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22−外泊

 いよいよ二学期が始まった。秋を迎えた校舎は慌しく、いよいよ進路という重要な節目を迎え

てピリピリしてきた。

「亜美は全く問題ないよね。立命や同志社なら余裕でしょう?」

「余裕じゃないって。私も必死なんだから」

 ランチの途中で出てくるのは、進路の話か亜美の恋の行方。弥生も気が気じゃない。

「どこか志望はあるの?」

「あることはあるかな。だけどこれはまだ決まったわけじゃないし」

「水くさいな。私達親友同士でしょう?誰にも言わないから、こっそり教えて」

 耳元に手を当てて、教えてとリアクションした弥生に対して、やれやれと言った様子で亜美が

応じた。


「アメリカへ行っちゃうの?それ、本当?」

「だから内緒ってあんたが言ったんでしょう。それを大きな声で言ってどうすんの」

 頭を軽く叩くフリをして見せた亜美。ゴメンゴメンと手を合わせて謝る弥生。だがすぐにまる

でこれから別れる恋人同士みたいな深刻な表情で、弥生は亜美を見つめた。

「日本から離れるなんて考えても見なかった。だけどお父さんはアメリカにいるわけだしね。そ

れも選択肢ってわけね」

「だから今、英語猛特訓中。他の教科は捨てていますよってくらい、夢中でやっている」

「ところでアメリカへ行くことは、尚人には言ったわけ?」

「言ってないし、言うつもりもない」

「どうしてよ?」

「さあ、わからない。それにまだアメリカへ行くって正式に決まったわけじゃないし」

 亜美は青い空に広がる飛行機雲を見つめながら、言った。


 金曜日の夜。土日と連休ということもあって、一番集中できる。それが明日香の家となればな

おさらだ。でも今晩はいつもと何か違っていた。いつもはラフな格好をしている明日香が、ドレス

アップをしている。まるで誰かの結婚式帰りみたいだ。

「ねえ、尚人くん。話があるんだけど……」

 セクシーな胸元が露になる。尚人はあえて目を背け、明日香の瞳を見つめる。

「今日ウチに泊まっていかない?もちろん強制はしないけど」

 これはどういうことだ。混乱する頭を必死に巡らせる。泊まっていくという言葉と、いつもとは

全く違った明日香の雰囲気が落ち着きを失わせる。しかし答えに迷いはなかった。

「いいですよ」

「本当?断られたらどうしようかなって思ってたんだ。じゃこれから夕食作るから、勉強頑張っ

てね」

 台所に向かった明日香。やがて包丁でトントンと食材を切る音がしてきて、尚人は一気にテン

ションが上がってきた。耳にイヤホンを当てると、英語のリスニング問題を一気に解いた。


 晴れ渡る空。夏から初秋に向かう残暑がまだまだ残り、眩しく照りつける太陽。亜美は久々に

早朝から散歩に繰り出していた。

 昨晩、尚人が自宅に帰ってこなかった。ウチに連絡もなかった。尚人は明日香の家に行ったはず。

亜美は悶々とした一夜を過ごした。一睡も出来なかった。長い夜が明けて、自分自身の気持ちを

落ち着けるために朝早くから散歩していたのだ。

 散歩には亜美から誘われたヒデも付き添っていた。亜美からこんな形で誘われるのは初めてで、

まさか早朝に呼び出されるとは思わなかったが、彼女が受話器の向こう側で蚊の泣くような声で

話していたのを聞いて出てきた。

 亜美とヒデは散歩しているにも関わらず、全く会話を交わさなかった。まわりの老人達や夫婦

はみんな楽しそうに歩いているのに、二人は全くそうには見えない。まるで何かの修行をしてい

るみたいだ。もちろんヒデは亜美の気持ちを察して、声を掛けなかったのだが。


 一方で尚人はいそいそと自宅の方へ向かっていた。ついに明日香と本物の恋人関係になった。

どこか誇らしげに胸を前にピンと出して、一歩一歩を刻んでいた。しかし眠さはさすがに隠せな

かった。早く家に戻って横になりたい。

 そんな三人が偶然、公園の前で出会った。三人は目を合うと、その場に立ち止まった。

「どうしたんだ、こんな朝早くに……」

 尚人の方から亜美に声をかけた。

「ちょっと散歩していたの、たまには朝もいいかなと。そっちこそ昨日の晩、何していたの?」

「明日香さんの家にいた」

 はっきりとした口調で、尚人は言った。

「そうか、そりゃ良かったね」

 ヒデの右手を引っ張り、亜美は尚人の前を通り過ぎようとした。

「朝からヒデとデートか。亜美もなかなかやるじゃん」

「そうだよ。私達これから付き合おうかって話でもしていたんだ。ねえ、ヒデ?」

「ああ、そうなの?」

 どきまぎするヒデを見て、尚人は無理するなよと声を掛ける。

「無理なんかしてないわ。さあ、ヒデ早く行こう」

 ヒデの手を強引に引っ張って、尚人から遠ざかろうとする亜美。不安視されていたことが現実

になって、亜美は今にも泣きそうだったが意地でこらえた。


「ねえ、さっき言ったこと本当なの?」

「えっ?」

「これから付き合おうかって話」

 ヒデは亜美の話をすっかり信じてしまっている。口から出たとっさの尚人に対する強がりだった

のだが、彼にはそう聞こえなかったようだ。

「本当だよ、こんなこと冗談で言うわけじゃない」

 亜美は腹をくくった。あんな男のことを好きになるなら、自分を大切にしてくれる男に好かれる

方がいいと。


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