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27−折れたアンテナ

 ホテルへ戻った正芳を、亜美が待ち構えていた。彼女はボストンバックに着替えを詰め込んで、

正芳が戻ってくるのを待っていたようだ。

「たまには親子で一晩を過ごすのもいいかなと思って」


 亜美を部屋へ入れると、正芳は木彫りのイスに腰を下ろした。娘との再会、その恋人との会話、

そして尚人への叱咤、とにかく今日は疲れた。このままベッドに潜り込んで眠りこけたかったが、

娘が転がり込んできて、それどころではなくなった。

「あの家に居づらくなったのか?」

「居づらいってわけじゃないけど、私はヒデと付き合っているわけだし。あの家にいるわけには

筋が通らないのよ」

 まるで我が家のように、亜美はリラックスしていた。部屋は二つあるから二人で過ごすのに問題

はないが、正芳もいつまでも日本にいるわけじゃない。

「どうするんだよ、一人暮らしでも始める気か?」

「その通り。パパよろしく」

 亜美は尚人と一度、距離を置きたいと考えていた。今まであまりに近過ぎたから。

「何かよくわからんね、亜美と尚人君の関係は」

「離れて気づくこともある。今の私にはそれが必要なの」

「ますますわからん」

 正芳は首を傾げていた。一体二人の間に何があったのだろうと。


 自宅へ戻った尚人はさっそく亜美と話そうと二階へ上がったが、なぜか彼女の部屋のドアが開い

ていることに気づいた。時刻はもう11時を過ぎている。明日学校があるというのに、どこへ出掛

けたというのだろう。

「亜美はどこへ行ったの?」

「正芳さんのホテル。しばらくそこへ滞在するんだって」

 一人暮らしをしたいと話していた亜美。尚人は嫌な予感がした。遅い時間ではあったが、すぐに

ホテルに駆けつけたくなった。

「ちょっと出掛けてくるわ」

「尚人、何を考えているの?せっかくの親子水いらずじゃない。あんたが邪魔してどうするの」

 もう亜美が帰ってこないような気がした尚人は、かなり焦っていた。

「今行かないとダメなんだ」

「やめなさい」

 厳しい口調で英子は言った。さらにこう続ける。

「あんたが首を突っ込んでも仕方ないの。そっとしてあげなさい。亜美ちゃんは亜美ちゃんの考え

があるのよ。私達はそっと見守ってあげましょう」

 その夜、尚人は眠れなかった。明日学校でどう話を切り出そう。そればかり考えていた。


 ホテルから登校した亜美は、途中でヒデと合流して帰国した正芳の話をしていた。

「昨日はゴメンね。まさか尚人と間違えるなんて……」

「気にしてないよ。逆に覚えてもらえて良かったと思っている」

 会えなくなる辛さ。正芳が言った一言が今でも耳に残っている。彼女のアメリカ行きを快く送り

出すつもりだったのに、心が揺らいできたのだ。

「そうだ、ヒデに報告があるんだ。私、あの家を出ることにした。今はホテルに父と滞在しているの」

「尚人と何かあったの?」

「ううん、別に。私が一人暮らしをしたかっただけ。いつまでもよそ様の家に頼るわけにも行かな

いし」

 亜美の独立宣言に、ヒデも驚いていた。もちろん嬉しいことに変りはないが、少し無理している

ように感じられた。

 学校の正門およそ100メートル手前で、亜美が登校してくるのを尚人は待っていた。両腕を組み、

仁王立ち。まるで登校してくる生徒を迎え入れる教師のようだ。

 やがて楽しそうに会話をしながら、登校してくる二人を尚人は見つけた。彼は傍に駆け寄ると、

亜美に声を掛けた。


「どうして黙って出て行ったんだよ?」

「何を言っているの、松田君」

 松田?一体そいつは誰だ。尚人は自身の苗字であることに、しばらく気づかなかった。非常に不

思議なことだった。

「松田って何だよ」

「おかしなこと言うのね、松田君。あなたの名前、松田尚人じゃなかった?」

 よそよそしく話す亜美の態度に、尚人は変化を感じていた。彼女は本気であるのと。

「キミがそういう態度示すなら、勝手にしたらいいよ。僕からは何もない」

 尚人は二人の顔をじっと見つめてから、校舎内に入っていった。心配そうなヒデ。二人の仲を知

っているだけに複雑だ。

「本当にこれでいいの?」

「尚人とはしばらく距離を置こうと思ったの。一人暮らしもそれが理由。もちろんヒデと付き合って

いることも一因よ」

 笑顔で話した亜美だったが、内心はどうなのだろう。全くつかみどころがない。

「僕は亜美を信じているから。今はまだ尚人のことが支配しているかもしれないけど。いつか僕の

ことしか考えられないようにして見せるから」

「ありがとう、ヒデ。じゃ、行こうか」

 寄り添うようにして二人は校舎に入っていった。


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