18−キャンプ パート1
早朝。眠たい目をこすりながら、尚人はベッドから飛び起きた。けたたましい呼び声が、一階
の方からした。きっと父親である隆史の声だろう。今日は何も用事がないから、自室でゆっくり
過ごそうと思っていたのに、これからなぜか家族旅行に行かなければならない。
「今日は頼むよ、オレの愛しきカローラちゃん」
朝から隆史がバカなことを言っている。今日は隆史の運転で、まだ聞かされていない目的地ま
で連行されることになっている。
「おいおい、これキャンプ用品一式じゃないの?」
「そうだよ、何か文句でもあんの?」
亜美が手伝えよという目で、尚人を見た。その視線に促された尚人は渋々、準備を始めた。ひ
たすら尚人と亜美は、車のトランクにキャンプ用品を、父親の元は車のチェックを、そして母親
の英子は、昼食の弁当作りを行った。
準備は着々と進められ、隆史の運転するカローラは、目的地のキャンプ場へ向けて走り始めた。
車内では今年起こった松田家の出来事を、亜美が楽しそうに振り返った。その中には先日起きた
写真立て事件も含まれていた。
「へえ、尚人もいいとこあるんだな」
隆史はタバコを一本ふかしながら、感心しながら聞いていた。その時、尚人は外の風景を見な
がら、ぼんやりしていた。しばらくして何かを思い出したように、尚人は喋り始めた。
「それよりさ、オヤジ。オレ、彼女できたんだぜ」
「本当か?」
驚いたような表情で、隆史はバックミラー越しに尚人の顔を見た。
「ああ、本当だよ。相手は年上なんだけど」
「おお、年上か。なかなかなおまえもやるねえ、高校生なのに」
隆史と尚人はこんな調子で、明日香のことについて語り始めた。その間、亜美はその話題に耳
も傾けず、ひたすら寝ているフリをした。
しかし目を閉じながら、頭の中では喫茶店での光景がくっきりと映し出されていた。明日香の
傍にいた男性の存在。『よりを戻してくれ』という言葉が今も頭から離れない。それを全く知ら
ない尚人が、無邪気に話している。その姿が切なくて仕方なかった。
「オヤジがもっと早く言ってくれれば、明日香さんも連れて来れたのに」
「そうか、そりゃ残念だったな。オレも会いたかったけどな」
「今度会わせてやるからさ、そんなに落ち込むなよ」
「その年上の彼女は学生なのか?どこで知り合った?」
核心を突く質問に、尚人は黙り込む。尚人はチラッと亜美を見たが、彼女は車窓から見える高
原の木々を見つめている。
「友達の紹介さ」
尚人ははぐらかした。亜美が真実を話さないか、気に掛かる。
「亜美ちゃんどうしたの?さっきから顔が青白いけど」
英子が心配そうな目で、亜美を見た。
「ううん、大丈夫だよ。ちょっと車に酔っただけだから。父さんも心配しないで。この
ままキャンプ場まで向かって」
「そうか、ならいいけどな」
亜美の一存で、カローラは目的地のキャンプ場まで、一直線に向かった。
キャンプ場は家族連れでごった返していた。松田家一行が到着した時には、もうあちらこちら
でテントが立てられていた。
海に囲まれた自然に恵まれたキャンプ場。その触れ込み通りのキャンプ場に、隆史はウンウン
と頷きながら満足していた。尚人と亜美の二人はそんな隆史には目もくれずに、キャンプ用品一
式をカローラから取り出す。
「きれいな海だね……」
「本当だ。今まで勉強ばかりしてきたから、ものすごく癒される感じがする」
運び出しながら広大な青い海を、二人は眺めていた。確かに見とれるような美しい海だ。隆史
はこんな穴場をどこから見つけてきたのだろう。
隆史の号令と共に、テント作りが始まった。尚人はこれが初めてだったので、なかなか思い通り
にはいかなかったが、隆史の的確なアドバイスもあって完成にこぎつけた。一方で亜美と英子の
二人はバーベキューの準備を進めていた。こちらは普段から台所で作業していることもあって、
何の問題もなく進んだ。あとは日が暮れるのを待つだけだ。
「ねえ、隆史さん。せっかくだから日が暮れるまで、海岸を歩きません?」
亜美から突然の誘いに、隆史は戸惑っている様子だ。
「そんな戸惑った顔しなくてもいいじゃないですか。私を娘だと思って、気楽でいてください」
「アメリカにいる正芳に悪い気がするけど、まあいいかな?」
亜美の言われるままに、歩き出した隆史。海岸線に真夏の太陽が暮れていく。オレンジ色の夕
焼けをバックに、二人は歩き続けた。
「ねえ、ここに座らない?」
「いいね、座ろう」
二人はゆっくり腰をおろした。
「ぜひ隆史さんに聞いていただきたいことがあるんです。驚かないで聞いてもらえますか?」
亜美は何か相談に乗って欲しいのだと理解した隆史は、こう答えた。
「何でも聞いてくれ。何かあったか、亜美ちゃん?」
「尚人と私のこれからの進路についてです」
「進路はわかるけど、尚人とは?」
「……」
亜美からの反応がない。むしろ下を俯いて今にも泣き出しそうな雰囲気だ。何かまずいことを
尋ねたのか、隆史は気が気でなかった。