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20−真っ暗闇の海岸にて

「ねえ、海岸に行こうよ。星が綺麗に見える場所があるんだ」

 亜美は隆史に教わった小さな海岸へ、尚人を連れて行く。そこは地元で有名な、恋人が集う秘密の

場所だった。

「へえー、こんな場所があるんだ。まるで隠れ家みたいだね」

 まわりは大小の岩で囲まれており、誰も様子を伺い知ることは出来ない。恋人同士には好都合な

場所であると尚人は思った。

「ほら、上を見てごらん。満天の星空だよ」

 亜美の声は聞こえるものの、表情まではよくわからない。しかし尚人の横に、亜美がピタッと

接近しているのはわかった。

「ちょっと近過ぎやしないか?」

「別にいいじゃん。誰も見ていないんだし」

「まあいいや。それにしても綺麗だね、星空」

 漆黒の闇に明るく映し出される無数の星……。これらを見ているだけで、軽く一時間は過ごせる。


「何でもやれそうな気分になってくるね。星空ってとんでもないパワーを持っている気がする」

「確かにそうかもしれないな。キャンプへ来て良かったよ」

 右手に異変を感じた尚人は、亜美が手を握っているのに気づいた。振りほどこうしたが、亜美

は手を離さそうとしない。仕方なく通常のカップルのように、手を握ったまま星空を眺め続けた。

今晩の亜美はやたら接近してくる。何か辛いことでもあったのだろうか?

 無言のまま十分ほど、その状態は続いた。亜美は何も喋らない。波の音しか聞こえない海なら

ではのシチュエーションを楽しんでいるとしか思えない。

 フワフワしている尚人と、集中している亜美。二人はまるで対照的だった。


「こうして手をつないでいると、私達つながっているって感じがしない?」

 ようやく口を開いた亜美に、尚人はどう答えを返せばいいのか頭の中で言葉を探していた。

「手を繋がなくたって、僕らはいつも繋がっているさ。何か不安なことがあったら。いつでも相談

してくれたらいい。そして何か楽しいことがあったら、一緒に笑えばいいじゃないか。僕はそうし

たいと思っているし、そうすべきだと思っている」

 自分でもバカじゃないかと思えるような臭い言葉が、平気で言えてしまうのだから真っ暗闇は

恐ろしい。平日昼間の学校でこんなことはありえやしない。

 しかし勇気を出して言った言葉も、亜美によって真っ二つにぶった切られた。


「綺麗ごとだね、そんなの。キラキラした宝石みたいな関係がずっと続くと思っている?もし尚人

の考え方がまかり通るなら、誰だって苦労しないわけじゃない。現実はむしろ苦しくて大変で、し

んどいことばかり。現に私だってそうなわけだし。僕らは本当に繋がっているんですか?」

 逆に問い返された尚人は、亜美との関係について振り返ってみる。確かに順調なことばかりで

なかったし、ケンカしたこともあったけど、ここまで来れたのはお互いが繋がっていたからではな

いのだろうか。

「でもね、相手の人がどんな状況であっても好きになれるものなの。10のうち9が悪い部分でも、

1の良い部分がとてつもなく素晴らしいものだったとしたら、その人のことを愛せるものでしょう。

たとえその相手が他に好きな人がいたとしても」

 風と同時に波が高く舞い上がって、潮が二人に激しく降りかかってくる。まるで嵐がやってくる

前兆みたいだ。


「もう帰ろうか。海もこんな状況だし」

 尚人は直感で何かを悟った。亜美から受け取った感情電波のようなものだ。

「ごまかされないよ、私はっきり言うからね。今日は絶対に言うって決めたんだから」

「じゃ、オレは耳を塞ぐから。大声で海に向かってどうぞ」

 両手で二つの耳を強く塞いだ尚人。それは何とも意地らしくて、亜美は吹き出した。

「何だよ、それ。私がこれから大事なことを話すって言うのに」

 亜美は尚人の手を振りほどこうと悪戦苦闘したが、ついに元に戻そうとはしなかった。

「卑怯だぞ、尚人」

 瞳を閉じたまま両耳を塞いだ尚人。これは彼の優しさなのか、それともただ聞きたくないだけ

なのかはわからない。しかしここまで来て言わないわけにはいかなかった。両手を口元に当てて、

亜美は大海原へ向かって叫んだ。声量が出尽くす限りに。


「尚人のことが好き」


 しばらく経ってから、尚人は塞いでいた耳をゆっくり放した。しかしながらいつでも元に戻す体制

が整えられていた。

「そんなに嫌?私といるの」

「嫌じゃないよ。ただ縛られるのが嫌なだけ」

「誰も縛ったりしなんかしないよ」

「そんなこと言って、亜美は絶対男を縛るタイプだ」

「試してもいないくせに」

 二人はしばらくの間、冗談を言い合いながら海で話し込んでいた。亜美の一途な思いは果たして

尚人に届くのだろうか。


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