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小さな変化


——そして翌日


 レイチェルの雑な操縦に揺られながら苦痛を味わい続けたリアンを筆頭とする一行は、紆余曲折ありながらも、無事ギルドハウスへと帰還することができた。


「さて、随分と派手にやってくれたの。」



 そう呟きながら、ソファの上で寝転がるリアンに溜息を吐くのは一連のクエストで留守番をしていたオリヴィアであった。



「治せそう?オリヴィア。」



 リアンの向かい側でちょこんと座り込みながらお茶を飲むノアは、美しい手つきでカップをテーブルに置きながらそんな問いを投げかける。



「お主の魔力量で無理だったのじゃ、妾とてすぐには治しきれぬ。」


「が、既に大きな傷は治っておる。霊装、魔道具を用いて丸一日、と言ったところかの。」



 少女の言葉に呆れながら答えると、即座に顎に手を当ててリアンの傷の分析をする。



「お願いしまーす。」



「うむ、実に素直でよろしい。」



 白目を向いて間延びした声を上げるリアンの言葉を聞いて、オリヴィアは両腕を胸の前で組んでそう答える。



「ノア、マリーナ、治療を始める。此奴を空き部屋に運び込んで置いてくれ。」



「「はーい。」」



 オリヴィアの指示を聞くと、真横で座っていたノアと、近くで待機していたマリーナがリアンの身体を持ち上げて階段を駆け上がっていく。



「⋯⋯ちょ、優しく運べよ!?」



 その瞬間、馬車での激痛を思い出したリアンは咄嗟に二人に向かって迫真の表情で声を掛ける。



「⋯⋯⋯⋯。」



「マリーナは、大丈夫じゃったか?」



 そうして、ゆっくりと階段を上がっていく三人に視線を向けながら、オリヴィアは自らの隣で黙り込むレイチェルに対してそう問いかける。



「⋯⋯見ての通りよ。誰一人、気にしてるつもりは無いし、あの子自身もちゃんと笑えてるでしょ?」



 そして同じく三人のうちのマリーナに視線を向けながら、レイチェルは口を開く。



「そんなに不安なら聞いてみれば?師匠として。」



 そして付け加えるように呟きながら、優しげな笑みを浮かべて首を傾げる。



「⋯⋯いいや、それはいい。」



 師であるのならば、自ら弟子の不安を取り除くのが手っ取り早い、とレイチェルは考えていたが、オリヴィアはそんな意志に反して首を左右に振る。



「見守ると決めたからな。彼奴の進む道は、彼奴自身で決めて欲しい。」



 自ら手を差し伸べるのも、助けることをせずに成長を見守るのも、やり方は違えど優しさの現れに他ならない。けれど、オリヴィアは後者の道を選んだ。



 ボロボロになりながら彼女の為に怒ることの出来るあの男とならば、そしてその仲間とならば、彼女は成長し続ける事が出来る。



 そう考えたからこそ、オリヴィアは自ら手を差し伸べることはせずに彼らを信じたのだ。




「⋯⋯それにしても、逆契約魔法か。面白い男だとは思っていたがここまでとはな。」



 そして直後に、しんみりとした雰囲気を切り替える為にオリヴィアは話題をすり替える。



「そんなに凄いの?アレ。」



 その話題に乗っかったレイチェルは、同じように首を傾げながらそう尋ねる。



「言いたくは無いが、妾ではその発想すら出なかった。精霊の秘術どころか、固有魔法の類に分類されるだろう。」



「アイツ専用の魔法ってこと?」



「その通り、もしその魔法が今後自在に使いこなせるというのなら、今後のあやつの戦術的価値は跳ね上がるじゃろうな。」



 事実、あの技を使用した彼の戦闘力は明らかに常識の範疇を超えており、もしも完全な状態であの技を使えていれば、ドラゴスパーダの戦士達と同様、単騎で国家規模の敵を相手にする事も容易であることが想像出来た。



「⋯⋯へぇ。」



「⋯⋯ん?何処へ行く?」



 レイチェルが気の抜けた声を発しながら玄関へのドアに手を掛けると、それに気付いたオリヴィアが腕を組んだままのポーズで問いを投げ掛ける。



「散歩、少ししたら戻るわ。」



「そうか、夕方には雨が降りそうだ。気を付けるのじゃぞ?」



 色々と尋ねたいことはあったものの、低く元気の無い返しを聞いて、それ以上踏み込んで聞くことはなくレイチェルを送り出す。



「⋯⋯りょーかい。」



「オリヴィア、運び終わったよ。」



 そしてレイチェルが外に出て扉が閉じるのと同時に、今度は二階のリアンの部屋の隣の部屋のドアが開いてノアの声が聞こえて来る。



「ああ、今行く。」



「⋯⋯それで?症状はどうなっている?」



 声に誘われるがまま階段を登っていくと、同時に降りてきたノアと中間辺りで合流し、そしてそのままの流れでそんな問いを投げ掛ける。



「大きな傷はだいたい治した。けど、お腹の傷だけは治しきれなかった。」



「⋯⋯理由は?」



 申し訳なさそうに呟くノアの頭を軽く撫でながら、オリヴィアは短くそう問いを続ける。



「⋯⋯呪い、じゃ無いけど、闇の魔力が傷口に張り付いてて、回復魔法を邪魔するの。」



「闇属性特有の回復阻害じゃな。普通は武器に纏わせるのが基本じゃが、魔法で作り出した攻撃に纏わせたのか。」



 ノアが身振り手振りを加えながら答えると、オリヴィアはその少ない情報を整理して即座にその理由を看破する。



「⋯⋯それって結構難しいんじゃ無いの?」



「かなりな、一度に二つの魔法を使うのだからそれだけで難易度は高くなる。だが精霊使いにならば出来てもおかしくは無い。」



「普通の回復阻害ならば、一日もすれば勝手に消えるはずじゃが⋯⋯⋯⋯仕方ない。それを剥がすところから始めよう。」



 説明をしながら階段を上り終わり、ドアを開けると、そこには怪しげに紫色に光る霊装の数々と、その中心のベッドに伏せるリアンの姿があった。



「⋯⋯さて、準備はいいか?」



 そして部屋の中へと一歩、また一歩と歩み寄って行きながら、ベッドの前に立ち止まると、その後ろにいたノアとマリーナが何も言わずに部屋の外へと出ていく。



「いつでも大丈夫だから早く治してくれ。」



 彼女らの行動が治療の邪魔をしない為の配慮であると考えると、それ以上リアンは何も言うことなく改めて治療を求める。



「クックックッ、分かった。ならば一度眠ってもらうぞ。」



「⋯⋯おうっ!?」



 そう言って彼の額に人差し指を突き立てると、次の瞬間、リアンの身体に小さな振動が広がり意識を闇へと誘っていく。



「⋯⋯さて、始めるか⋯⋯⋯⋯ん?」



 意識を失い、ベッドにくったりと倒れ込むリアンに対して魔法陣を展開した瞬間、オリヴィアは彼の身体に言葉に出来ない違和感を感じて声を上げる。



「これは⋯⋯⋯⋯。」








 そして同時刻、ギルドハウスを出て一人街の中をふらふらとあてもなく歩いていたレイチェルは、気の向くままに陽光に照らされた路地を進んでいた。


 視線を周囲へ移すと、レンガの積まれた高級住宅街から、緑の公園、そして最終的には人が賑わう商店街へと出る。



「⋯⋯はぁ。」



 降り注ぐ日の光にも負けないほどの賑わいを見せる商店街の中でも、彼女は一人、深い溜息を吐き出していた。



「まったく、何一人で落ち込んでるんだか。」



 落ち込んでいた理由は一つであった。



 それは先日の精霊使いとの戦いでの出来事。



 自身はほとんど何も出来ずに敗北し、命を絶たれかけたのにも関わらず、一番弱いはずのあの男が、その敵を一方的に攻め立て打ち倒した。



 たとえそれが自分達の力添えがあったとしても、彼女の心の中にはモヤモヤとした悔しさが膨れ上がっていっていた。



(強くならなきゃ、あんな力を借りなくても勝てるように。)



 だが彼女は理解していた、そんな感情にはなんの意味もなく、今この瞬間、モヤモヤとした感情を抱えている事自体が時間の無駄である事を。



 そして深く息を吐き出すと、顔を上げて心を切り替える。



「⋯⋯ん?あれ?」



「⋯⋯お?」



 直後、そんなレイチェルの耳に二つの聞き覚えのある声が聞こえて来る。



「⋯⋯っ。」



 同時に彼女の表情は穏やかなものから一気に緊張感のある鋭い目つきに変化する。



「久しぶり、レイチェルちゃん。」



「⋯⋯どうも。」



 そして声の主の一人、プリメラがニッコリと笑みを浮かべながら挨拶をすると、レイチェルはそんな険しい表情のまま素っ気ない返事をする。



「はっ、相変わらず俺らにも当たりが強えなぁ。」



「別に、普通だけど?」



 そしてもう一人の声の主、ヴォルグが挑発するように鼻を鳴らしながら口を開くが、それでもなおレイチェルは短くそう返す。



「うーん、めっちゃドライ。」



「まあ気持ちは分かるけどな。」



 流石のプリメラも少しだけ苦々しく笑みを浮かべていると、ヴォルグも同じように呟く。



「そういえば、そちらのマスターはまだ帰ってこないの?」



 そしてそのまま通り過ぎようとした瞬間、ふとレイチェルが思い出したかのように二人にそう問いかける。



「まだだね。ボスは良くも悪くも自由人だし、まあ私達が言えた口じゃ無いんだけどさ。」



「それより、浮かない顔してたけど、何かあったの?」



 その問いかけに答えながら、プリメラは話を広げようと話題をすり替えながら、レイチェルが答えざるを得ないような質問を投げ掛ける。



「⋯⋯なんでも無い。」



「そうか、じゃまた今度ね。クエストで一緒になった時はよろしく。」



 返ってきた答えはやはり素っ気なく、そして暗い雰囲気であると察すると、プリメラはそれ以上彼女の心に踏み込む事はせずに話を終えて彼女の横をすり抜けるように進む。



「⋯⋯⋯⋯ちょっと待って。」



 自らの脇を抜けるように通り過ぎる二人を横目で見送ると、レイチェルは咄嗟にそう呟く。



「「⋯⋯⋯⋯っ?」」



 その瞬間、二人は同時に振り返って首を傾げる。



「貴方達、今暇?」



「⋯⋯⋯⋯?」



 投げ掛けられた質問に、二人はさらに不思議そうな表情を浮かべる。




次回の更新は十一月二十四日になります。


是非とも感想お待ちしています。


一言でも、要望でも、質問でも構いません、どんな些細な質問でも答えさせて頂きます。


今後とも応援よろしくお願いします。

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