19−キャンプ パート2
「あいつ、亜美ちゃんに何かひどいことした?」
「いや、そうじゃないんです。これは私自身の問題なんです」
一呼吸置いて、亜美は話し始めた。
「私、尚人のことが好きです。それをおじさんに知ってもらいたくて」
「あのバカ息子に好意を持ってくれているのか?そうか、それはオヤジとしても嬉しいことだな」
和ますつもりで言ったのだが、亜美はちっとも笑わない。隆史は異様な空気を感じる。
「本当に好きなのか?あいつのことが……」
亜美は小さく頷く。隆史はぽかんとしたまま、しばらく我を忘れていた。
「でも私の思いは届きそうにもない。尚人には年上の彼女がいますから」
「ああ、尚人が車で話していた?」
「そうです。明日香さん私と違って綺麗だし、大人っぽいし言うことありませんしね」
既に諦めモードの亜美に、隆史は掛ける言葉を慎重に選んだ。
「オレが言うのも変だけど、諦めるのはまだ早いんじゃないかな。あいつは亜美ちゃんに特別な
感情を持っている。例えば正芳とアメリカへ行くことになって、必死に日本に残るように説得し
ただろう?どうでもいいと思っているなら、普通そんなことはしない。あいつはっきり言わない
けど、亜美ちゃんにアメリカへ行って欲しくなかったんだよ」
「行って欲しくなかったんですか?」
萎えていた気持ちから、少しだけ光が見えてくる気配がする隆史の言葉。尚人の父親だから、こ
の話にも説得力がある。
「おじさん、ありがとう。ちょっとずつ勇気が沸いてきました。おじさんと話せて良かった」
隆史は冷静に取り繕ったものの、亜美の告白話に戸惑いを隠せなかった。彼女はもっと知的で
スマートな男性と付き合うと考えていたのに。
「どこへ行っていたんだよ。二人で何の話をしていたんだ?」
バーベキューのため、薪を積む作業を一人で行っていた尚人が不満そうな口調で言った。
「亜美ちゃんの進路相談に乗っていたんだ」
隆史はうまくごまかしたつもりだった。
「そのわりにエライ動揺した顔しているな?気味悪い二人。まあいいや、それより早くバーべキュー
始めようぜ」
尚人は腹ペコといった様子で、二人が帰ってくるのを待ちわびていたようだ。バーベキューは
即刻開始され、海辺での幻想的な雰囲気に四人は大いに盛り上がった。尚人と亜美の昔話、隆史
の職場の変わった人の話など、場は和やかに進んだ。
「なあ、尚人。せっかくキャンプに来たんだから、亜美ちゃんと海岸でも散歩して来い」
「何を言っているんだ?もう遅い時間なんだからさ……」
尚人は目をまんまるくしている。亜美は黙ったまま、お肉をほおばっていた。
「どうして、亜美と散歩に行かなきゃいけないの?」
「ほら、最近、二人でケンカしたって言っていただろ。仲直りの意味でさ、いいきっかけになれ
ばいいかなって」
隆史の提案に正直戸惑い気味の尚人。それに対し亜美ははっきりした態度を示さない。
「亜美はどうするんだよ?」
尚人は亜美に聞いてみた。すると黙ったまま、食事していた亜美が、箸を置いた。
「私は別にいいよ」
亜美の一つ返事に、尚人は迷わなかった。
「最近ゆっくり話もしていなかったから。せっかくの機会だし、いいかもしれないな」
随分積極的な尚人に、亜美は内心ドキドキしていた。
午後9時。尚人は亜美よりも先に、海岸へ向かっていった。その後ろ姿を、亜美はただ見つめ
ているだけだった。
手は汗でベトベト。夏の夜の風は昼間と違って穏やかなのに、亜美には関係ない。亜美は海岸
に向かう道中で、尚人を見つけた。彼は自動販売機の前で、ただずんでいた。
「意外と楽しかったな、バーベキュー」
「うん、そうだね」
「最近ストレス溜まっていたからさ、ちょうどいい気分転換になったよ」
ストレスと言う尚人の言葉が、亜美の胸を深く抉る。
「サッカー、進路、明日香さんのこと。あまり丈夫な人間じゃないのに、色んなこと抱え込み過
ぎたかな。その疲労が今ピークに来ている感じだよ」
自販機にもたれ抱え込むように話す尚人の話を、じっと亜美は黙って聞いていた。
「でもこうして亜美といると、疲れがふんわりと取り除かれていく気がするんだ。ありのままの
自分でいれる気がする。不思議だよな」
「私は気を遣わなくていいってこと?」
「そうじゃないよ。亜美だって気を遣いますよ。ほら、写真立て投げ捨てたことあっただろう。
あの時はかなり参った」
尚人の困り果てた顔に、亜美は思わず笑いそうになる。
「原因がよくわからないから、しどろもどろだったよ。跡形もなかったからな。なあ、どうして
捨てたんだよ?」
「あの時は何もかもムシャクシャしていたの。何でもかんでも部屋中の物を投げつけていたら、
あの入学写真も犠牲になったってわけ」
自分でも驚くくらいの言い訳が思いついたと亜美は尚人を見る。
「酷いよな。だけどあの写真は大事にしてくれよ。もうあれしかないんだから」
「うん、もちろん」
普段は話をしない尚人が雄弁に話をしている。話すことしかすることのないこの雰囲気が、そう
させているのか。亜美はもっと突っ込んだ話をしようと思い立った。