His Pet
男はペットを飼っている。とても従順で、彼にとてもよく懐いている。
彼が仕事から帰ると、目をキラキラさせて彼にすり寄ってきて、もたれかかる。
「こらこら、まだ着替えてないんだ。ちょっと待っててくれ。」
彼が押しとどめると、ペットはしょぼくれてリビングのソファに飛び込むと、そのまま体を横たえた。
彼はピッチリとしたスーツを脱いで丁寧に畳む。
ジャケットは肩の出ないハンガーにスラッと掛け、スラックスは、織り目を直す為パンツプレッサーにきっちりとセットする。彼のルーティンワークだ。
それが終わると、緩い部屋着に袖を通し、冷蔵庫からキンキンに冷えたビール一本を取り出す。片手でスマホを操り、横目で新着メッセージを確認しつつ、もう一方の手で缶を器用に開ける。カシュっという心地良い音が、独り身の彼にとっては些か広すぎるくらいのダイニングキッチンを満たしていた静寂に響いて、彼の鼓膜を打つ。続いてビールを一口。彼の至福のひととき。
自宅に帰ってくる際の一連の儀式を済ませて、彼はすっかりくつろぐ用意ができた。リビングテーブルにビールとつまみを、ちょいっと置くと、上半身を反らせてソファーに身を預ける。すると、待ってましたと言わんばかりに、ペットが彼に寄ってきて、最大限の愛情を注ぐように促す。
「どれどれ、いい子だなぁ、お前は。よしよし。」
頭をポンポン撫でてやる。ペットは満足そうに体をくねらせる。
「可愛い奴め!」
喉元を指先で弄りながら、彼は独りごちる。
「ご飯食べよっか?」
ご飯、というフレーズはかろうじて解釈できるのか、ペットは目をぱちくりさせた後、大はしゃぎで彼にねだる仕草をする。あんまり熱心にねだるので、彼は苦笑いする。
「ちょっと待っててね、今作っちゃうから・・・」
彼は立ち上がった。
「はい、どうぞ」
彼はペットに告げた。
言いもやらで、ペットはご飯に貪りつく。せっかく彼が綺麗に盛り付けたサラダも食い散らかして、食卓にボロボロとこぼれる。彼はふと、
「君は、いつになったら、自分が僕の妻だと思い出すんだい?」
と呟いた。しかし、当然の事ながら、ペットは彼の言葉を理解する筈もなく、一心不乱に食物を口に運び続ける。トマトを鷲掴んで、ベチャベチャと音を立てながら、齧り付く。これが獣でなくて何だろうか?
「あの不運な交通事故以来、ずっとこうだね・・・」
食卓を挟んで彼は、ペットの対岸に座っている。
「でもね・・・」
片手にビール缶を持ち、もう一方の手で彼はペットの腕を取る。
「僕は今の君の方が好きだよ。何も話さない君はとても愛らしいよ。ずっとこのままでいてね?」
ペットはぽかんとした目で彼を見ると、掴まれていた腕を乱暴に振りほどいて、食事を続けた。
「僕のいうことに従ってさえいれば良いんだからね?」
男は、ニンマリと笑う。
彼は本能のままに生きる彼女をその夜もずっと、ただただ愛おしんだ。
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