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26−尚人かヒデか

 京都へ向かう列車の中で、正芳とヒデが二人きりになる時間があった。すかさず正芳がヒデに言

葉を掛けた。

「君は亜美がアメリカへ留学すること、知っているのかい?」

「はい、知っています」

「ではアメリカ行きについて、君は賛成しているわけ?」

「ええ、賛成しています」

「へえ、そうか。それは意外だね」

 ヒデは正芳の顔を見つめる。一体何が言いたいのだろういう視線で。


「君は会えなくなる辛さを知っているか?」

 向かい合った座席で、問いかけるように尋ねた正芳。ヒデは何も答えられない。

「会えなくなると言うことはとても辛いことなんだ。私は娘と離れて暮らしているから、よくわか

る。今でも彼女をアメリカへ連れてくるべきだったと思っているんだ。よく考えた方がいいぞ」

 肩をポンと叩かれたヒデ。そこへ亜美がちょうど戻ってきた。

「何の話、していたの?」

「内緒だよ」

 正芳が済ましながら言った。

「ねえ、ヒデ。どんな話していたの?」

「僕の自己紹介をしていた。せっかくの機会なんで」

 話をすり合わせるように、適当な嘘をついたヒデ。京都へ到着するまでの間、亜美がいないと仮

定した卒業後を考えてみた。

 大学へ進学して充実したサッカー生活を送る。しかし傍らに亜美はいない。ずっと順調な日々が

続くわけではない。そんな時心の支えが欲しい。でも亜美はアメリカへいて、すぐ会えるわけじゃ

ない。なぜ尚人が日本に残ってほしいと言ったのか、ヒデはわかったような気がした。


 京都へ戻ってきた正芳と亜美は、その足で尚人の家にやって来た。尚人の父、隆史と久々の再会

を果たし、正芳は興奮していた。

「娘が世話になったな。色々と迷惑掛けたんじゃないか?」

「とんでもない。亜美ちゃんは家事の手伝いもしてくれるし、もう家族の一員みたいなものだよ」

 酔った勢いで二人は随分盛り上がっていた。尚人と亜美も調子を合わせていたが、話題が尚人と

亜美のことになると二人は凍りついた。


「二人は付き合うって思っていたんだけどな。どこかでボタンの掛け違いでもあったのか?」

「そんなことオレに聞くなよ。あの二人に聞いたらどうなんだ?」

「おい、尚人くん。一体何があったんだよ?」

 正芳の顔は真っ赤だった。尚人は亜美の横顔をチラ見した。彼女は困り果てた顔をしていた。

「その話は勘弁してください。僕らは一度も付き合ったことはありませんし、亜美は今ヒデと交際

していますから」

 盛り上がっていた酒席は一気にトーンダウンした。楽しそうに話していた正芳と隆史はきょとん

としている。尚人は亜美の手首を持つと、リビングから出て行った。


「二人とも酔い過ぎだね。久しぶりの再会だったから、つい出てしまったんだろうね」

 取り繕うに話した尚人に対して、亜美は本音で話してきた。

「パパが言っていたことが、まわりの人の本音でしょう。でも尚人が言った通り、私は一度も交際

していない。私が尚人に付きまとっているから、いつまでもそう思われ続けている。私、早く独立

した方がいいね。パパに相談してみて、何とか一人暮らし出来ないか考えてみる」

「ちょっと待てよ、亜美」

「もう離してよ。私は独り暮らしをするって決めたんだから」

「この家にいるのがそんなに辛いか?」

「辛いよ。だから出ていくんじゃない」

 亜美は尚人の手をふりほどくと、自分の部屋に入っていった。するとリビングから、正芳が出て

きた。先程までの酔った表情とは違っていて、さっぱりとした顔をしていた。

「君のお母さんに叱られたよ。余計なこと言って済まなかったな。ちょっと外で話でもしないか?」


近くのコンビニで飲料水を買ってから、公園のベンチに腰を下ろした二人。さっそく正芳は亜美

の話を切り出してきた。

「隆史から聞いたけど、明日香さんっていう年上の女性と交際しているらしいね?」

「それはもう古い情報です。その女性にはフラれました」

「だとしたら尚人くんは今フリーか、へえー」

 意味深な言い回しで、正芳は買ってきた水をゴクッと飲んだ。

「今日戸田英樹っていう男と会った。彼はサッカー部のエースで、勉強も成績優秀なそうだ。実際

いい男だと感じだし、気の利く男だと思った。だけど亜美には何か不似合いなんだよな」

「そうですか?僕はお似合いだと思いますけど」

 穏やかだった正芳の表情が急に険しくなり、怒声に変わった。彼はこう言った。

「僕は尚人君のことを信頼して、亜美を日本に残したんだ。現状はどうだ?このまま安心してアメ

リカへ帰るわけにはいかない。出来ることなら亜美を一緒に連れて帰りたいくらいだ」

 尚人は黙りこくってしまった。明日香のことばかりに気を取られていて、亜美について配慮を欠

いていた自分を責める尚人。

「ちょっとは理解してくれたようだね。今日、ヒデという男と会った。亜美が空港に彼を連れてき

た意味を、少し考えてほしかったんだ。今まで濃密に亜美と接してきた君だから、僕は話がしたか

ったんだ」

「おじさんが仰りたいことはわかりました。少し考えさせてください。今、亜美という存在が僕の

中でどんな位置にあるのかを」

「ただし彼女は今深く傷ついている。修復するのは大変だぞ」

「はい、申し訳ありません」

 頭を下げると、尚人は亜美のいる自宅へ戻っていった。


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