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25−勘違い

 尚人の正直な思いをひと通り聞いた後、明日香はゆっくりと話し始めた。

「この一ヶ月間連絡しなくてごめんなさい。今日尚人を呼んだのは、ちゃんとけじめをつけないと

と思ったから」

「終わりなんだね?」

 小さく頷く明日香。大きく深呼吸する尚人。二人の交際が終わりを告げた瞬間だった。


 明日香と別れて自宅に戻った尚人は、誰とも会話をしたくなかった。リビングを素通りしようと

すると、亜美が呼び止めた。すぐに尚人の異変に気づく。

「呼び止めてごめんなさい」

「なぜ謝るの?用事があったんじゃないの?」

「今日はいいよ。また明日話す」

「そうか、悪いね」

 階段を上る音も何か元気がないように感じられた。尚人の背中が普段と小さく見えた。

 一方部屋に入るなり、ベッドに横になった尚人。終わりなんだねと言った後の明日香の小さく

頷く場面が、何度も頭の中で再生された。強気であの場に立っていたけど、今では喪失感らしき物

悲しさがこみ上げてくる。自然と涙があふれ出てきた。

「あの子、何かあったの?」

 リビングでは英子が心配そうな表情で、亜美に尋ねた。

「そっとしておきましょうよ、おばさん」

「亜美ちゃん何があったのか、知っているの?」

「ええ、まあ」

「さすがだね。尚人のことなら私より知っているかも」

 英子も尚人と亜美の仲の良さは認めていた。


「おばさん、お話があります」

「どうしたの?亜美ちゃん」

「私、高校卒業したらアメリカへ留学しようと考えているんです。父が今週アメリカから一時帰国

するので、この時に話そうと思っているんですが」

 英子は特に驚いた様子は見せなかった。ただ尚人のいる部屋を見上げて、こう言った。

「尚人が知ったら、ビックリするでしょうね。慌てふためくんじゃない?」

「どうですかね。前の時は私のアメリカ行きを止めてくれましたけど、今回は私の意思ですから。

尚人が何と言おうと、私は行くつもりです」

 亜美の本気度に、英子はさすがに驚いた。息子の尚人もこれではうかうかしていられない。

「家庭教師の女性に目ばかりいっているから、こうなったのよ。亜美ちゃん、しっかり言ってあげ

てちょうだい。私はアメリカに行くって」

 亜美は笑って取り繕ったが、まだ英子にヒデと交際していることを話していなかった。尚人との

仲は険悪ではないものの、以前のような親密な関係でないことも。


 いよいよアメリカから正芳が帰ってきた。久々に会えるということもあって、亜美はヒデを連れ

て関西空港に迎えに来ていた。

 入国ゲートを出ると、亜美が大きく手を振った。高三になって成長した娘を見つけると、感慨深

い物が込み上げてきた。その隣には尚人らしき人物が立っている。あれから三年が経った。二人の

仲はまだ続いているのかと思うと、あの時大胆な行動を取った尚人の器の大きさを感じずにはいら

れなかった。


「お帰りなさい。長旅で疲れたでしょう?」

「全然問題ないよ。日本に帰国できることと、亜美に会えることを考えたらそんなの全然。尚人

くんも久しぶりだね?」

 尚人という固有名詞が出てきて、亜美とヒデの二人は固まった。

「嫌だな、お父さん、彼は尚人じゃないわよ。前に話さなかった?こちらは戸田英樹くん。私の彼氏よ」

 確かに顔を見てみると、尚人は全く違う別人だ。すっかり固定観念で亜美の横にいるのは、尚人と

思っていたから驚きだ。

「悪い悪い。確かに尚人君とは似ても似つかない顔しているね。君は戸田くんと言うのかい?いつも

亜美がお世話になっているね」

 笑顔でヒデは取り繕っていたが、ここでも尚人が邪魔をした。やはり亜美との交際に、尚人という

高い壁は取り払うことは出来ないのか。しかしここでクヨクヨはしていられない。自分がいかに亜美

にとってふさわしい男性であるのかを、アピールしなければならない。


「荷物重くないですか?僕がお持ちします」

「ああ、ありがとう。悪いね」

 率先して行動する。これが正芳に認めてもらえる最短の道だとヒデは思った。


 その頃、尚人は随分と遅い朝食を摂っていた。ここ数日は何もやる気が沸いてこなくて、ゲーム

や昼寝ばかりして過ごしていた。これにはさすがの英子も呆れていた。

「年上の女にたかが振られたくらいで、何落ち込んでいるのよ。あんな女のこと、早く忘れなさい」

「うるさいな。おかんに何がわかるんだよ?」

「私だって失恋の経験はあるからね。男と女では違えど、あんたの気持ちはわかる。だけどあんた

の場合、もっと大切なものを失ってしまう可能性があるから私は怒っているの」

「もっと大切な物?」

「よく考えて見なさい。あんたにとって大切な物を。それがわかっているのなら、こんな所でゴロ寝

なんてしている暇はないでしょう」

「何が言いたいんだ?はっきり喋れよ」

「今日亜美のお父さんが帰ってくること、あんた知っているんだろう?それを知っていて、家にい

るとは随分呆れたもんだね。あんたが責任取るから、亜美ちゃんを日本に残してもらったんじゃ

なかったの?」

「えっ、そうなの?」

 亜美から正芳が帰国することを、全く知らされていなかった尚人。かなりショックな出来事だった。


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