虹色気分なサマーバケーション
着色料によって虹色に彩られたゼリー状の飲み物をレイチェルに手渡すと、リアンは氷の入ったコーヒーを口にしながらその隣に腰掛ける。
「お味はどうだい?」
視線を逸らしながら無言で受け取り、ストローに吸い付く彼女の姿を見て、小さく笑みを浮かべながらそんな問い投げかける。
「⋯⋯まあまあ。」
素直に答えるのが癪なのか、レイチェルはムッとした表情のまま短くそう答える。
「そりゃよかった。」
しかしリアンとしても彼女がそんな答えを返してくるのは織り込み済みであり、小言が無くなったことに安心しながら、皮肉まじりにそう返す。
けれど、そんな彼女の顔が、少しばかり赤くなっていたのは、彼にも気付かなかったようだ。
「⋯⋯リアン。」
「お?終わったか。」
そんな微妙な空気の中、二人に声をかけてきたのは、先ほどまで遊んでいたノアであった。
「うん、たった今。」
「結果は、って見りゃ分かるな。」
二人に対して結果を問おうとしたが、遊びに向かった時と全くの変化がない姿を見て、なんとなく結果を察する。
「はいっス!大成功っス!」
「で、景品は何だったの?」
「これっス!」
元気いっぱいの未成年組に若干呆れながら問いかけると、マリーナは後ろに回した腕を突き出してその手に持ったアクセサリーを見せつける。
「うわっ、ちょ⋯⋯!」
そしてそのまま彼女の首に手を回してアクセサリーを装着させる。
銀色の金具に嵌められた深い碧色の宝石は、彼女の眼の色と同じ輝きを放っていた。
「これ、ペンダントか?」
「うん、貰った。」
リアンが尋ねると、ノアは無表情のまま首を縦に振ってそう答える。
「それは分かったけど、何で私に⋯⋯。」
「「邪魔くさい」っス!」
嬉しいような、恥ずかしいような感情に襲われながらレイチェルが尋ねると、二人は声を重ねながらハッキリとそう答える。
「⋯⋯なるほどなぁ。」
リアンは清々しい表情で小さく呟く。
「アタシはこういうの付けてると肌がかぶれちゃうんス。」
「いっつも使ってる籠手はどうなんだよ。」
付け加えるように発せられるマリーナの言い分を聞いて、リアンはふとそんな疑問を投げかける。
「アレも長時間つけてると痒いっス。」
「私もあんまりこういうのは好きじゃない。」
「だからあげる。」
「アンタらねぇ⋯⋯。」
二人の言い分を聞いて、レイチェルは呆れたようにため息をつきながらそう呟く。
「⋯⋯私達からのプレゼント。いらない?」
「⋯⋯はぁ、分かった。ありがたく頂くわ。」
しかしながら、上目遣いで首を傾げるノアの可愛らしさに折れたのか、レイチェルはため息混じりに優しい声色でそう答える。
「⋯⋯それじゃ、次はどこいくっスか?」
「うーん、どうしよ?」
満足げに首を縦に振った後、マリーナがそう尋ねると、遅れてノアがこちらに向かって顔を向けてくる。
「宿なんてどうだ?クソ重い荷物も降ろせるし、もう寝たいし。」
そんな二人に向かって、リアンは満面の笑みを張り付けてそう答える。
「リアンに聞いた私が馬鹿だった。」
「おいこら。」
無表情でため息をつくノアに対して小さなツッコミを入れると、直後に視界に差し込む太陽光が一瞬だけ途切れるのを感じる。
「⋯⋯あら?」
遅れてレイチェルもそれに気がつくと、四人の上空から一羽のカラスがゆっくりと舞い降り、レイチェルの差し出した手の上に着地する。
よく見るとそのカラスの脚には、一枚の紙切れが巻きつけられていた。
「⋯⋯なんだそれ。」
「これは、オリヴィアさんからっスか?」
そんな問いかけをすると、何かを知っているのか、横からマリーナがすぐにそう問いかける。
「闇烏、オリヴィアがたまに使う通信伝令術式だね。」
一瞬遅れてノアがカラスを覗き込みながら、他の三人に説明をする。
「対象の人間に物を届けるって感じか。⋯⋯あ、消えた。」
大雑把に理解を示した瞬間、アデルの腕にも止まったカラスは、その紙だけを残してサラサラと砂のように消えていく。
「あのカラスも魔法で作られてるからね。」
「すっげえな。」
仮にとはいえ、生物すらも魔力で作り出してしまう彼女の能力に、リアンは思わずそんな言葉を呟く。
「で、内容は?」
「なになに、集合時間を二時間早める、だってさ。」
そんなリアンをよそに、レイチェルは地面に落ちた髪を拾い上げると、平坦な口調でそれを読み上げる。
「えー、もっと遊びたかったっス!」
「仕方ないね、アリシア様からの招集なら。」
それを聞いた瞬間、未成年組の二人は、あからさまにテンションを下げて反応する。
「そうね、さっさと戻りましょ。」
——そして数十分後。
施設の充実したとあるホテルの一室では、アリシアを中心として冒険者ギルドアークの面々が集結していた。
「⋯⋯皆さん、揃いましたね。」
「はい、見ての通りです。」
「⋯⋯それで、改まってどうしたんですか?」
アリシアの、答えがわかり切っているような問いかけに対して、レイチェルが代表してそう答えると、それに続いてリアンが質問を投げかける。
「本日、この国の市場に向かった上で得た情報を含め、色々と伝えたいことが出来たのですが、まずは報告をしようと思います。」
「報告?」
いつもの朗らかな笑顔を封印して真剣そのものな表情で話すアリシアの言葉を聞いて、リアンはそのうちの一つのフレーズを拾い上げて首を傾げる。
「今回の我々の目的、サマーキルトの原材料ですが、入手が出来ませんでした。」
「⋯⋯へ?」
その瞬間、何故かリアンの頭の中に原因不明の嫌な予感が生まれて膨らみ始める。
「⋯⋯まあ正しくは求めていたクオリティのものが必要数に全く達していないわけですが。」
「⋯⋯原因は?」
突然黙り込んでしまったリアンの代わりに、今度はノアが質問を投げかける。
「不明です。本来素材が流れ着く筈のとある洞窟と、それよりも以前の生成過程の捜索は、まだ行われていないそうです。」
「そしてその捜索の依頼は、近いうちにどこかのギルドに依頼することに決めたそうです。」
「⋯⋯まさかそれ、受けてきたんですか?」
嫌な予感が最高潮に達したリアンは、震えた声でそう問いかける。
「ええ、誠に勝手ながら、我々アークの名義で調査の全権を預かりました!」
その瞬間、リアンの身体は崩れるようにフニャフニャと地面に落ちていく。
「⋯⋯てことは、明日以降の休みは無しっスか?」
「そうなります。」
「そんなぁ⋯⋯!」
そして遅れてマリーナも同じように絶望に打ちひしがれてテンションを落とす。
「私は別に構いませんけど、珍しいですね。こういう事を事後報告するのは。」
「他の方々に依頼を持っていかれるのは困りますからね。」
その中で唯一冷静に話を聞けていたレイチェルがそんな質問を投げかけると、アリシアは笑顔でそう答える。
「てことは報酬が相当弾むってことですか?」
「ええ、金額自体はさほど高くはありませんが、クエストを遂行する上で教えて頂いたサマーキルトの原産地の詳細な座標、それを知ることが出来る。」
「これまで地元の職人の方々のみしか知られていなかったそれを、他国の人間で唯一手に入れられる。つまりは実質的な輸入の独占体制が整う訳です。」
「良質な素材を自分らで取りに行けるなら、そこにかかる資金が浮くからのう。」
そんなチャンスは、経営者として、職人として、アリシアが逃すはずが無かった。
それ故にこの選択は迷うまでも無く必然なのであったのだ。
「よくわかんねえけど、ようはお得になるってことか。」
「ええ、その通りです。」
「⋯⋯はぁ、またクエストかぁ。」
理屈はどうであれ、結果として休みが消えて仕事が舞い降りてきた事で、リアンは思わず天を仰ぐ。
「⋯⋯残念じゃったな、今回も働いてもらうぞ。」
「⋯⋯お休みはまた後日にスライドさせますからそこは安心してください。」
「⋯⋯いや、そういう問題じゃ無いんですけど⋯⋯⋯⋯。」
「⋯⋯はい?何かいいましたか?」
「いえ、なんでもないです。」
いつか見たようなギラギラと輝く笑顔で凄まれる事で、リアンはそれ以上何も言う事なく視線を逸らす。
「⋯⋯ああ、それと、今回は私もクエストに帯同しますから。」
「アリシア様がですか?」
「⋯⋯つーことは。」
それを聞いた一同は、ゆっくりと視線をスライドさせてその横に立つ女性を見つめる。
「ああ、今回は妾も参加する。安心するが良い。」
全員から注目される中で一人、オリヴィアはニヤリと妖しい笑みを浮かべながらそう呟く。
「不安だなぁ⋯⋯。」




