと、心から願っていた。
「何を考えていたの?ぼんやりとしているけど」
いつの間にか筋トレを終えたヒデが、タオルで顔の汗を拭きながら亜美に尋ねた。
「ううん、別に」
「今日はセンター試験だね。尚人とも今頃受験しているのかな?」
「おそらく」
あえて素っ気無いフリをしたが、ヒデは騙されない。
「本当はとても心配なんでしょう。顔に書いているよ」
「嘘?」
「やっぱりそうだったんだ。そりゃ心配だよね」
誘導尋問に引っ掛かってしまったこと悔いた亜美。今さら弁解しても無駄だ。だから自分からは
話さないことにした。
「僕のことは気にしなくていいよ、もう慣れているから。初詣で買ったお守り、あれは尚人にあげ
るつもりだったんだろう?」
「だから、あれは……」
「別に隠さなくたっていいじゃん。お守りくらいあげたくらいで、僕は嫉妬したりなんかしないよ。
そんな小さな男じゃない」
柔和な顔で言ったヒデ。本心はわからない。
「会いたいなら会えばいいじゃん。無理なんてする必要ないんだし」
「別に無理なんかしていない」
「僕には無理しているように見えるけど。何度も言っているけど、僕は亜美が傍にいてくれるだけ
でいいんだ。それだけで勇気が沸く。サッカーがもっとうまくなりたいって思える。だから君が尚
人と会おうと会うまいと関係ないことなんだ」
ヒデが面白くないことは、亜美も理解していた。けれども今日は特別な日だ。会って一言でもい
いから、話がしたかった。今まで二ヶ月も話さずにいたのに、とても信じられないことだったが。
「ヒデの言葉に甘えさせてもらうね。今から尚人に会ってくる」
「いいよ、いいよ。ほらもうすぐセンター終わる時間だから。会場まで迎えに行ってあげたら?」
ヒデのジムからセンター試験会場まで、それほど距離は離れていなかった。今からでも十分に間
に合う時刻だ。
「ごめんね、今日だけだから」
ジムを走り出すように飛び出していった亜美。足はとても軽やかだった。
終了のチャイムが鳴り響く。二日目の試験が終わったことを知らせるチャイムだ。尚人はホッと
一息ついた。昨日の出来事があって今日はいけるか心配になったけど、会場に着くなり気分転換出
来たことが良かった。
さてこれからどうしようか。まだ尚人には大きな宿題が一つ残されていた。このまま入ってきた
正門から帰ることになると、明日香と出会うことになる。ただ回避される道も一つ残されていた。
それはこの会場には別に裏門があって、そこから帰ることも可能であった。つまり明日香と会わな
で済む方法もあった。
尚人は会場でしばらく悩んだが、結局正門から帰宅することを選んだ。
案の定、正門前には明日香が待ち構えていた。別れたはずなのに、尚人の心臓はバクバクしてい
いた。
「ごめんね、試験終わったばかりなのに」
「何の用ですか?」
「あの時取った私の行動が軽率だったことを詫びたくて。本当にごめんなさい」
明日香が頭を下げると、まわりの同級生が好奇の目でこちらを見た。
「ここだと何だから別の場所で話をしましょう」
場所を変えようと尚人が提案した。明日香も同意する。まず話を聞かなくては、何も答えられない。
二人で歩こうとした瞬間、尚人は意外な人物を目撃した。亜美の姿だった。
「ちょっと申し訳ないです。ここで待っていてくれませんか?」
急いで亜美の元に駆け寄る。二ヶ月間ずっと話をしていない。話がしたくてしたくてウズウズし
ていた。
「今日はどうしてここへ?」
亜美の顔は固まっていた。というより表情をなくしていた。
「まだ尚人と明日香さん、続いていたんだ……」
「何を言い出すんだよ、亜美」
「いや別にいいんだ。だって付き合っていたんだもの。やり直すことだって十分考えられるわけ
だしね」
「だからさ、亜美……」
全く亜美は話を聞こうとしない。勘違いしているのは明らかだ。
「言いたいことあったけど、すべて忘れちゃった。私これで帰るね」
「このお守りさ、亜美が……」
「ああ、そのお守り役に立った?ご利益あるといいね」
亜美は逃げ出すように、走り去った。明日香の手前、追いかけることは出来なかった。