12−KISS
尚人と明日香は、英樹と亜美よりも先に遊園地の中へ入っていた。明日香は二人とはぐれたこ
とに関して、さほど驚いた素振りは見せていない。ひとまず尚人はホッとしていたのだが……
「わざとはぐれた?」
「えっ?」
明日香ははにかみながら、尚人に尋ねた。
「フフフ…素振りがわざとらしかったよ」
「そうっすか、ほら……」
理由を考えれば考えるほど、いい答えは思いつかない。
「別にいいよ。私は気にしてないから。ほら、亜美ちゃんからも携帯かかってこないでしょ。あの
二人もそれなりに楽しんでいるんじゃない?」
明日香の言われるままに、ペースに乗せられる尚人。
「さあ、今日は楽しもう。あのジェットコースターに乗ろう」
明日香の手に引っ張られて、尚人は乗り場へ向かう。やはり明日香といると楽しい。
「怖かったね、あの絶叫マシン。もう二度と乗らない」
尚人のことを忘れるために、無邪気なフリをして英樹と遊んでいた亜美。さすがに絶叫マシン
は怖くて、息遣いは荒くなる。
「大丈夫?顔が青ざめているけど」
「気分悪いけど、しばらく経てば何とかなりそう。ヒデはどう?」
二人はいつのまにか、意気投合していた。2時間あまり一緒に過ごして、亜美も英樹の良さが理
解できてきた。二人だけの今日のデート、それなりに評価できるかもしれない。
「これからどうする、もう昼だけど」
時刻はもう午後1時を過ぎていた。ヒデとはしゃいで、すっかり時を過ぎるのを忘れていた。
「そうだね、私もお腹すいたし。よし昼食にしよう」
二人は遊園地の地図を広げて、食事が摂れそうな施設を探した。
「ここにハンバーガーショップがある。ここへ行ってみようよ」
亜美の発案で、二人は目的地へ向かって歩き出した。さっきまで忘れていた尚人のことが、また
蘇ってくる。気を利かしたヒデがサッカーの話題を持ち出してくるものの、ほとんど耳に入らない。
「あっ、尚人と明日香さんだ」
ヒデが指差す方向に、確かに二人はいた。ハンバーガーショップの横にベンチがあって、二人は
そこへ座って仲良く談笑していた。その様子はまるで恋人同士のように見える。
「声掛けようか?」
「掛けなくていい。中へ入ろう」
「どうして?」
「別にいいじゃん。二人は楽しそうに話をしているんだから」
亜美が尚人に視線を送ったちょうどその時、尚人と明日香の二人が唇を重ね合わせた。
凍りつく亜美、何も言えないヒデ。まさかの光景に、二人はしばらく固まったまま。
「明日香さんは家庭教師なんだろう?一体どういうこと」
凍りついていた亜美は、急に出口の方へ向けて走り始めた。ヒデも後を追いかける。
遊園地の出口付近で、亜美は一旦立ち止まった。ヒデは彼女の傍に立ち寄る。下を俯いたまま
落ち込んでいる様子だ。
「明日香って女、あいつはひどい奴だな。年下の男をたぶらかせて、キスしているんだから」
亜美は何も答えない。ただい息遣いは全力疾走したせいか、荒かった。
「明日香より倉本の方がずっといい彼女になれるのに。あいつはどこに目をつけているんだか」
さすがに亜美は体を起こす。そしてヒデをじっと見つめた。
「知っていたよ、亜美が尚人好きなこと。それでも僕は亜美が好きだ」
ヒデのアプローチはこれまでと明らかに違っている。その空気を感じて、亜美もじっとヒデの
目を見つめている。
「今は叶わない恋だけどな。いつか尚人を越える存在になって、亜美に認められたい。だから今
付き合えないとか、そんな答え方はしないでくれよな」
手を合わせて懇願するヒデに、亜美はようやく笑顔を取り戻す。
「今日はヒデがいてくれて楽しかった。また今度付き合ってくれる?」
「ああ、もちろん」
性格、ルックス、服装、サッカーのプレーぶり、精神力、あらゆるステータスを取ってもヒデが
上なのに、尚人を好きなのはどうしてだろう。不思議で仕方がなかった。
尚人はその夜、自宅に帰って来なかった。母親の英子には、さっき携帯で連絡があったらしく
男友達の家に外泊するとのことだった。亜美はそれを聞いた時、遊園地で感じたものよりさらな
る虚脱感に襲われた。
亜美自身が尚人のためにと、送り込んだ家庭教師、明日香。まさかそんなに深い仲になるとは予
想もしなかった。