お疲れ様ですし
肌を刺すような強烈な冷気を運ぶ風に煽られながら、その男は一人、月夜が照らす広野の道を進んでいた。
風から身を守る為に纏われた大きなフード付きのローブの奥に輝く眼球は、左が紫、右が純白と、月の光を跳ね返してそれぞれが違う色を放っていた。
そんな男の手元から、突如月明かりとは明らかに色彩の違う光が灯る。
『——報告しろ、バロル。』
左手を取り出し、魔法陣を展開させると、そこから低い男の声が聞こえてくる。
「⋯⋯ああ、現在目的地を捕捉した。夜明けまでには辿り着くはずだ。」
「それにしても、随分と連絡が多いな、こちらではなく、別のところで問題が起きたのか?」
男は魔法陣から聞こえてくる声に答えると、続けてそんな問いを見透かしたような声色で返す。
『相変わらず貴様にはお見通しか。』
「早く言ってくれ、前置きは要らない。」
案の定、魔法陣の奥から聞こえてくる声がそれに反応すると、男は大した興味も示さないままそう促す。
『⋯⋯ジョーカーが敗北した。』
そんな言葉の直後、その場に沈黙が流れ、吹き荒れる突風が即座にそれを掻き消す。
「⋯⋯嘘だろ?」
それまで大した反応を示さなかった男はその報告を聞いて、思わず表情を強張らせながら魔法陣に食いつくように問いかける。
『そんな嘘を付く理由はないだろう?』
「他には報告したのか?」
『ハバードは処理済みだからな、貴様とザミエル、後はアイツにだけは報告している。』
低い声の男の返答を聞いてそれが嘘では無いと確認すると、今度は一転して別の疑問を投げかける。
「⋯⋯ノエルか。」
『アイツだけは放っておくと面倒極まりないからな。』
そして男がすぐにそれを察すると、魔法陣の奥から聞こえてくる声は、それまでとは違う呆れたような愚痴を吐き出す。
「⋯⋯⋯⋯。」
「なら俺にまで報告を入れた理由はなんだ?」
そんな愚痴を受け流しながら考え込むと、男はふと顔を上げてそんな問いを投げかける。
『奴を倒した冒険者は、契約魔法と、それを応用した固有魔法を使用した。』
「⋯⋯固有魔法、なるほどな。」
返ってきた答えの中に存在する一つの単語を拾い上げると、男はため息混じりに答える。
『今回の報告はそれだけだ。件の契約使いについては追々報告する。貴様も注意して行動しろ。』
「⋯⋯ああ、わかった。」
「⋯⋯さて、また仕事が増えたな。」
通信が切れ、一人取り残された男は、最後にそんな言葉を呟きながら、再び草原の道を進んでいく。
そして同じ頃、冒険者ギルド、アークのギルドハウスでは、その構成員である四人の戦闘員と一人の家政夫、そしてマスターである女性が集結していた。
「貴様ら、集合じゃ。」
「はーい。」
「おいっサー。」
「⋯⋯ええ。」
突然発せられるオリヴィアの声に反応して、未成年組が元気よく自室から飛び出してくると、それに少し遅れて浴室の方から艶やかに濡れる髪をタオルで抑えながらリビングへと続々集まってくる。
「⋯⋯いやだぁ。」
そして唯一リビングで待機していたリアンは、柔らかなソファの上で膝を抱えながらそんな言葉を呟く。
「皆さん揃いましたね。」
そして全員が部屋の中心にあるソファに腰掛けると、マスターであるアリシアがそんな問いを投げかける。
「揃ってるっス!」
「一人だけ聞いてなさそうなのはいるけどね。」
元気よく返事をするマリーナの正面に座るノアは、隣で丸くなりながらブツブツとなにかを呟く男をつつきながらそう答える。
「無視で大丈夫よ。」
すると火照った身体を冷やす為に冷たいお茶を口にしながら上着を羽織るレイチェルが、慣れた態度でノアにそう言い放つ。
「⋯⋯もうやだ。やだよぉ。仕事したくないヨォ。」
「うわ、言い切りやがったコイツ。」
が、直後にリアンから発せられた言葉を聞いて、思わずレイチェルも反応してしまう。
「⋯⋯さて、今回集まって貰ったのは他でもありません。」
「我々は明後日からの二週間。」
そして、そんな彼を無視して、アリシアは彼が最も恐れているであろう言葉を発する為に口を開く。
「⋯⋯やすませてよぉ。」
「夏休みです!」
声にならない悲痛な訴えの直後、発せられたアリシアの言葉は、リアンが想像していたものとは遥かにかけ離れたものであった。
「イェーイ!」
「わーい、わーい。」
直後、沈黙が続いていた空間が、一気に明るく盛り上がる。
「⋯⋯はぇ?」
無邪気に喜びながら小躍りする未成年組の横で、リアンは複雑な表情で声にならない声を上げる。
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