2−一枚の写真
練習後、尚人は自宅に戻った。このあと七時頃に、尚人の新しい家庭教師が来ることになって
いる。今日から担当者が代わるのだ。
「今日から新しい方が来られるのよね?」
尚人の母親である松田英子が尚人に尋ねる。
「ああ、そうだよ」
「どんな方なのかしらね?」
「大学生の人みたいだって、亜美は言っていたけどな」
「亜美ちゃんの友人の紹介でしょ?」
「そうだけど……ちょっと不安だから、亜美に直接聞いてくる」
尚人はそう言うと、亜美の部屋へ向かった。
「おーい、亜美」
尚人は亜美の部屋へ向かって叫んだ。しかし中から返事はない。おそらく眠りこくっているの
だろう。彼女に悪いと思いながらも、扉を開けてみた。
すやすやと気持ち良さそうに、亜美は寝ていた。亜美の部屋へ入ったのは、1ヵ月ぶりくらい
だろうか。亜美の机の上には、一枚の写真立てがいつものように飾られていた。その写真には、
尚人と亜美の二人だけが写っている。中1の時の入学式の写真だろうか。
ふてくされて横を向いている尚人と、笑顔満面の亜美。対照的な二人が写っているこの写真を見
るたびに、尚人は照れくさくなるのだった。
「まだ飾っているのかよ。あれだけ片付けろって言っているのに」
独り言のように、尚人は呟いた。その瞬間、亜美が尚人の気配に気づいたのか、目を覚ました。
「うーん、うわっ」
亜美は突然驚いたような顔を見せた。
「ビックリさせんなよ」
「何言ってんのよ。尚人が勝手に私の部屋に入ってきたんでしょ」
「ちょっと今日来る、家庭教師の先生について聞きたかっただけだよ。起こして悪かったな」
髪は乱れていて、目は真っ赤。亜美は傍にあったクッションで顔を隠している。
「いくら私が居候の身だとしても、ドアをノックもしないで入ってくるなんてデリカシーに欠け
ているよ」
「悪かったよ、ごめんな」
「反省しているんならいいんだ。家庭教師の先生のことか」
「そうだ」
「今度来る家庭教師の人、女子大生の人だって」
「マジかよ!」
尚人は思わず甲高い声を上げてしまった。
「友達が言ってたけど、とっても綺麗な人らしくて。尚人、女の先生が気になって、勉強に集中
できなくなるんじゃない?」
「そんなことないよ、俺はいつも通り頑張るだけさ」
尚人の嬉しそうな様子を見て、なぜか亜美はイヤな気がした。
「家庭教師のことはわかったんだけど、この机の上に飾ってあるこの入学式の写真、何とかなら
ない?いつまで飾っておくつもり?」
「ああこの写真?別にいいじゃん。私達仲がいいって証拠だし」
亜美は気にしている様子はない。尚人はそれが不思議だった。
「飾るのは悪くないんだけどさ、ここには亜美の友達とかも来るんだろう?これを飾っていると
まずいじゃないか」
「別にいいでしょう。ここは私の部屋なんだから。それにマネージャー生活だって卒業までのこ
とじゃない。サッカー部の皆は私がいることを歓迎してくれているし、そんなに嫌なら尚人がや
めればいいじゃない」
亜美は哀しそうな目をしていた。尚人はそれ以上、話しかけることが出来なかった。
「出て行って!」
亜美に言われるまま、尚人は部屋を出ていくほかなかった。
「亜美の気持ち、オレにはわかんないよ」
尚人はポツリと呟いた。