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17−二股疑惑

 二人は親密そうであったが、男の方は深刻な顔をしている。

「なあ、明日香」

「何よ。話があるなら早くして」

「もう一度やり直してくれないか?」

 男の言葉に、亜美の背筋がびくっとなる。元カノに対しての復縁願いである。何て情けない男

だろう。

「……」

 明日香は男の目を見つめたまま、黙っている。

「やっぱりダメか?別れを切り出したのはオレの方だからな。だけど今はなぜあんなことを言っ

たのか、後悔している」

「もうちょっと考えさせてよ。私だって色々あるんだから」

 色々の中には尚人も含まれているのだろう。明日香の目は潤んでいるように見えた。

「そうだな。しばらく時間を置いてから会おう。いい返事、期待しているよ」

 明日香の元彼はすくっと立ち上がって、出て行った。いなくなった後、明日香は大きくため息

をついた。そして流し込むように、コーヒーを一杯飲み干した。


「ねえ、亜美。聞こえている?」

「へっ?」

 弥生に肩を叩かれて、亜美はようやく気がついた。

「ずっとボケっとしているんだもん。私の声も届いていなかったみたいだし」

 弥生は心配そうな顔をしている。亜美の瞳はなぜか、赤く充血していた。

「ねえ大丈夫?買い物でもして疲れた?」

「ああ、大丈夫だよ。ちょっと考え事していてさ。あっ、私買ってくるね」

 そう言うと、亜美は慌ててレジの方へ向かった。そして考え込んだ。明日香の傍にいた男性の

影。やり直してくれという言葉がひっかかる。尚人の他にも男はいたんだ。そう思うと、亜美は

何だかやるせなくなった。


「ええっ、それ本当なの?だったら尚人くん、二股掛けられているってこと」

「私どうしたらいいんだろう。このことを尚人に話すべきかな?」

「ダメよ。尚人くんに疑われるだけでしょ。しばらくは様子見だよ。このことは決して尚人くん

には話さないこと。頑張ってよ」

 弥生は冷静になるよう、亜美に説いた。


 7月に入って、真夏の暑い日ざしと、じめじめとした湿気が、体中を覆うようになってきた。

受験生にとって大勝負の夏休みを控えて、尚人と亜美の二人も勉強に勤しんでいた。サッカーで

他の受験生より遅れた分、取り戻さなくてはならない。

 そんなハードな状況を全く無視して、尚人の父である隆史がとんでもない計画を切り出してきた。

それはある朝に起きた。


「明日から旅行へ行くぞ!」

 威勢よく言い放った隆史。もちろん二人の受験生は猛反発した。

「あの、僕等受験なんだけど…」

 唖然とした様子で、尚人が言った。

「明日から塾の夏季講習が始まるのに……」

 亜美も同様の表情を見せた。

「そんなの関係ないや。たった2日くらいだぜ。そんなの受験には何も、響かないさ」

 父親とは思えない無責任さに、ほとほと呆れた様子の尚人。これでも親なのだろうか。しかし

隆史が普通でない父親でないことはわかっている。


「わかった、明日から旅行ね。準備すればいいのね、おじさん?」

「おいおい亜美。大事な夏季講習なのに、休んでもいいのか?」

 尚人は目を大きく見開いて、亜美に尋ねた。


「ナオは行かないつもりなの?夏季講習は何とかするよ」

「いやあ……」

 この間に明日香の講習の予定はなかった。この週末は研修だそうで、来週までお休みなのだ。

「断ってもいいんだぞ。だけどただじゃ済まないこと、オレの息子ならわかっているだろう?」

 サッカーだって尚人の意志で始めたわけじゃない。隆史が好きだったヨーロッパのサッカー選手

の影響で、息子の尚人がとばっちりを食った。ただ始めてみたらこれが面白くて、良かったのだ

けれど。

「ああ、わかったよ。一言付け加えるなら、今回もだろ」

 渋々、尚人は容認するしかなかった。家族という単位で生きている以上、親の言うことに逆ら

うことはできないのだ。これで明日からの旅行が決まった。


「明日からの旅行は思い出深いものになるかもしれないな」

 感慨深く、隆史は答えた。一方の英子といえば、何か考え事をしているようだった。亜美はい

つものようにはしゃいでいる。今までの旅行前とは、何か違った雰囲気がある。今回の旅行は本

当に何か起きるかもしれない。尚人はふとそう思った。

「ウチの家族に巻き込まれちゃったな、悪いね」

 亜美に詫びる尚人だが、彼女はまんざらでもなさそうだ。

「私はうれしいよ。永らくこんな機会がなかったから」

 両親が日本不在ならではの亜美の思いだった。


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