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24−長い1ヶ月

 明日香の元彼問題が発覚して以来、尚人は会うことを避けていた。明日香から連絡もなく、二人

の関係は急速に冷えていた。今までに感じたことのない怒りと不安が、尚人を包む。そんな尚人を

亜美はただ見守ることしか出来なかった。


「いつまで落ち込んだ顔しているんだ?」

 校舎脇で下を俯きながら、考え事をしていた尚人に声を掛けたのはヒデ。いつにも増して表情は

厳しい。何か心に期しているものがあるようだ。

「放っておいてくれよ、一人になりたいんだから」

「よく言うよ、お前。どれだけまわりの人に迷惑かけているか、わからないのか?」

 亜美のことだと尚人は思った。彼女は尚人に気を遣っているのか、どしゃぶりの日以来明日香に

ついては触れてこない。欧州サッカーや、好きなタレントの話題を自ら切り出してきて明るく振舞

っている。

「僕にどうしろって言うんだよ。亜美に心配しなくていいから、ヒデに構ってくれって言えば気が

済むのか?」

「お前な」

 襟首を手で持ち上げ、今にも殴りかかりそうなヒデ。苛立ちを隠せない男二人が、怒りや悲しみ

の矛先をどこにぶつければいいのかわからず、彷徨っていた。


「尚人、知っているか?亜美が高校卒業したら、アメリカへ留学希望を持っていることを?」

「アメリカ?」

 そんなはずはないと尚人は思った。何かの間違いじゃないだろうか。日本へ残ることを希望して、

尚人の家に居候したはずなのに。

「その間抜けた顔を見る限り、尚人は何もわかっていないようだな。明日香さんにとらわれてばか

りだからそうなるんだ」

 明日香のことはもう頭になく、亜美が留学希望を持っているという事実が尚人の脳裏を占有して

いた。正直ショックだった。

「よく考えるんだな、明日香さんのことも亜美のことも。そしてお前の進路のことも」

 立ち去るヒデの姿を、呆然と見送るしかなかった。尚人はその場で頭を抱え込んだ。


 机の上の携帯電話のバイブがブルブルと鳴る。イヤホンを耳に付けて英語のリスニングを行って

いた亜美だったが、ディスプレイに「父、正芳」と表示されると急いで出た。

「もしもし、亜美。元気にしていた?」

「父さん、久しぶり。なぜ連絡くれなかったの?」

「申し訳ない、ちょっと仕事が忙しくて。亜美が手紙くれていていたのは読んでいたけど、なかな

か返事が返せなかった」

 久しぶりに耳にする正芳の声。やっぱり肉親はいい。離れてみて身に染みるほどわかる。

「仕事が忙しかったのなら、仕方ないよ。それで父さん、話しておきたいことがあるんだ」

「だったら私が日本に帰ってから、じっくり聞かせてもらおうかな」

「嘘?日本に帰って来れるの?」

「仕事が落ち着いたからね。会社が少しまとまった休みをくれたんだ。だったら日本に帰るしか

ないだろう。お世話になっている松田にもお礼言わなければいけないし」

 正芳が日本に戻ってくるのは去年の夏以来になるから、ほぼ一年ぶりだ。ネットなどを通じて

顔を見たことはあったけど、直接話が出来るとなると別だ。そして自らの留学希望だって相談で

きる。亜美は急に嬉しくなってきた。

「待っているよ、楽しみにしているから」

 

受話器を置いた亜美は、弾んだ声で下に降りて行った。すると玄関脇で落ち込んでいる尚人の姿

が目に入った。尚人は靴を脱ごうともせず、立ちすくんでいた。家に入りづらい事情でもあるのだ

ろうか。

「何をボーっと立っているの?」

「ああ、亜美」

 まるで抜け殻のように元気のない尚人。明日香と何かあったのだと亜美は推測する。

「元気出せよ、ファイト」

「ああ」

 亜美は振り返ると、台所にいる英子の元へ向かっていった。中から良かったわねと英子の声がし

た。どうやら正芳さんが帰ってくるようだ。何だかそのまま彼が亜美を連れて行ってしまいそうな

気がする。急に寂しさが増してきた尚人だった。


 いよいよ10月も後半を迎えて、慌しさを増してきた。今週末にはアメリカから正芳が戻ってく

る。楽しみな亜美と不安で仕方ない尚人の二人。まるで対照的だった。

 そして尚人と明日香の冷え切った関係は、いよいよ終焉を迎えようとしていた。一ヶ月もの間連

絡を取っていなかった二人だったが、尚人はついに明日香から話があると呼び出された。


「元気にしていた?」

「顔を見ればわかるだろう。これが元気な顔に見える?」

 確かに顔が以前より青白くなっているように見えた。明日香の方もこの一ヶ月間悩み続けたのだ

が、尚人の方がよほど苦しんだ様子に見えた。

「答えはもう初めから決まっているはずでしょう。僕をバッサリ切らないために、一ヶ月間僕を放

置し続けていたの?」

「そんなことないってば。どうしてそんな風に言うの?」

「僕には初めての恋だったからさ。だから深く傷ついた。明日香に他の男が好きだと聞かされた時、

気が動転するくらい動揺した。初めてだから仕方ないでしょう」

「尚人」

「でもいい経験になったよ。捨てられる男の気持がよくわかった」

 恋愛に素敵な別れなんてない。尚人にとって辛く長いこの一ヶ月間だった。


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