ペルソナ
突如現れた魔物に対して、二人は同時に武器を構えると、即座に臨戦態勢へと入る。
「⋯⋯いくぞノア!」
「うん、いつでもおっけー。」
『俺の力貸してやる、目の前の敵を倒せ!』
その言葉と共に少女に付けられた紋章が輝き出すと、リアンは契約魔法の口上を唱える。
『⋯⋯契約を許可する。』
少女の全身に金色の光が灯り、その光が肉体に吸い込まれていく。
「⋯⋯よし、いくよ。」
「おう、行ってこい。」
『グランドテンペスト!』
そしてすぐに杖を構えると、少女は迫りくる魔物に向かって詠唱を破棄した風の砲撃を打ち放つ。
「⋯⋯ガァァァァ!!」
「⋯⋯っ、効いてない。」
しかしながらその砲撃は振り下ろされた腕によって弾かれて掻き消される。
「弱点を狙え。」
「⋯⋯どこ?」
「皮膚が薄い腹部じゃ、腕が上がったところを狙え。」
「⋯⋯了解。」
オリヴィアのアドバイスを受けて、改めて魔法陣を展開すると、ノアは先程とは違う構えを取って狙いを定める。
『ストライク・エア!』
リアンの能力によってより精密性の増した風の弾丸は真っ直ぐに空気を貫きながら突き進んでいく。
「⋯⋯⋯⋯ッ!」
「⋯⋯また弾かれた。」
しかしながら結果は変わらず、むしろ先程よりも正確に攻撃は塞がれてしまう。
「オオオオオオォォォォ!!」
直後、苛立った魔物はこちらに向かって真っ直ぐに突撃してくる。
「⋯⋯来るぞ!」
オリヴィアの声に反応して、リアンは動き出すと、隣に立つ少女の身体を抱き寄せて真横に飛び退く。
「わぷっ⋯⋯?」
リアンにその小さな身体を抱き上げられたノアは、間の抜けた声を上げながら運ばれていく。
「⋯⋯⋯⋯ッ!!」
直前まで彼らが立っていた空間が、振り下ろされた魔物の腕の力によって弾け飛ぶ。
「⋯⋯やべえなオイ。」
あまりにも加減の知らない破壊力を見て思わず頬を痙攣らせながら小さくそう呟く。
「⋯⋯腕が邪魔で弾かれちゃうよ?」
そんなリアンに抱えられるノアは、背後から迫る魔物をじっとりとした視線で睨みつけながら二人にそう問いを投げかける。
「⋯⋯なら火力で押し切ってみるか?」
「はぁ、発想が脳筋過ぎはせぬか?」
あまりにも安直すぎる回答を前に、オリヴィアは深いため息と共に苦言を呈する。
「⋯⋯んなこと言われても、って、来たぞ!」
「おい、なんとか、なんとかしろ!」
騒ぎ立てるリアンに向かって魔物が襲い掛かってくると、隣を走るオリヴィアに縋り付くように声を掛ける。
『キラー・スワンプ』
隣で慌てふためく情け無い男に呆れ果てながら、魔法陣を展開させると、魔物の足元に向かって謎の紫色の球を打ち出す。
「⋯⋯ッ!?」
着弾した地面が水面のように揺らめき、直後にその地面を踏んだ魔物の足が地面に吸い込まれるように消えていく。
「⋯⋯地面に、沈んだ!?」
『⋯⋯バインド』
驚くリアンを他所に、追加で拘束の魔法を放つと、ツタのような魔法は魔物の左腕に絡み付き、その動きを封じる。
「今じゃ、とどめを刺せ。」
「了解。」
そして魔法使いの少女は、オリヴィアの言葉に反応して、抱えられたままの体制で魔法陣を展開する。
『グランド・テンペスト!』
撃ち放たれた魔法は、先程よりも大きく渦を巻きながら突き進み、魔物へと迫る。
「⋯⋯ッ!?」
そしてガラ空きになった胴体に強力な風の大砲が突き刺さり、その肉体は真っ赤な血を撒き散らしながら弾ける。
「⋯⋯よし。」
「⋯⋯やっぱ力尽くが一番だな。」
小さくガッツポーズを取るノアを抱えながら、リアンは得意げにオリヴィアの方を向いて笑みを浮かべる。
「高火力でねじ伏せる戦法は余計な魔力のロスや周囲への被害を考えると、あまり良い手段とは言えぬ。」
「まあそれしか出来ぬなら文句は言わぬが。」
対して、オリヴィアはそんな彼の言葉を諫めながら、隣に降り立つノアに視線を向けてそう呟く。
「⋯⋯うん、私はそれしか出来ないよ。」
そして視線を向けられた少女は、一切の躊躇いもなくはっきりとそう言い切る。
「後、貴様は狼狽過ぎだ。戦士たるもの、見掛け倒しだろうが動揺は表に出すな。」
それに呆れながら、オリヴィアはくるりと振り返って矛先をリアンに向ける。
「戦士じゃねえ、こいつらと同じ枠で括るな。」
「⋯⋯戦場に立ったのならば、気持ちや覚悟はどうであれ戦士じゃ。」
リアンは苦々しい表情でその言葉を否定するが、オリヴィアはさらに強い口調でそう返す。
「戦術的にも、士気的にも、無駄に騒ぐのはデメリットの方が多い。次はなるべく隠せ。」
「⋯⋯次?」
押し付けがましい物言いに納得し兼ねていたリアンは、彼女の言葉の一部に反応して首を傾げる。
「先程の高火力のデメリット、もう一つ付け加えるとしたら、敵に捕捉され易い、と言ったところかの。」
「そして案の定、あちらも我々に興味を持ったようじゃ。」
そう呟く彼女の視線は、既にリアンにも、ノアにも向いてはおらず、彼らの後方と少し上に向いていた。
「⋯⋯っ。」
見上げるような彼女の視線を追って首を向けると、そこには水色の髪を靡かせて、白いドレスを纏った女性が現れる。
「⋯⋯来たか。」
「——あら、あらあらあらぁ。」
それが今回の目的であると悟ったリアンの言葉に反応して、女性はこちらに振り向くと、リアン達の存在に気が付いて声を上げる。
「随分と、お強そうな方々ですわぁ。」
そしてこちらを眺めながら、嬉しそうに両手を合わせる。
「⋯⋯単刀直入に問おう。貴様は何者じゃ?」
そんな女性を眺めながら、オリヴィアは一際低い声でそんな問いを投げかける。
「あら、これは失礼、私は冒険者でございます。」
「パトロールを兼ねてこちらの洞窟を探索しておりましたが、特筆すべきような事は有りませんでしたので、帰還しようと考えていたところです。」
すると水色の髪の女性は、リアンにも分かるほど薄っぺらな笑顔をその整った顔に貼り付けながらそう答える。
「全身から血の匂いを放っておきながらよくそんな言葉が吐けたものじゃの。」
「⋯⋯それと、嘘をつくならば、殺気は隠した方が良いぞ?」
「⋯⋯あらぁ、バレてました?」
オリヴィアが直後に否定すると、貼り付けていた笑顔は驚くほど呆気なく剥がれ落ちてその奥にある狂気が顔を覗かせる。
「ああ、挑発しているのかと思ったぞ?」
「⋯⋯その心配は無用です。」
オリヴィアの皮肉混じりに言葉に対して、女性は目を伏せながら首を左右に振って背中に掛けられた杖を手に取る。
「——その通りですから。」
その言葉の直後、振り下ろされた杖から高圧の水流が噴出して三人に襲い掛かる。
「⋯⋯っ!?」
リアンとノアの二人は、なんとか対処しようと動き出すが、それよりも先に動き始めていたオリヴィアが二人の間から抜けて手を伸ばす。
「⋯⋯っ、これは、結界か?」
(⋯⋯こいつ、めちゃくちゃ対応が早え。)
強靭で巨大な盾が三人の目の前に現れ、攻撃を弾くと、その対応の早さに、リアンは思わず自身の存在意義を疑い始める。
「⋯⋯へぇ?」
「何が目的なのかは知らぬが、我々に危害を加えようとするなら仕方ない。こちらも、全力で相手をしよう。」
「⋯⋯詳しい話は、叩き潰してから聞き出す。」
攻撃が止み、遅れて結界が消えると、その奥で立ち尽くすオリヴィアの表情が変化して抑えていた殺気が溢れ出す。
「⋯⋯ふふっ、それは怖い。」
ぶつかり合う二つの魔力は、周囲に強力な圧を放ちながら広がっていく。




