13−捨てられた思い出の写真
自宅に戻らなかった尚人は、明日香とカラオケボックスで一晩を過ごしていた。期待していた
ことと若干のズレはあるものの、興奮を隠せないのは違いなかった。
「やけに失恋ソングが多くないですか?」
「そう?だったら今晩は感傷的になっているのかもしんない」
「明日香さんでもフラれることはあるんですか?」
「当ったり前じゃない!」
そう言って、明日香はまた失恋ソングを唄い始めた。始めはノリノリだった尚人も、さすがに
だらけてきた。時刻は午前0時を過ぎている。欠伸の一つが出ないわけではない。
尚人は昼に起きた、明日香とのキスシーンを思い返していた。大人のキス。今までも女子と付
き合ったことはあるけど、ちょっと高級感漂う大人の雰囲気が混じった濃厚なキス?
「今晩、私に付き合ってもらって悪かったね。高校生だから本当はいけないんだけど」
「問題ないです。両親には男友達の家に行ったって言っていますから」
「そういうわけには行かないよ。私は責任を感じています。尚人くんのご両親から信頼されて家
庭教師を受けたのに、こんな所へ連れてしまって。私、家庭教師辞めます」
尚人の表情が曇る。明日香がマイクで話すものだから、辞めますというフレーズがいつまでも
反響して胸に響いてくる。
「もう教えてもらえないんですか?せっかく成果も上がってきたのに」
「そんな顔しないで。私は教えるのを辞めるとは行ってないわ。個人的に私の家で教えてあげる。
もちろん月謝も無料よ」
こんなにいい条件はない。尚人はすかさず頭を下げる。
「ぜひお願いします」
「尚人くんの勉強を引き受けたからには、志望校合格までしっかりサポートするから。お母さん
によろしくと伝えておいて」
「感動っス」
「もう、大げさなんだから。
二人は大きく笑った。明日香はマイクを握ると、再び唄い始めた。
早朝、尚人は明日香と駅前で別れると、眠たい目をこすりながら、自宅に戻る。
昨日一日は遊びに明け暮れた。デートは最高だった。自分の思い描いた通りに事は運んだ。
いやそれ以上だったかもしれない。しかし今日からはまた頭を切り替えて、勉強にサッカーと頑
張らなくちゃいけない。尚人は夜明けのまだ薄暗い空へ向かって、大きく拳を上げた。
ようやく自宅に辿り着くと、尚人は眠たい目をこすった。何気に足元を見た尚人は、透明のゴミ
袋に入ったガラス片を見つけた。目を凝らしてよく見てみると、写真立てのフレームだった。それ
は尚人と亜美の中学の時の入学式の時の写真に使われていたもの。さらにゴミ袋を開けると、写真
がクシャクシャに丸められた状態で出てきた。
亜美が入学写真を飾っていたことは気に入っていなかったが、こうして無残に捨てられていると
複雑な気分になる。まるで亜美に尚人を否定されたみたいだ。そのこともあってか、尚人は徹夜
明けでも全く眠れなかった。
「ええ、捨てちゃったの?亜美が大切にしていた一枚なのに」
弥生が大声で驚きの声を上げる。
「もういいのよ、あんなの」
「ねえ、亜美。勝手な判断は止した方がいいんじゃない?尚人くんが帰って来ないからって、明
日香さんと何かあったと疑うのは、思い込みじゃないの?」
「いいの、どうせ叶わない恋なんだから」
亜美の泣きそうな顔を見ていると、弥生はとても正常な思考だとは思えなかった。彼女は優しく
亜美の髪を撫でる。
「諦めたらダメだよ。尚人に嫌いだって言われるまで、諦めたらダメ。尚人は亜美のこと、大切に
思っているからさ」
「本当?」
「本当よ。だったら亜美を家に招いていないって」
少しは明るくなった亜美だが、翌日のサッカーの練習は休んだ。
「とうとう姿を現さなかったな、倉本」
英樹は心配そうに尚人を見つめた。何となく事情は知っているが、尚人が原因なだけに思いは
簡単ではない。
「学校には来ていたんだけどな。何か用事を思い出したんだろう」
尚人はあっさりと受け流した。昨日あったことが頭をかすめたけど、今はそんな場合ではない。
今週はサッカーの大事な決勝戦があるのだ。それに集中しなければならない。
サッカー練習を休んだ亜美は、ベッドの上で寝そべって考え事をしていた。机の上に置かれた
写真立てはもうない。自分で捨てたはずなのに、いつものそれがないと、がらんとした感じがする。
亜美の心にも大きな穴が開いた気がする。尚人との決別。そろそろ独り暮らしも考えた方がいい
のではと、考えたりする。
「ねえ、ナオ。せっかくだから、一緒に写真撮ろうよ」
「えっ、マジかよ。どうしてオレがおまえと、写真撮らなきゃいけないんだ?」
「別にいいでしょ。中学の入学式なんだから。特別なんだよ。もうこの日は二度とやって
こないんだよ」
「そう言って、小学校の卒業式でも写真撮ったじゃないか」
「いいじゃない、はいチーズ」
中学校の入学式。これが尚人とツーショットで撮った、最後の写真だ。高校のサッカー部で、
集合写真で一緒に写ったことはあるが、亜美にとってそれは特別なものじゃない。
そんな大切な写真を破棄してしまった。記憶を少しずつ削っていくことで、やがて尚人のこと
は何も思わなくなるんだ。無理から亜美は自身に言い聞かせていた。