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21−ヒデの決意

 海での大絶叫から一週間が経った。あのキャンプが何だったのかと思えるくらい、尚人と亜美は

また通常の生活に戻っていた。しかし二人の間に少しずつ変化が訪れていた。


「耳を塞いだって、本当?ありえないっーの」

 弥生は両手を広げてオーバーリアクション気味に言った。

「伝わっただけでいいの。いきなり言ったところで、うまくいかないことわかっているし」

「尚人はどうなの。何か言っている?」

「私は縛る女なんだって。失礼しちゃうよね」

「縛る女ね。あながち間違ってないかも」

「もう、弥生までそんなこと言わないでよ。私は縛る女なんかじゃないよ」

 明日香に嫉妬しているくせにと思った弥生だが、口に出してとても言えない。

「尚人と亜美の関係はよくわからないわ、私には」

「私にもよくわからない」

「当人がわからないんだから、私にわかるわけないか」

 二人はアイスコーヒーを飲みながら、ゲラゲラ笑った。


 明日香の講義を受けながら、ぼんやりと尚人はキャンプのことを思い出していた。それを忘れる

ために勉強に打ち込んでいたのに、なぜかチラチラ頭を過ぎってしまう。

「最近の尚人君、ものすごく勉強熱心ね。私のムダ話にも、最近はのってくれないし」

「受験生ですから当たり前でしょう」

 以前との変わり栄えに、明日香は驚いていた。

「えらいわね。このまま夏休み中ずっと続けたら、志望校も楽に合格できるね」

「そうだといいですけどね」

 ようやく尚人は微笑んだ。でも以前の尚人の笑いとは、どこかが違う。

「没頭しているよね、合格のために。去年の今時分を思い出して、懐かしいな」

「明日香さんのことですか?」

「うん、そうだよ。私も去年は受験生だったからね。この時期の苦しさはよくわかる」

「頑張ります!」

 尚人はそう言うと、持ってきたタオルで汗をぬぐった。夏休みもあと少し。全力で今はサッカ

ーで遅れた分を、取り戻さなければならない。明日香の視線を真横に受けながら、彼は集中して

いた。


 夏休みも終盤を迎えた週末、亜美はヒデにJリーグの試合を観に行かないかと誘われた。好き

なサッカー選手が出場することもあり、快諾した亜美。彼女は純粋に試合を楽しむつもりであっ

た。ただヒデには別の意図があった。

「この試合のチケットを取るの、大変だったよ」

「そうでしょうね。夏休みだし相手は人気チームだし、本当よく取れたね」

「亜美の好きな選手が京都へやって来る試合が、ちょうど今日だったんだ。だから亜美にぜひ観

てもらいたかったんだ」

「本当すごいよ、ヒデ」

 双眼鏡で、ずっとこの選手を追いかけている亜美。この選手が京都へやって来るのは、年に一

回くらいだから、この日を逃したら関東遠征でもしなければなかなかお目にかかれない。


「あっ、何をやっているの。そこで決めなきゃ」

 ヒデのことをほったらかしにして、試合に熱中している亜美。その横で尚人はこの後の告白の

ことを考えていた。亜美が尚人のことを好きなのは百も承知だ。それを理解した上で、わずかな

可能性を信じて告白する。何かいい言葉は見つからないだろうか。

「ヤッター、決まったよ」

 手を叩いて大喜びをする亜美の横で、深刻そうな表情のヒデ。亜美にはそれがクールな姿に見

えた。

「ねえ、疲れない?」

「うん、何が?」

「今日は試合観戦に来ているんだよ。もっと楽しそうな表情してもいいんじゃない?」

 何やら勘違いをしている亜美に、ヒデは慌てて否定した。

「楽しんでいるよ。元からこんな顔だから、楽しんでいないように見えるかもしれないけど」

 精一杯の笑顔を作って笑っているように見せるけれど、亜美は納得しない。

「尚人くんは楽しんでいるのかもしれないけど、それじゃ勘違いされちゃうよ。相手に対しても

っと素直になった方がいいと思うよ」

 

素直になった方がいい。

 

 この言葉にヒデは鋭く反応する。今しかない。思いを伝えるのは今だ。

 不意にヒデは亜美を抱きしめた。吸い寄せられように、ヒデの大きな胸におさまった亜美の体。

彼の大きな心臓の鼓動が響いてくる。まわりの観客はゴールを決めた選手に注がれていて、誰も

二人を見ていない。

「どうしたのヒデ、これは一体何?」

「戸惑うのも無理はないと思う。少しでいいからこうして話をさせて」

 囁くような声に、亜美の体は全く反応を示さない。ただ尚人の心臓の鼓動が響いているだけ。

スタンドとのボルテージとは明らかに正反対だ。

「亜美のことがずっと好きだった。君も気づいていただろう。もちろん他の男が好きだってこと

も知っている。二番目の男でもいい。オレのこと少しでもいいから、頭の片隅に置いてくれない

かな?」

 真摯なヒデの告白に、亜美はすぐノーとは言えなかった。初めてヒデを男として意識した、非

常に蒸し暑い夏の夜だった。


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