11−ダブルデート
明日香が帰った後、尚人は口笛を吹きながら部屋から出てきた。かなり上機嫌だ。不満な亜美は
ちょっかいを出す。
「ちょっと私語が過ぎるんじゃない?」
「何怒ってんの。僕の成績はアップしているわけだから、亜美に文句言われる筋合いはないよ。
そんなことより明日香さんから、デートに誘われたんだ。遊園地にでも遊びに行かないかって」
京都駅の地下街で会った明日香と彼氏の姿を、亜美は思い出した。やはり尚人に話すべきだろ
うか。尚人の歪む顔は見たくないけど。
「あのね、尚人。明日香さんは……」
そう話そうとすると、尚人が割って入ってきた。
「ただし亜美も同伴だそうだ。全くナンセンスだよな」
尚人は大きくため息をついた。亜美は同伴だという言葉を聞いて、とりあえず一安心する。
「何か意外な感じね」
「まあそうだな。でも男一人、女二人という人数構成はあまりにも変だろう。だから英樹を誘って
おいた。もちろん返事はオッケーだったよ」
英樹を呼んだ意図を、明日香とどうしても二人きりになりたい尚人の魂胆がうかがえる。
「ヒデも忙しいのに、尚人の遊びに付き合わされるなんて可哀想」
「何言ってんだ。ヒデはヒデで楽しみだって言っていたぜ。もしかしたら亜美を狙っているのか
もしんないな」
「そんなわけないでしょう」
「ジョークに決まっているだろう。どうしてヒデが亜美を狙わなきゃいけないんだよ。京美人が
これだけたくさんいるのにさ」
手をオーバーに広げて、亜美を茶化す尚人。こいつはバカだと心の中で罵る亜美。二人の表情
は対照的だった。
梅雨空の薄暗い雲間から、わずかに太陽の光が差し込んでいる。亜美が願い続けた雨はとうとう
降らなかった。
尚人、亜美、英樹、明日香の四人が集合場所の駅前広場に集まった。
「わかっているだろうな」
「何が?」
「僕と明日香さんにくっついてくるんじゃないぞ。亜美はヒデと行動しろ」
冷ややかな目で見つめる亜美。なぜこいつを好きになったのか、亜美は自身に疑問を投げ掛ける。
大げさに首を二、三度横に振った。
「どうしたの、倉本。何かあったのか?」
「ううん、心配しないで。私は大丈夫だから」
そこへ明日香が割り込んできた。彼女は英樹に挨拶すると、亜美に言った。
「尚人くんと亜美ちゃんってずっと双子だと思っていた。そうじゃないって英子さんから聞かさ
れて、ビックリしたんだ。確かお父様がアメリカへ単身赴任されているのよね?」
「ええ、そうです」
明日香のにこやかな表情とは裏腹に、亜美の腹の中は戦闘モードだ。なぜこういう機会を設けた
のか、亜美は彼女の気持ちを理解しているつもりだ。
「双子って冗談じゃないですよ。さあ行きましょう、明日香さん」
尚人が促すと、明日香の運転で遊園地に行くことになった。車内ではこの間のサッカーの試合で
盛り上がった。助手席では尚人が必死に明日香にアピールを続けていた。少しでもいい男に見ら
れたいと。
「尚人って年上の女性が好みだったんだ」
小さな声でヒデが耳打ちする。
「趣味悪いよね」
さらに小さな声で、亜美が耳打ちする。前の二人には流れている音楽で、全く聞こえない。
「だから機嫌悪いんだ……」
さらにさらに小さい声で呟いた英樹。さすがに亜美は聞き取れない。
「何か言った?」
「何もないよ。ただの独り言」
梅雨空だった灰色の雲は、超大型掃除機で吸い取られたかのように、遊園地に着く頃には青空
に変っていた。
遊園地に辿り着くと、さっそく尚人は行動に出た。
明日香のそばに寄って、親しげに話し始める。それを遠くの方から見つめる亜美。すると英樹
が亜美の傍にやって来た。
「元気ないな、亜美」
「ああ、ヒデ」
「せっかく遊園地に来たんだ。楽しんでいこうぜ」
英樹に声をかけられて、亜美は徐々に明るさを取り戻していく。ヒデはやはりいい奴だ。
「あれっ、尚人と明日香さんは?」
ようやく英樹は気づいた。後ろを振り返ってみても、二人の姿はもうない。
「もういなくなちゃったみたいだね」
五分も経たないうちに、尚人と明日香の二人は単独行動を開始していた。亜美と英樹の二人は
ぽかんと見詰め合っている。
「携帯で呼ぼうか?」
「ううん、呼ばなくていいよ。二人で中に入ろう」
亜美の言葉に、英樹は大きくうなずいた。