16−尚人の優しさ
打ち上げが終わって亜美が戻ると、なぜか尚人の部屋の電気の灯りが点いていた。てっきり明日
香の家に行ったと考えていた亜美は、アレっと呟いた。
「尚人、いつ帰ってきたんですか?」
台所にいる英子に尋ねる。
「大分前に戻っていたけど。今日は打ち上げパーティーがあるから、もっと帰りが遅いと思ったの
よ。何かあったのかねえ」
英子も同様の考えのようだ。亜美は階段を上がると、灯りが点っている尚人の部屋の前を通り
過ぎた。誰かと連絡を取っていないか耳を澄ましてみるが、何も聞こえない。恐らく勉強している
のだろう。邪魔するわけにはいかない。亜美は黙って部屋へ戻った。
するとあるはずのない、捨てた写真立てが飾られているではないか。誰が飾ったのだろう?捨て
たことにショックを覚えた英子さんが気を遣って、作ってくれたものだろうか?
亜美はひどく混乱していて、どたばたと階段をすぐさま駆け降りた。
「何を興奮しているの?」
家の中で息をきらす亜美を、おかしそうに見つめる英子。
「つ、机の写真立て、どうしたの?」
「あっ、アレね」
納得したような表情で、英子は頷いた。
「おばさんが飾ったの?」
「ううん、違うの。あれはね、尚人の写真なのよ。尚人が保管してた写真。照れくさいとか言って
たけど、尚人もあの写真、持ってたんだね」
英子は笑いながら、尚人に聞こえないくらいの、小さな声で話した。
「……」
亜美は絶句していて、何も答えることができない。
「ああ見えて、尚人も優しいとこがあるのよ。亜美ちゃんが大事にしてた写真立てでしょ。破棄
されていて、尚人もショックだったんじゃないのかな?もう捨てたりしちゃ、ダメよ。あの写真
一枚限りで、もう残ってないんだから」
英子の言葉に、亜美は大きく頷いた。
「でもどうして捨てたりしたの?尚人と何かあった?」
亜美は理由を聞かれても、何も答えることはできない。
「答えられないの?まあいいわ。二人だってケンカすることだってあるわよね。それでムカつい
てとっさに捨てたんでしょう」
やれやれといった表情で、英子は家事に取り掛かる。亜美はペコッと頭を下げると、興奮を隠
し切れずに階段を駆け上がる。
ベッドの上に寝転がった亜美は、尚人が買ってくれた写真立てのフレームを見つめながらただ
ニヤニヤしていた。破棄してちょっぴり後悔していた矢先。まさかこんなことが待ち受けていた
とは。亜美の心は、尚人にますます傾いていく。再度優しさに触れ、必死で忘れかけようとした
思いが、またあふれ返っていくのを感じていた。
尚人は自室で、受験へ向けてひたすら勉強していた。向こうの部屋で、亜美が足をばたばたさ
せながら、喜んでいるのを尚人は全く知らない。ただ明日香に出された課題を、ひたすらこなし
ていた。
翌朝、亜美は機嫌がすこぶるよくなっていた。今までの亜美とは全く違う。
「写真、ありがとね」
亜美はさっそく尚人に声をかけた。
「ああ」
尚人はそっけなく答えた。亜美の笑顔がチラリと垣間見えた。久しぶりに見る亜美の笑顔だった。
「やっと仲直りしたのね」
英子が朝食をテーブルに持ってきた。スクランブルエッグと、こんがり焼けたトーストだ。
「別にケンカしていたわけじゃないよ」
「……」
尚人は返事したが、亜美は沈黙したままだった。二人の会話はそれだけだった。後はおのおのに
高校へと向かっていった。
昼休み中、亜美は友人の弥生と昨日の出来事について、話していた。
「本当、その話?」
「うん。写真立て、元に戻ったの」
「ナオもやるわね。優しいところがあるじゃん」
「そうでしょう。だけどナオ、今朝もふてくされているんだ。以前のようにとまでは、うまくい
かないのよね。まだ私を避けているみたい」
「そっかあ、でもまあいいじゃない。だけどナオは一体どう思って、こんなことしたんだろうね。
やっぱショックだったのかな」
弥生は買ったばかりのりんごジュースを、一気に飲み干した。
「さあ、私にはわからない。ナオに直接聞くわけにもいかないし」
「ま、見守るしかないね、しばらく」
「そうだね……」
「それより亜美、夕方買い物にでも行かない?今日用事ないでしょ?」
「うん、大丈夫だよ。サッカーも終わったばっかだし。よっしゃ、行こう」
放課後、亜美と弥生の二人は駅前のショッピング・モールへ行った。そこで久しぶりに買い物
をして、近くの喫茶店に入った。店内は満員で、席は亜美と弥生がやっと座れるくらいのスペー
スしか空いていなかった。
「何とか座れたね」
弥生がホッとしたような表情で言った。
「どっちが先に行く?」
亜美が尋ねた。
「じゃ、私が先に行くわ」
弥生が先にオーダーに向かう。亜美は留守番だ。店内をぐるっと見回してみる。すると店の奥
で男性と楽しそうに会話している、明日香を見つけた。男性とは以前駅前ですれ違った、あの男
の姿だった。