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3−テレパシー

 本来なら亜美は今頃アメリカにいるはずだった。それなのに尚人の家にいるのは、彼の強い説得

があったからなのである。

 中三の冬休み直前だった。尚人と亜美は同じ地元・京都の府立の普通科高校を受験することを

決めていた。偏差値からしても二人は問題ないとそれぞれの担任からお墨付きをもらっていた。

あとは油断だけが怖かった。だから二人で図書館に通ったり、ファーストフード店で勉強して受験

の日に備えていた。

 しかしやる気満々だった二人に、大きな転機が訪れる。あの時のことを尚人ははっきり覚えて

いる。いつも黙々と勉強を始める亜美が、下を俯いたまま参考書を開けようともしない。異変を

感じた尚人は亜美に尋ねてみた。


「具合でも悪いの?」

「ううん、違う」

 頬杖をついたまま、ため息をつく亜美。すっかりやる気を失くしている様子であった。

「何があったんだよ。親とケンカでもしたの?」

 亜美の母親は彼女が小五の時に事故で亡くなっていて、父親の正芳さんと二人で暮らしていた。

彼女は正芳さんと仲違いすることが多いと、尚人の父親である隆史から聞かされていた。隆史と

正芳さんは地元の中学・高校と同じで、二人とも野球部に所属していた。だから亜美の親子関係

の話は、いくらでも父親から情報を得られた。


「あいつ最低。いつも間が悪いんだから」

 いつにも増して、亜美は怒っていた。

「どんなことでケンカしたんだよ?」

「ケンカっていうか、進路のことだよ。ああ、もう嫌だ」

 今度は顔を背けてしまった亜美。進路ってもう決まっているではないか。そうだとしたらあれ

しかない。

「もしかして転勤話?」

「そう、そうなの。四月からアメリカへ行かないかだって。この時期になってだよ、ありえない

でしょう」

 正芳さんは商社に勤めていて亜美が幼かった頃、外国に住んでいたことがあると聞いたことが

ある。尚人はそれを正直羨ましい話だと思ったが、進路が固まった今であれば迷惑な話である。

亜美の失望は痛いほどわかる。


「えらいことになったね。今から海外の高校を探しても、見つかるわけないよね」

 一度身を起こした亜美は尚人を鋭く睨み付けた後、再度机に顔を背けた。うっすらと涙を浮かべ

ていたように見えたのは、僕の見間違いだろうか。

「泣いているのか?」

 返事はない。すすり泣くほどの声もしない。まるで眠ってしまったみたいにも見える。だけど足

は微妙に震えているから、起きているのは間違いない。

 普段は冗談を言い合ったりする仲である亜美が、これほどまでに悩んでいるのは初めてだった。

普段の感覚や行動で、話す話ではない。いつもは使わない神経をつかさどらなくてはいけない。

尚人は慎重に言葉を選んだ。


「アメリカに行ったら語学も身につくことだし、悪いことばかりじゃないと思うよ。帰国子女なん

てかっこいいじゃない。もちろん亜美がいなくなれば、寂しくはなるけどね」

 親の方針に子供が逆らえるわけがなく、僕は亜美の何の役に立てるはずなんてない。出来るこ

とは彼女に希望を持たせることだけだ。

「今日は励ましてくれるんだね。このこと尚人に話して良かったよ。一人で悩んでいたら、前向き

になれなかったかもしれないから」

 いつもなら尚人はストレートに、亜美の言った事を受け入れたはずだった。でもあの日だけは

受け入れることが出来なかった。二人で時間を培ってきた何かがもたらした産物からだろうか。

それはテレパシーと言えるかもしれない。彼女は救いを求めていた。


『アメリカなんて行きたくない。日本で残ってここにいるみんなと過ごしたい』と。


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