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風の魔法使い


「⋯⋯つ、ついた。」


(戦況はどうなってやがる⋯⋯?)


 街の外へとたどり着くと、リアンは肩で息をしながら周囲を見渡す。



「⋯⋯っ、⋯⋯マジか。」



「⋯⋯なんつー数だよ。」


 見ると数十体にもわたる巨大な狼型の魔物が街へ向けて進軍してきていた。



「⋯⋯っ!あいつはノア⋯⋯だっけか?」



「おーい、大丈夫か?」


 リアンは近くに見知った顔を見つけると、そこに向かって歩み寄る。



「⋯⋯っ、お客様、なんでこんなところに来てるの?」



 少女はよそよそしい呼び方でリアンを呼ぶと真剣な表情で問いかける。



「いや、お前んところの読書女が見てきたらどうだって言うもんだから⋯⋯。」



 予想以上にキツい言い方に、リアンは言い訳をするように答える。



「そう、ならもう少し下がったほうがいいかも。」


「ああ、言われなくともすぐ下がるよ。つーかあいつ、そこそこ強かったのな。」



 更に前線の方を見ると、そこではレイチェルが最前線で狼の群れを次々に切り倒していた。


 同時にマリーナと呼ばれていた褐色の女の子も同様に魔物の群れの中心で、向かってくる敵を次々と殴り飛ばしていた。



「レイチェルの剣技は国内でも一、二⋯⋯いや二、三を争うほど強いから。」



 ない胸を張りながら、ノアはまるで自分のことのようにそう言う。



「格下げしてやるなよ⋯⋯。一、二でいいじゃん⋯⋯。」



 上げて落とされたことで残念な感じになってしまったレイチェルに同情を抱きながら問いかける。



「嘘は良くないと思って⋯⋯。」



「で、お前は今なにしてるんだ?」



 そんな話の流れを断ち切ってリアンはそう問いかける。



「⋯⋯待機、あの二人が傷付いたら私が回復するの。」



 ノアは手に持つ杖を強く握りしめてそう答える。



「攻撃はできねーのか?」



「⋯⋯出来ない。」



「⋯⋯なんで?」


 リアンは気の抜けた表情で、臆面もなく次々に追求していく。



「私は魔法の操作が苦手なの、魔法を放っても撃った側から拡散して攻撃にならない。」



「回復も近距離でしか出来ないの。」



 説明を終えると、乏しい表情ながらも悔しさを滲ませてそう答える。



「お前もポンコツかよ⋯⋯。」



 それを聞いてリアンはため息混じりに首をカクンと傾ける。



「気を付けろ、来るぞ!!」


 すると突然、周囲にいた冒険者の一人がリアン達に向かってそう叫ぶと目の前いっぱいに魔物の姿が映る。



「キシャア!!」


「うわっ!?」



 リアンは声に反応して身構えるが、すでにモンスターはリアンに向かって飛びかかっていた。



「⋯⋯っ!?」



『——吹き荒れろ』


 ノアの詠唱と共に暴風が吹き荒れると、その風圧でモンスターが数メートルほど吹き飛ばされる。


「⋯⋯くっ、なんつー風圧⋯⋯。」



(威力はあるが、殺傷性は無いって感じか。)


 吹き飛ばされながらも再び立ち上がるモンスターを見て冷静にノアの魔法を分析し始める。



「とりあえず下がろう。」



 ノアはリアンの手を引いて前線から後方へと走り始める。



「いいのかよ!?回復しなくて。」



「あの場でやられるよりかはマシだと思う。」


「確かに⋯⋯。」


 背後で戦い続けるレイチェルとマリーナに目を向けて抗議するが、短くそう論破され黙り込む。


「⋯⋯お前さ。」


「なに?」


 しばらく走っていると、リアンは手を引くノアに向かって再び口を開く。



「魔力は充分あるんだよな?」



「まぁこれでも元魔法科だし⋯⋯。」



「苦手なのは魔法操作だけか?」


 即答で素直に答えるノアに向かってリアンは矢継ぎ早に質問を繰り返す。


「⋯⋯うん。術式の形成は得意だし、魔力の操作も普通に出来るよ。」


「⋯⋯それなら、手っ取り早いぜ。」


 そこまで聞くと、リアンはその場で立ち止まってニヤリと笑みを浮かべる。



「なにする気?」



「⋯⋯俺はな、元の魔力が低い上に、魔力の操作がめちゃくちゃ苦手なんだ。だから発動した魔法が弱すぎてろくに攻撃にならない。」



 いわば貯蔵できる水が少なく、かつそこから水を出すための蛇口が小さいのがリアンの体質の特徴であった。



「けど、弱いながらも、発動した魔法の操作は大得意なんだぜ?」



 自らの力を語るリアンのその右手の指先に金色の光が灯る。



「⋯⋯その光って⋯⋯⋯⋯。」



「さっきまでお前が雄弁に語ってたやつだよ。ほら、手出せ。」



「⋯⋯⋯⋯。」


 言われるがまま手を伸ばすと、リアンは強引にその手を叩く。すると、その手にはリアンの指先に灯る光と同じ色の紋章が浮かび上がる。


「行くぞ!」


 リアンは得意げな表情でそう言うと逃げる事をやめて立ち止まる。


「⋯⋯うん。」


 ノアは金色の紋章が光るその手を強く握りしめながら、短くそう答える。




『力を貸してやる。戦え!!』



『——了解』



 契約内容を了承すると、ノアの身体から金色の光が噴き出し、その光はノアの身体の中へと吸い込まれていく。



「⋯⋯っ来た!」



 湧き上がる力を感じ取ると、ノアは叫ぶようにその力に反応する。



「やっちまえ!」



「⋯⋯うん!」


 リアンの声に反応すると、襲い来る魔物の群れに向かってその小さな手をかざし、手のひらに魔法を形成していく。




『切り刻め!』



「グギャ⋯⋯。」


 飛び出した風の刃は魔物の胴体を横一線に分断し、周囲に血が飛び散る。



「⋯⋯へぇ⋯⋯そこそこやるじゃん。おい、このまま全滅頼むぞ!⋯⋯⋯⋯?」



 想定通りとも言えるその力を見て、リアンはニッコリとノアに語りかけるが、ノアはその場に立ち止まって一切反応を示さなかった。




「⋯⋯⋯⋯〜〜〜〜っ!!」



 初めてまともに魔法を使ったからか、ノアはキラキラと目を輝かせながら声にならない声を上げる。



「あの〜?ノアさん?」



 リアンは反応を示さないノアに対して、苦笑いを浮かべ問いかける。



「⋯⋯ふっ、ふっ、ふっ⋯⋯⋯⋯。」



「えっと⋯⋯やっちゃって欲しいんですけど?」



 ふつふつと小さく気色の悪い笑い声をあげるノアの顔を覗き込みながらリアンは戦場を指差してそう問いかける。




『原初に集いし精霊の魂よ、無慈悲なる一撃を以って、混沌を切り裂き——』




 すると突然、ノアはそれまで使ったものとは比にならない程長い詠唱を開始する。



「お、おま、ちょ⋯⋯それはマズイって!!」



 リアンは嫌な予感を感じ取り、わたわたと手振りを加えて辞めさせるように促すが、



『裁きの刃で敵を打ち払え!!』



 その時には既に手遅れであった。


 ノアの頭上に周囲の風が収束すると、巨大な球体状の竜巻へと変化する。



「ちっ⋯⋯レイチェル!!マリーナ!!避けろ!!」



「⋯⋯ふぇ?⋯⋯ちょ!?」


「⋯⋯はい?⋯⋯まっ!!」



 二人はリアンの声に反応すると、慌てて両端に飛び退く。



『——グランド・テンペスト』



 リアンの制止も虚しく、ノアの頭上から螺旋回転しながら突き出される二本の風の槍が飛び出す。



「ちょぉぉぉぉぉぉ!!」



「待つっス〜!!」


 風の槍は二人を巻き込みながら突き進み、数十体いた魔物の群れを貫き、引き裂きながら数百メートルほど先でその勢いを失う。



「遅かったか⋯⋯。」



 リアンは頭を抱えながらその暴風に巻き込まれる二人を見届ける。





「⋯⋯一撃であれを全滅させてしまった⋯⋯なんて威力だ。」


「〝アーク〟の連中はあんな切り札を隠し持っていたのか⋯⋯。」


 遠目でそれを見ていた冒険者たちは、そのあまりの威力に言葉を失う。



「⋯⋯⋯⋯。」



 急に魔法を放ったと思うと、今度は嘘のように黙り込む。


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯ふっ。」


「⋯⋯⋯⋯?」



「ふ、ふふふ、ふははははははは、あはははははははははは!!」



 自らの魔法の威力を見て高揚感からか、ノアは狂ったように笑い始める。



「このバカが!!」



「ふぐぅ⋯⋯!?」


 そんなノアの頭に、リアンの拳が真っ直ぐ突き刺さる。



「⋯⋯痛い。」



「バカかお前!いきなり大魔法かますとか頭イカれてんのか!?」



 涙目で訴えかけるノアの両肩を掴んでリアンはそう叫ぶ。



「大魔法は魔法使いのロマンだから。」



 対するノアは反省の色すら見せずに無表情でそう答える。


「理由になってねぇ!!とりあえず没収だ!」


 そう言ってノアの手に触れると、リアンはその紋章を取り上げる。



「あっ⋯⋯⋯⋯むぅ⋯⋯!」



 ノアは一瞬悲しそうな顔をした後、頬を膨らませて無言で抗議する。



「そんな顔したって駄目なものは駄目だ。⋯⋯ったく、だから軽々しく使いたくないんだよ。」


 リアンはその態度に呆れながらため息混じりに肩を落とす。



「⋯⋯ふぅ、服がボロボロになっちゃったっス。」


 そんな話をしていると、土煙と瓦礫に包まれていた戦場からレイチェルとマリーナが帰ってくる。



「おお、無事だったみたいだな。」


「お疲れ様⋯⋯。」



 服や鎧がぼろぼろになりながらも見た感じ無傷の二人の姿を確認しリアンは安堵のため息をつく。



「⋯⋯あんたらねぇ⋯⋯。もうちょっと気を使いなさいよ!!バカなの!?」



 が、レイチェルの方はそうはいかず、怒り心頭の様子で二人に向かってそう叫ぶ。


「仕方ねーだろ。こいつが勝手に暴走したんだから!」


「人のせいにしてるんじゃないわよ!」


 リアンが言い返すと、レイチェルはその態度が気に食わなかったのか更に強く食ってかかる。


「事実だろうが!!」


 自分も被害者だと言わんばかりにリアンも同じように反応する。


「なによ!!」


「なんだよ!?」




 そんな彼らを遠目で見ていた別のギルドの冒険者たちは、各々安否確認をしていた。



「全員無事かー!」



 一人の冒険者の男が周りに叫び声を上げると、周りから次々に冒険者が顔を出す。



「⋯⋯問題は無さそうね。」



 その中で唯一なんの傷も影響も受けずに立つ鎧を纏った黒髪の女性は、周囲を見渡してその男に声をかける。


「ウェンディ様、ご無事でしたか。それにしてもすごい威力でしたね。」



「今魔法を撃った女、攻撃魔法なんて使えましたっけ?」


 男はリアンたちの方を向いて真剣な表情になると、ウェンディと呼ばれる女性に向かってそう問いかける。


「いいや、いつもなら回復しかしてなかった筈よ。」


「ということは、あの一般人が何かしたのですか?」


「さあ?興味がない。帰還する。」


 問答を終えるとウェンディは短い黒髪をなびかせて踵を返す。



「は、はい⋯⋯。」





「——おお?もう終わっちまってるじゃねーかい。」



 すると街の門の方から冒険者と思われる二人の人間がウェンディの方へと歩み寄ってくる。


 片方は目つきが悪くいわゆるヤンキーといった風貌で、もう片方は全く対照的に桃色の髪をツインテールにした可愛らしい容姿で、身長はそこそこあるにも関わらず、身体の起伏には乏しく、歩き方もどこか幼い印象を与えていた。



「ちっ、今更来たか。」



 ウェンディが至極面倒くさそうに呟くと、顔を見合わせて互いに立ち止まる。



「おう、優等生の〝フェンリルナイツ〟様じゃねえか。もう終わらせちまったのかよ?」



 二人組の片方、バットのような棍棒を担いだガラの悪そうな男の方がウェンディに向かって挑発的に問いかける。



「早い分には問題ないでしょう。それに、やったのは我々ではないです。」



「あ?じゃ誰だよ?」



 淡々と事務的に返事を返すウェンディに対して男は強い視線で睨みつけながらそう問いかける。



「彼女達です。」



 ウェンディが指差した先にはリアンとそれを囲む三人の女性がいた。



「⋯⋯へぇ?」



 男はそれを聞くとウェンディの肩にぶつかりながらすれ違い、彼らに歩み寄っていく。



「おい、お前ら。」



「⋯⋯⋯⋯。」



(なんかやばそうなやつ来ちゃったよ。)



 リアンは明らかにガラの悪いその態度や容姿を見て思わず目を逸らす。



「⋯⋯?なんスか?」


 乱暴な呼びかけに不思議そうに首を傾げて返事をしたのはマリーナであった。



「あれ、誰がやったんだ?」



 男は遠くに見える抉れた地面と掘り起こされた土や石の塊を指差して彼らにそう問いかける。



「私だよ?それがどうしたの?」



「お前なぁ⋯⋯派手にやるのは良いけどよ、二、三匹残しとけよ。怒られんのは俺らなんだぞ?」



ノアが素直に手を挙げてそう答えると、男はため息混じりに馴れ馴れしく問いかけを続ける。



「それは申し訳ない、ついはしゃぎ過ぎた。⋯⋯けど、遅れてきた貴方にも非があると思う。」


「ちょおま、バカ!」


 あまりに正直すぎる余計な一言にノアに対して、リアンは慌ててその頭を平手で叩く。



「⋯⋯⋯⋯あ?」



 男の方は案の定雰囲気を変えてノアを強く睨みつける。



「——ま、いいじゃないですか!仕事が減ったんだし。」



 一触即発の雰囲気に、先程まで黙っていたもう一人の冒険者が二人の前に割り込んで男をたしなめる。



「帰ってお酒でも飲みましょ、ヴォルグさん?」


 その冒険者は男の腕に絡みつくように捕まって妖艶な笑みを向ける。



「⋯⋯ちっ。触んな気持ち悪い。」



 その男は制止する手を振り払って街の方への歩っていく。



「はぁ⋯⋯。」



「ねぇ、君さ!」


 リアンがため息をついて安心しきっていると、ツインテールの冒険者の方がリアンの事を指差す。



「うわ、何?」


「君さ、ブローチもつけてないし、見た感じ一般人だけど、何者なのかな?」



 ツインテールの冒険者はリアンに近づくと鼻の当たりそうな距離まで顔を寄せて問いかける。


「一般人だよ、迷い込んだだけだ。」


 リアンはそれを引き剥がしながら、何も悟られないように毅然とした態度で答える。



「あ、そう⋯⋯ん〜でもなぁ⋯⋯。」



「⋯⋯⋯⋯クンクン。」


 ツインテールの冒険者はリアンに歩み寄ると、顔を近づけて匂いを嗅ぎ始める。



「うわっ!?なんだよ!?」



「ん〜面白い匂いがするんだよね〜。」



 あわてふためくリアンに構うことなく、その冒険者は徐々に顔を近づけていく。



「匂い?」



「うん、面白い⋯⋯魔法の匂い?」



 冒険者はリアンの耳元に顔を寄せると、妖しい笑みを浮かべてそう呟く。


「⋯⋯は?」



「まぁいいや、じゃねー。」


 首を傾げると、その冒険者は妖しい笑みから無邪気な笑みをと変化させてを振りながらヴォルグと呼ばれていた男の後を追って去っていく。



「あ、ああ⋯⋯。」



 リアンは気の抜けた態度でその様子を呆然と見送ったのであった。


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