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誘拐?



 その後、三人は何事もなく街へと到着すると、リアンへの以来は終了し、安全圏である街の門の前でその手続きをする。



「ありがとうございました。」



「いえ、帰り道も気を付けて下さいね。」


「はい!」



 深々と頭を下げる依頼主の少女をいつもの営業スマイルで見送ると、視線を隣に立つ冒険者の女性に向ける。


「⋯⋯さて、と⋯⋯悪いな、帰り道も護衛してもらっちゃって。」


「いいえ、私も討伐が終わったら帰る予定だったし、問題ないわ。」


 営業スマイルをやめて自然な笑みで問いかけると、女性は淡々とそう答える。



「そっか、それなら良かった。んじゃ、俺こっちだから。」



「⋯⋯待ちなさい。」


 立ち去ろうとするリアンを冒険者の女性はほんの少しだけ強い口調で引き止める。



「⋯⋯なんだ?俺はそろそろ定時だから帰りたいんだが?」



「名前、教えなさい。」



「⋯⋯なんで?」


 突然の問いかけに首を傾げて問い返す。



「今回あのモンスターの討伐はあんたがいたから出来たの。だから報告書にあんたの名前を書かないと報告できない。」



「あー、いいよ別に書かなくて。一人で倒しましたって書いとけよ。」



 対応に疲れたのか、リアンは片手を振って去ろうとする。



「⋯⋯それは出来ない。」



「⋯⋯なんで?」


 適当にあしらうリアンに対して、その女性は強い口調でそう断ち切る。



「魔法の使えない私がスライムを倒したなんて、誰も信用しない。」



「あー⋯⋯。」


(⋯⋯なるほど。)



「⋯⋯リアンだ。俺の名前はリアン。これで満足か?」



 悔しそうに俯く女性の言葉に納得すると、短く自己紹介をしてそう問いかける。



「ええ、充分よ。」



「あ、それと⋯⋯報告書にはあの魔法の事はナイショで頼むぞ。」



 安心した女性の顔を見て、リアンは人差し指を鼻に当てて、そうジェスチャーを送る。



「分かってる、その辺は適当にごまかしておくわ。」



「⋯⋯あ、最後に、私の名前言ってなかったわよね?」


 女性はリアンと同じようにその場から去っていこうと踵を返すと、思い出したかのように立ち止まりリアンの顔を見て問いかける。




「レイチェル。⋯⋯レイチェル・アシュリーよ。もう会うことも無いだろうけど、一応名乗っとくわ。」



 そう名乗ると、レイチェルは舌を出しながら無邪気な笑みを浮かべて走り去っていく。



「お、おう⋯⋯。」



 不意に向けられた屈託のないその笑みに戸惑いながら、去っていく女性にそう答える。



 夕焼けに照らされて輝きを増す金髪と白い肌は幻想的な雰囲気を醸し出し、その姿はリアンの目にはほんの少しだけ——



(な、なんか少しだけ⋯⋯。)




 ——可愛く見えた。




「いや、ないないないない!!⋯⋯ないわ⋯⋯。」



 ふと思い浮かんだ思想を首を振って掻き消すと、ガックリと肩を落としてため息をつく。



「⋯⋯帰るか。」


 走り去るレイチェルを見送ることもせずにリアンは踵を返して去っていく。






 家に帰ると、薄暗く肌寒くなった部屋に灯をつけてそのまま荷物を置いて部屋の奥の仏壇の前に座り込む。


「ただいま。」


 仏壇には二つの顔写真が乗っており、リアンはその片方の写真に目を向ける。



「母さん⋯⋯。」



「今日さ、ガラにもなく人助けをしたよ。自分でもなんでそうしたのかわかんねぇんだけどさ⋯⋯。」



 疲れを滲ませて、写真を見つめるとリアンは一人語り始める。



「やっぱ俺には向いてねえや、他人の為に命賭けるとか⋯⋯。」


 苦笑いを浮かべてそう続ける。



「⋯⋯俺は簡単には死なないからな。」



 膝に乗せる手を強く握りしめて絞り出すようにそう呟く。






 次の日の夕刻、リアンは何事もなかったように、いつものごとく、仕事を終えて職場を後にする。



「⋯⋯お疲れ様です。」


「はい、お疲れ様〜。」


 オフィスを出て行くリアンに上司であるソンジュが返事を返す。



「⋯⋯んん〜、今日も定時退社でいい感じだぜ。仕事も大したことなかったし、久々にどっか寄ってみっかな。⋯⋯ん?」



 大きく伸びをしながらこの後の自由な時間に心躍らせていると、目の前に金髪で小柄な女性が立ち尽くしていた。



「⋯⋯⋯⋯。」



「お前は⋯⋯レイチェル、だっけ?昨日ぶりだな。」



 リアンは首を傾げながら、変に取り繕うことなく自然な笑みを向けてその冒険者、レイチェルに向かって手を振る。



「うん⋯⋯。」



「ちょ⋯⋯なんだよ!?」



 レイチェルは黙ってリアンの手を掴むと、そのままツカツカと歩き出す。



「ちょっと来て⋯⋯。」



「はぁ⋯⋯?わけわかんねえぞ?」




「いいから来なさい。」



 自らの声に反応せず、ただ来いとしか言わないレイチェルを見て、リアンも流石に訝しげな表情になる。



「あんた、魔法使いの資格持ってる?」



「ん⋯⋯?ああ、四年前に取ったっきりだけど⋯⋯。」



 手を引き、黙り込むレイチェルは同じく黙ってついていくリアンに向かって質問すると、リアンは隠すことなくそう答える。



「そう⋯⋯。」


「⋯⋯⋯⋯。」


「⋯⋯⋯⋯。」



 レイチェルは短い返事をするだけでそのまま場に沈黙が流れる。



「⋯⋯おい、なんなんだよ!?どんだけ歩かせんだ!!」



 仕事でも頻繁に来る高級住宅街に入った頃、痺れを切らしたリアンは、その手を振り払い怒鳴り声を上げる。



「着いたわよ。」



 その言葉を断ち切るようにレイチェルは不機嫌そうに立ち止まって振り返り真横にある建物を指差す。




「⋯⋯⋯⋯おい、ここって⋯⋯。」



「私たちのギルド、〝アーク〟のメンバーの宿舎よ。早く入んなさい。」



 そのあまりの大きさに顔を引攣らせるリアンを差し置いて、レイチェルはその建物へと入っていく。



「なんかめっちゃ嫌な予感するんだけど。」



 顔をしかめながらおそるおそるレイチェルの後についていく。



「えっと⋯⋯お邪魔しまーす。⋯⋯ってやっぱ広いな。」



 レイチェルがドアを開けると、中からは温かい空気と共に、少しだけ甘ったるい匂いがリアンの鼻腔に突き刺さる。



 内部に玄関らしきものは見当たらず、入ってすぐ生活感漂うリビングのような空間になっており、部屋の真ん中には柔らかそうなソファとテーブルが用意されていた。



 部屋の奥に三つのドア、階段を上がった先にある二階には四つのドアが目に入った。



「⋯⋯連れて来たわよ。例の一般人。」


「⋯⋯へ?」



 リアンが部屋を見渡していると、レイチェルが何者かに話しかけ、リアンもようやく何者かの存在に気がつく。


 見るとそこには服を大きく着崩して寝転がる魔法使い風で巨乳の女性がソファの奥から顔を出していた。



「⋯⋯おお、早かったの。」



 その女性は複数用意されている大きめのソファの上でゆったりとくつろぎながらレイチェルの言葉にそう答える。



「えっと⋯⋯あんたは?」



 よく見ると読書中だったようで、その女性の近くのテーブルには紅茶の入ったティーカップとシリーズ物と思われる本が四冊ほど積まれていた。



「其奴の仲間じゃ、まぁとりあえず適当な場所に掛けておれ。」



 やけに老けた喋り方をする女性は手に持った本に視線を向けながら興味なさげにリアンにそう言う。



「ああ、じゃあお言葉に甘えて。」



 リアンは促されるままにその女性の正面のソファに腰掛ける。



「それで、聞きたいんだけど⋯⋯。」



「あー、お客さんがいるっス!」


 黙々と本を読み続ける女性に向かって話を聞こうとすると、今度は奥にある三つのドアの真ん中のドアから元気な声が聞こえてくる。



「へ?⋯⋯うわぁ!?」



「ちょ⋯⋯!?」


 目を向けるとそこには褐色でボサボサ髪の発育の良い少女がタオルを首に掛けたまま下着姿で現れる。



「この人が例のナントカ魔法の使い手っスか!?」



 少女はソファに腰掛けるリアンに顔を近づけてその顔をじっくりと観察し始める。



「ナ、ナントカ魔法⋯⋯?」



 リアンは微かに匂うシャンプーの香りと、乾き切っていない髪の毛を見て、風呂上がりと推測する。



「ふ、服を来なさい!!」



「⋯⋯お、分かったっス。」


 レイチェルが慌てて服を投げつけると、少女は恥じらいもなくその場で服を着始める。



「そうじゃぞマリーナ、客人も慌てておる。」




「あ、慌ててねえし!?」



 一言付け加える女性に対して、リアンはそう言って訂正を求める。




「⋯⋯つかお前、言ったのかよ?あんだけ釘刺したのに。」



 一旦ため息をついて落ち着くと、リアンはソファの横に立っているレイチェルをじっとりとした視線で睨みつける。



「はっ!?悪いのは私じゃないし!」



 視線を向けられたレイチェルは逆ギレとも思えるほどの勢いでそう叫ぶ。




「——じゃ、私が説明してあげる。」




 するとその下から二人の間に割り込むように一人の少女が飛び出してくる。




「⋯⋯どわぁ!?今度は何だよ!?」



 突如目の前に現れた銀髪の少女に、リアンは思わずその場に仰け反る。



「ちょっとノア!邪魔しないで!」



「だめ、今の感じだと十中八九話が拗れるから私に任せてほしい。」



 熱くなるレイチェルに対して、銀髪の少女は淡々と真顔でそう答える。



「⋯⋯っ、⋯⋯。」



「⋯⋯ノアだよ、よろしくね。」



 黙り込むレイチェルを見た後、少女はリアンに向かって抑揚のない声で自己紹介を始める。



「⋯⋯はぁ⋯⋯⋯⋯?」



「最初はね、レイチェルもちゃんと普通の魔法使いって言ってたの。」



「じゃ、なんでバレた?」



「⋯⋯ん。」


「⋯⋯ん?」


 リアンが問いかけると、ノアは表情を変えぬままレイチェルの左の掌を指差す。



「⋯⋯コレよコレ!!いつまでたっても消えないのよ。」



 レイチェルは手を大きく広げてその掌に浮かび上がる紋章を見せつけてリアンにそう訴えかける。



「あー⋯⋯。」


(消すの忘れてた⋯⋯⋯⋯。)



 心の中でそう呟くとリアンはその場で頭を下げて抱える。



「でも凄えな、よくそれだけで分かったな。」



 リアンは話題を逸らすように少女にそう問いかける。



「見抜いたのは妾じゃ。妾は本家の方を知っているからの。」



 するとその答えが本を読んでいる女性から返ってくる。



「本家って、精霊契約か?」



「いかにも、その紋章に通っている魔力が精霊と契約したもののそれとよく似ていたからな。」



 女性は読んでいた本をパタリと閉じて説明を始める。


「⋯⋯ちっ、不用意だったな。レイチェル、ちょっとこっち来い。」


「⋯⋯何よ?」


 リアンの唐突な呼びかけにレイチェルは不機嫌そうに歩み寄る。


「手を出せ。」


「⋯⋯ん。」


 態度は反抗的だが、行動は素直で、レイチェルは言われるがままに左手を差し出す。



『⋯⋯契約を解除する。』



 その呟きの後、掌に刻まれた紋章は金色の光を上げてゆっくりと消失する。



「「おお⋯⋯。」」



 近くで見ていたレイチェルとノアの二人はその様子を見て物珍しそうに感嘆の声を上げる。


「⋯⋯消えた。」


「解除も自在というわけか。」


「そゆこと、そこが精霊契約との大きな違いだな。」


 落ち着いて分析する女性に、リアンはそう説明を付け加える。



「ちょっと何言ってるかわかんないっス。」



「私も、よく分かんない。」


 が、レイチェルとマリーナの二人は首を傾げて呟く。



「契約魔法ってのはね。読んで字の如くなんだけど、同意した二者間で結んだ契約を条件にして、片方の力をもう片方に上乗せする魔法なの。」



 ノアは小さくため息を吐くと、身振り手振りを付け加えながら二人に説明していく。



「だからあの時、魔法が使えたんだ⋯⋯。」



「が、その特性上、本来、契約魔法というのは一度契約した相手としか契約が出来ないのが基本なのじゃ。」


 納得するレイチェルを差し置いて本を持つ女性は説明を続ける。



「解除されるには契約を結んだ二者のどちらかが死なないとダメなの。」



「でもあんたのは解除が出来ると⋯⋯。」



 そこまで聞いてレイチェルは不思議そうにリアンに視線を向ける。



「⋯⋯⋯⋯。」



(思った以上に知ってんな、この二人。)



 あまりに丁寧で正確な解説にリアンは危機感を抱きながら、ノアと呼ばれる少女と一番年上と思われる読書女に視線を向ける。



「ああ、その通りだよ。⋯⋯で、お前らはそれを知ってなんで俺をここに連れて来た?」



「なに、貴様の話を雇い主の方に話したら、やけに食いついたのでな。」



 リアンが上手いこと話題をすり替えると、女性はその話題に乗っかり事の顛末を話しだす。




「雇い主?」



「——ええ、私のことですわ。」



 首を傾げるリアンの後ろから、丁寧な口調で若い貴族の女が飛び出してくる。




「うわっ!?⋯⋯⋯⋯ん?って貴女は!」




「其奴が、妾達〝アーク〟の代表にしてその雇い主。アリシア・バビロンじゃ。」



 その女性の顔を見て驚くリアンに、本を持った女性は説明をする。



「昨日ぶりでございますわね。リアン様っ!」



 弾けるような笑顔で、アリシアは首を傾げてあざとくそう問いかける。



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