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鈴の音色は何処へ


 リアン達がシャーウェルの街の散策をしていた頃、そこから少し離れた洞窟では、魔物達の死体の海が存在していた。


「⋯⋯⋯⋯。」


 

 そしてその中心には、周囲の景色に似つかわしく無いような煌びやかなワンピースを返り血に染め上げた一人の女性が無防備に歩いていた。


「任務完了。で、よろしいでしょうか?」


 惨劇ともいえる周囲の光景を眺めながら、女性は弾けるような満面の笑みでそう呟く。


『————。』


 すると彼女の耳に付けられた鈴のピアスが妖しく輝き、微かに震えるように音を放つ。


「⋯⋯あら?」



「⋯⋯こちらノエル、何か御用でしょうか?」


 魔法陣を展開し、通信の術式を発動させると、女性は穏やかな声色で答える。


『ああ、報告をしておこうと思ってな。』


「⋯⋯報告?」


 返ってきた無機質で低い男の声と、その言葉に対して女性が首を傾げると、魔法陣の奥にある声は、小さな戸惑いと躊躇いを見せながら口を開く。



『ジョーカーがやられた。』



 その瞬間、女性はその言葉の意味を理解することが出来ず黙り込んでしまう。



「⋯⋯⋯⋯冗談はよして下さい。私が彼の実力を知らないとでも?」



 長い沈黙の後、しばらくして口を開いた女性は、呆れたように笑いながら男に向かってそう返す。



『冗談ではない。今より二週間ほど前に拘束されている奴の姿を確認している。』



「⋯⋯⋯⋯相手は?」



 返答を聞いてそれが事実であることを理解すると、女性は初めて真剣な表情、真剣な声色で問いを返す。



『冒険者だ。名はリアン・モングロール、契約魔法と、それから派生した固有魔法を使う男だ。』



「契約魔法、つまり彼と同系統の魔法の使い手という事ですか?」


『まあ、少しばかり特殊なものだが、その認識で問題ない。』


 リアンの魔法の特異性を口頭では説明し切れないと考えた男は、彼女を混乱させまいとあえてその認識を否定する事なく肯定する。


「なるほど⋯⋯⋯⋯それはそうと、なぜ私に報告を?別に帰還した後でも良かったでしょう?」


『よくもそんな事が言えたものだ。理由は貴様が一番よくわかっているだろう?』


「うふふ、失礼。ご迷惑をお掛けします。」


 魔法陣の奥の無機質な声は、この時だけは少しばかり苛立ち混じりの声色に変化し、それを察した彼女も申し訳なさそうに返す。


『報告は以上だ。任務に戻れ。』


「了解致しました。」


 再び無機質な声が響くと、女性はご機嫌な表情でそう答える。








——翌日。


 冒険者ギルド、アークの六人は、前日に立てた予定通り目的の洞窟へと辿り着いていた。


「⋯⋯うわ。」


「これが⋯⋯。」


 心底嫌そうなリアンの呟きの横では、ノアがその洞窟の入り口を眺めて小さく呟く。


「⋯⋯ええ、ここがサマーキルトを手にできる唯一の採取場、ガゴンの洞窟です。」


「⋯⋯アリシア様、やっぱ頭数揃えて行った方が⋯⋯。」


 自信満々で中に入ろうとうずうずし始めているアリシアに対して、リアンだけが意見を提示する。


「行くぞ、全員準備はできておるか?」


 しかしながら、彼以外の全員がこの決定に賛同しており、もはや止めることは叶わなかった。


「⋯⋯できてねえよ。」


「行けるわ。」


「私達も別に問題ない。」


 呟くような声色で放たれた唯一の否定の意見は、真っ暗で深い洞窟の奥へと消えていく。


「では出発する。」


「あ、ちょ、おい!」


 そしてオリヴィアの言葉に反応して、リアンを除く一同が洞窟の奥へと進んでいく。


「はぁ、何でこうなるかなぁ⋯⋯。」


 ままならない現実に辟易しながら、リアンはため息混じりに女性たちの背を追っていく。









 暫く洞窟の道を進んでいると、最後列を歩くリアンが沈黙に耐えかねて口を開く。


「——そういえば、アリシア様、一つ聞いてもいいですか?」


「なんでしょう?リアンさん。」


 リアンがそう尋ねると、久々の外出でご機嫌なのか、アリシアはくるりと振り返って笑顔で問いを返す。


「今回の目的のサマーキルトって、どんなものなんですか?」


「そういえば、私もよく知らないわね。」


 そもそもの疑問をリアンが投げかけると、少し遅れてレイチェルも独り言のようにそう呟く。


 他の二人はと、視線を向けると、案の定よく分かっていないような微妙な反応を示していた。


「そうですわね、簡単に言えば、魔物の毛で出来た特殊な生地、といったところでしょうか。」


「リアンさんは、シーサーペントという魔物はご存知でしょうか?」


「当然知ってます。けど、この辺の海には生息してませんよね?」


 少し考えた後アリシアが問いを投げかけると、リアンは不思議そうな表情でそう返す。


「ええ、けれど、本来の生息地であるザウズ海域が冬になり水温が下がる頃、シーサーペントはこの近く海に休眠しにくるのです。」


「そして、休眠期に入ったシーサーペントは、身に纏う銀色の体毛が抜け落ちます。」


「それらが波に流され、とあるポイントを抜ける事でそれらが形を変えて、我々の求めるサマーキルトの素材となります。」


「とあるポイント?」


「⋯⋯海底火山じゃ。」


 濁したような言い方をするアリシアの言い方に疑問を抱いていると、隣に立つオリヴィアが代わりに説明を始める。


「ただの繊維であったその毛は、海中であり得ないほどの高温に曝される事で溶けて固まり、展性を持った特殊な塊に変化するのです。」


「ようは元の素材はシーサーペントの体毛って事か。」


 彼女の説明をいまいち想像することが出来なかったリアンは、改めて簡潔な結論を導き出す。


「その通りですわ。」


「魔物の発生は確認ができている事から、私は不作の原因は採集場所であるこの洞窟にあると考えました。」


 そしてそれらの情報を踏まえた上で、アリシアは自らの考えた推測を五人に伝える。


「なるほど、だからこんなところに⋯⋯。」


「⋯⋯そろそろ採取場所に着く、何があるかわからぬ故、総員警戒態勢を取れ。」


 その説明を聞いて、リアンが一応ではあるものの納得しかけていると、オリヴィアが突如声色を変えてそんな指示を出す。


「⋯⋯⋯⋯。」


 しかしながらそう言った本人がその場で立ち止まって動かなくなってしまう。


「⋯⋯オリヴィア?」


「念のため探査魔法を発動する、しばし待つが良い。」


 疑問に思ったノアが彼女の顔を覗き込むと、オリヴィアはハッとしたように我に帰り胸元で小さく指を動かして魔法陣を展開する。


「お、おう。」


「⋯⋯⋯⋯あいつ、ほんっと万能だよな。」


 突然の行動に驚きながらゆっくりとオリヴィアから離れると、近くに立つノアに耳打ちをする。


「うん、攻撃に防御、補助や回復も出来れば索敵まで出来ちゃうし、はっきり言って私達要らないまであるよ。」


「言うな言うな、悲しくなるから。」


 容赦無く残酷な現実を突きつけてくるノアに対して、リアンはその口を閉じさせることしか出来なかった。


『その耳は数多の声を聴き、その眼は千里を見通し、この意思は、未だ知らぬ真実を掴む。』



叡智の魔眼(トゥルーシスアイズ)



 直後、一瞬だけ薄紫の光が地面から競り上がり、彼女の眼光が妖しく輝く。



「少し離れておれ。」


「⋯⋯おう。」


 それと同時にオリヴィアは視界の端に映る仲間達にそう言うと、リアンは黙って数歩下がってそれに従う。


「⋯⋯問題、無しか?」


 洞窟の最深部まで見通そうと眼を凝らしていると、その途中でオリヴィアはとあるものを目にして思わず表情を凍り付かせる。


「⋯⋯っ!?」


(魔物の、死骸の山?一体誰が⋯⋯。)


 その先に見えたのは、尋常じゃ無いほどの数の魔物死体が積み重なり、人工的に積み立てられた肉の壁であった。


「⋯⋯⋯⋯ん?」


 明らかに人間ができる所業を超えた光景を眺めていると、その近くにひとつだけ未だ動き続ける影が存在していた。


(なんだ、この影は⋯⋯。)


 その影に視線を送り、更に鮮明に姿を見ようと眼を凝らした瞬間、その影はこちらに気づいたように振り返り、怪しい笑みを浮かべる。


「⋯⋯ッ!!」 


 直後、ガラスが割れるような音と共にオリヴィアの周囲に漂う魔力が砕け散る。


「⋯⋯⋯⋯なっ!?」


「おい、大丈夫かよ?」


 オリヴィアの左眼の辺りの空間が弾け、大きく仰け反る様子を見て、思わずリアンは彼女のもとに駆け寄っていく。


「⋯⋯問題ない。」


 オリヴィアはそれを片手で制して顔を上げると、少しだけ充血した眼球で直前まで見ていた空間を睨み付ける。


「しかし、今のは⋯⋯。」


「⋯⋯ん?どうした?」


(探査魔法を感知して自動で破壊する術式、とでも言うのか?)


 一人小さく呟くオリヴィアに対して、リアンは不思議そうに顔を覗き込む。


「⋯⋯⋯⋯。」


(⋯⋯この先にいる何か、只者ではないな。)


 それまで少しばかり余裕のある態度を見せていたオリヴィアも、その瞬間に真剣な表情に変化する。


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