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絶叫とご褒美



 それから数日後、ガタガタと乱暴に揺れる馬車の中では、愉快なやり取りが繰り広げられていた。



「いってええええええええ!!」



 そんな馬車の中、艶も色気も無い男の叫び声が荷台いっぱいに響き渡る。



「うるさい!静かにして!」



 直後にそれに反応してレイチェルが御者台からそう叫ぶ。



「お、おまっ、もう少し落ち着いて運転しろよ⋯⋯。」



 理不尽に叫ぶレイチェルに対して、声の主であるリアンは、震える声でそう答える。



 リアンは闇の精霊使いであるワイズ・ジョーカーとの戦いで多大なるダメージを受けていた。



 そしてそのダメージは、数日経った今でも完全に回復する事はなく、馬車の小さな揺れすらも傷に響くほどであった。



「⋯⋯そんなに言うならアンタが運転すればいいでしょ!私苦手なのよ!」



 まして今現在馬車を操縦する女性は、彼の予想以上に運転が荒く、その揺れは小さな、というレベルを明らかに超えていたのだ。



「ああ、やべえ⋯⋯めっちゃ痛い。」



 そんな彼女の反論を聞く余裕すら無いリアンは、ゆらゆらと力無くその場に倒れ込んでしまう。



「それにしても、まさか反動でここまでなるとはね。」



 倒れ込んだ先に座るノアは、彼の頭を優しく受け止めると、ゆっくりと降ろして自らの膝の上にその頭を乗せる。



「身体が耐えられない程の巨大な力を使った代償でしょう、身体強化の魔法を使った後に筋肉痛になるのと理屈は大体同じよ。」



 そんなリアンを眺めながら、レイチェルはため息混じりにその理屈をわかりやすく説明する。



「どの位酷いんスか?」



「全身の筋肉痛、あと関節も所々痛いみたいだけど、両腕と右足の骨折がメインだね。」



 マリーナが不安そうに尋ねると、ノアは彼の身体の治療を始めながら真剣な眼差しでそう答える。



「で、戦闘での負傷は腹部に風穴が空いてて、腕とか足にも裂傷多数、特に左腕は魔法の影響でかなりひどかった。」



 平たく言えば死亡寸前であった。


 それを会話可能なレベルまで回復する事が出来たのは、ノアの多大な魔力量と彼女が全力で治療を行えるだけの環境を提供した獣人族や依頼者であるサフラ・シュタルの活躍が大きかった。



「それと肋骨が数本、ココとか。」



「⋯⋯っ!触んな恐ろしい。」



 ノアが白く細い指で突くように触れると、リアンはその手を払いながら青白くなった表情でそう言い放つ。



「失礼しました。」



「治せたのは特にひどかった左腕とお腹の穴くらいだよ。それ以上は正直魔力が足りないから一箇所ずつ直してる。」



 それ故に数日経った現在でも、彼女の魔力が回復し次第継続して回復魔法を掛け続けるような状態が続いていたのであった。



「後はアレか。」



「⋯⋯うん。アレ。」



 レイチェルが付け加えるように呟くと、ノアも目を瞑りながら呆れたようにそう続ける。











 それは数日前のこと。



 リアンの容体が回復し、森から帰還する直前のレオン達とのやり取りまで遡る。



「申し訳ありませんでした。」



 一行の見送りに来ていたレオンが、開口一番に発したのは、謝罪の言葉であった。



「レ、レオンさん?」



 突然の言葉、そして深々と頭を下げるレオンの姿を見てその目の前にいたマリーナは思わずそんな間の抜けた声を上げる。



「私は貴女を手に入れる為に貴女と、仲間の事を騙した。貴女が傷付くことを承知で。」



 それは彼女らに対する裏切り、嘘をはじめとした一連の行為に対する謝罪であった。



「わ、私は別に⋯⋯っ。」



「⋯⋯⋯⋯。」



「⋯⋯レイチェルさん?」



 気にして無い、などと当たり障りのない事を言おうとした瞬間、背後にいたレイチェルが彼女の肩にポンと手を乗せる。



「⋯⋯聞きなさい。有耶無耶にしちゃダメ。」



 レイチェルは誰よりも彼女の優しさを知っていた。何をしても許し、何をしても怒らない。だからこそ、彼女には許していい事、悪い事をしっかりと理解して欲しかったのである。



「⋯⋯⋯⋯っ。」



「⋯⋯アタシを自分のモノにして、どうするつもりだったんスか?」



 レイチェルに促されるままに一歩前に出ると、マリーナは苦々しい表情でそう尋ねる。



「⋯⋯⋯⋯。」



 頭を下げたままのレオンの表情が硬くなり、次第に苦しそうなものへと変化していく。



「あのプロポーズは、偽物だったんスか?」



そんな変化など見ることの出来ないマリーナは、小さく目を細めながら更にそう続ける。



「⋯⋯それを語る資格は、僕にはありません。」



「⋯⋯そっスか。」



 最後まで頭を上げることなく返された答えを聞いて、マリーナは追求をやめて貼り付けたような笑顔のままため息を吐き出す。



「自分が最低なのは分かっています。許されるとも思っていない。だから、せめて謝らせて下さい。」



「⋯⋯大丈夫っスよ。アタシは——」



 最後には彼を許そうとするマリーナは、張り付けた笑顔のまま彼を許そうとしてしまう。



「——ぶっ飛べ、クソ野郎ォ!!」



 するとそんな彼女の言葉を断ち切るように、リアンが彼女の横から飛び出して頭を下げるレオンの顔面に蹴りを叩き込む。



「⋯⋯ぐっ!?」



「⋯⋯ちょ、リアンさん!?」



 身体を反り上がらせて尻餅を突くレオンを見て、マリーナは思わずいつもの表情に戻ってしまう。



「許すに決まってんだろうが!」



「⋯⋯はい?」



 突然発せられるリアンの言葉を聞いて、マリーナは首を傾げて小さく声を上げる。



「どんだけ酷い事をされようと、ごめんって言われたら許しちまう。コイツはそういう奴なんだよ。」



「なに一人でスッキリしようとしてんだ。コイツの優しさにつけ込むな。」



 謝られればきっと彼女は許してしまう。それを理解していたのは、彼もまた同じであった。


 だからこそ、誠意を持って許しを乞うレオンの態度が気に食わなかった。


あれだけ卑劣な事をしておきながら、被害者である彼女の優しさによってそれがなんの禍根も残す事なく許されるのが気に食わなかった。



「コイツは絶対にお前を許す、だから俺が代わりに怒る。俺が絶対にお前を許さない。」



「どれだけ謝ろうと、どれだけコイツが許そうと、俺はお前を許さない。」



 だからこそ仲間として彼女の為に、彼女の代わりに怒り、恨む。



「⋯⋯リアンさん。」



「⋯⋯はぁ、行くわよ。アンタ達。」



 すると最後に、レイチェルが呆れたようにため息をついて三人に指示を出す。



「⋯⋯いいの?レイチェル。」



「⋯⋯言っとくけど、私もソイツとおんなじ意見だから。」



 ノアが首を傾げながらそう尋ねると、レイチェルはくるりと振り返り、仏頂面のままレオンに言い放つ。



「⋯⋯⋯⋯っ。」



「帰るわよ、マリーナ。私たちの家に。」



 優しい笑みが戻ったマリーナを見て、三人はニッコリと笑うと、最後にレイチェルがそう呟く。



「⋯⋯っ、はいっス!」



 そうして彼らは、テトバス渓谷から帰還する事となった。











 そして舞台は戻り、現在。



「左足の捻挫は多分その時にやった。」



 治療をするノアはため息混じりに呟く。


 つまり数多ある怪我のうちの一つである左足の怪我は、戦闘とは全く関係ないタイミングで勝手にやって勝手に怪我をしたという事であった。



「カッコ悪いっスね。」



「うん、カッコ悪い。」



「いつも通りでしょ。」



 思わずマリーナがそう呟くと、それに続いてノア、レイチェルが辛辣な言葉を投げ付けてくる。



「くそっ、言わせておけば⋯⋯。」



「ほんっと、アンタは活躍をカッコ悪さと性格の悪さで帳消しにしないと気が済まない病気なの?」


 身体をノアに預けながら怒りに打ち震えるリアンに対して、レイチェルは呆れたようなため息を吐きながら尋ねる。



「一度オリヴィアに見せた方がいいね。どっちにしろ。」



「どっちにしろってお前⋯⋯。」



 辛辣な言葉の連撃が止まらないノアに対して、リアンは目を細めながら睨み付ける。



「⋯⋯毎回ギリギリ惜しいんだよね。かっこいいところはたまーにあるのに。」



 とは言いつつも、彼女もまたリアンが活躍している事自体は認めているのが言葉の端々から感じ取る事が出来た。



「そもそも今回のだって借りた力でイキってただけでしょ?よく考えれば。」



「じゃあ、実質私達のおかげだね。」



 が、直後にレイチェルの口から発せられた辛辣な言葉を聞いて、最終的にはそんな結論に至る。



「おまえら、怪我人に追い打ちかけてそんなに楽しいか?」



「「⋯⋯まあそこそこ。」」



「この鬼畜っ⋯⋯!!」



 控えめに重なる二つの言葉を聞いて、リアンは思わずそんなツッコミを入れる。



「ふふっ⋯⋯けど、アタシの為に怒ってくれたのは、嬉しかったっスよ。」



「⋯⋯まあ仲間だからな。」



 そんな茶番を見て笑いながら礼を言うと、リアンは照れ隠しに視線を逸らしながらそう答える。



「だから⋯⋯。」



 そう言ってマリーナは目を逸らすリアンに顔を近づけると——





——その頬に軽く口付けをする。




「「「⋯⋯っ!?」」」




「コレはお礼っス。」




 そして驚きで身体を硬直させる三人の視線を受ける中、軽く頬を染めながら、弾けるような笑顔でそう言い放つ。



「⋯⋯リアン。」



「⋯⋯アンタ、未成年に手ぇ出したら犯罪だからね?」



 超至近距離でそれを見ていたノアが、何も言えずに固まっていると、御者台に座るレイチェルは引きつった表情でそんな言葉を発する。



「ま、まだ何もしてねぇ!」



 犯罪、と言う言葉を聞いて恐怖を感じたのか、リアンは寝転がったまま両手を振ってそれを否定する。



「⋯⋯でもキスしたじゃん。」



 脳の処理不足でそれまで黙り込むことしか出来なかったノアもようやく復活し、少しだけ頬を赤くしながらそんな言葉を呟く。



「俺からじゃねぇ!」



「ロリコンならやっぱり病院行くべき。」



 そして更に少しだけ頬を膨らませて冷ややかな視線を飛ばす。



「ロリはお前だろ。体型的に。」



 すると今度は思いもよらぬカウンターが冷ややかな視線とともに帰ってくる。



「治療止めるよ?」



「⋯⋯失礼しました。」



 殺気混じりの言葉と圧にやられたリアンは、即座に丁寧な言葉で謝罪する。



「よろしい。」



「⋯⋯っ、レイチェル。」



 そしてため息混じりに治療を再開しようとした瞬間、ノアの視界に巨大な岩の塊が見え、馬車を操縦するレイチェルに声を掛ける。



「⋯⋯ん?⋯⋯うわっ!」



 それを聞いて視線を移すと、直後に彼女もその岩の存在に気が付き慌てて手綱を強く引く。



 同時にその影響で馬車全体が大きく揺れて、中にいたマリーナやノアの身体が軽く浮き上がる。



「⋯⋯⋯⋯〜〜〜っ!!」



 そして同じく、その振動は横になっていたリアンにも当然ダイレクトに伝わってくる。




「いってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえ!!」




 再び馬車の中には艶も色気も無い、リアンの叫び声が響き渡る。



 こうして冒険者ギルド〝アーク〟の初めての遠征は終わりを告げたのであった。


タイトル変更致しました。


気に入っていただけるとありがたいです。


感想やレビューなど是非ともお待ちしています。


次回の更新は十一月の十日になります。

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