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獣人の里


 その後、リアン達一行は、レオンの案内によって森の中を進んでいた。


 最初こそ彼等の誘いを訝しんでいた一行であったが、本来の目的である水質汚染について、何も分かっていない状況を打開する為、仕方なくその案内を受ける事に決めた。



「着きました、ここが我々獣人族の暮らす里です。」



 レオンの後を十分ほど付いて歩き続けていると、木々の生い茂った森を抜けて大きな集落が広がった場所に出る。


 そこは自然と文明が独自のバランスで共存しており、切り立った斜面の激しい地形は必要以上に手を加えられる事なくそのまま使用されており、家と思われる建物は全てが木造で作られ、物によっては大樹をまるごとくり抜いて作られたような家も存在していた。



「⋯⋯っ、すげぇ⋯⋯⋯⋯!」



 突然視界いっぱいに広がる未知の光景を見て、リアンは絞り出すような小さな声でそう呟く。



「思ってたより発展してるね。」



(⋯⋯高低差が激しい立地、しかも道はほとんど整備されてない⋯⋯⋯⋯身体能力が高いのが前提って訳ね。)



 ノアやリアンがマイペースな態度でキョロキョロを周囲を見回している中、レイチェルは出来る限り情報を集めようと真剣な様子でその集落の観察を始める。



「⋯⋯っ、⋯⋯⋯⋯。」



 するとその建物の中から一人の獣人が顔を出し、リアンと真っ直ぐに視線が合う。




「⋯⋯やっぱ視線集めるな。」



 リアンは咄嗟に視線を外して辺りを見渡すと、その家の影や道の向こうから次々と獣人の姿を目にする。



「⋯⋯そうね。ちょくちょく殺気も飛ばしてくるし。」



 あらかじめ気配を辿ることでその存在に気が付いていたレイチェルは、影の帯びた笑みを浮かべながらそう答える。



「⋯⋯絶対乗るなよ、トラブル起きても困るし。」



 殺気どころか気配も感じることの出来ないリアンは、それを聞いて青ざめた顔をしながら念を押すように言いつける。



「⋯⋯どうしようかしら、あんまりウザかったらやり返すかも。」



 四方八方から飛んでくる視線と殺気に苛立っているのか、レイチェルは張り付けたような笑みを浮かべながら、敢えて前を歩くレオンに聞こえるような声でそう答える。



「⋯⋯⋯⋯っ!!」



「⋯⋯っ!?」



「⋯⋯う、うあ⋯⋯⋯⋯。」



 それを聞いたレオンが、ニッコリと笑ったまま視線を近くにいる若い獣人に向けると、ターゲットにされた若者は白目を剥いてその場に崩れ落ちる。


「⋯⋯っ、なんだ今の?」


「申し訳ありません、うちの若いのが重ね重ね。」



 同時に周囲から向けられる視線が一気に減少すると、レオンは物腰の柔らかい穏やかな笑みを浮かべて小さく頭を下げる。



「さすが長って感じね。」



(⋯⋯今の、こいつがやったのか!?)


 それを見てレイチェルが、賛辞の言葉を送ると、リアンもなんとなくだがたった今起こったことを理解する。


「すぐに私の住処に着きますから、もう少しだけお待ち下さい。」


(伊達にこの若さでトップ張ってる訳じゃ無さそうね。)



 そう言って前を歩くレオンに視線を向けながら、レイチェルは無表情のままそんな思考を巡らせる。



「ていうか今更だけど頭隠したらもっと穏便に行けたんじゃねえか?」


 自分達があまり歓迎されていない現状と、その対応に困っているレオンの姿を見て、ふと、リアンは思いついたかのようにそんな言葉を吐き出す。


 人間と獣人の大きな違いは耳の形とその位置であり、そこさえ隠してしまえばその二種族間に大きな差はない、と考えてそんな言葉を口にしたが、その意見は即座に否定される。



「無駄よ。獣人族は人間に比べて身体能力が高い上に五感が異常に鋭いから。」




「その通り、我々は特に聴覚と嗅覚は全生物の中で群を抜いて高いですからね。この距離でも容易にヒトと獣人の区別がつくでしょう。」



 レイチェルが口にした解答にイマイチピンと来ていないリアンに対して、レオンは分かりやすい例を挙げながらそう答える。



「当然、それ以外のモノにも。」



「⋯⋯⋯⋯っ、それは凄いっスね。」



 最後に付け加えるようにそう呟きながらレオンが視線を背後に向けると、その視線とぴったり目が合ったマリーナが気まずそうに視線を斜め下に外しながらそう答える。


「⋯⋯⋯⋯。」


 その様子を見て、レオンは黙り込んだまま彼女の顔をジッと見つめる。







 その後、数分としないうちに族長であるレオンの住処へと辿り着くと、彼等は再び自己紹介を始める。

 


「改めまして、獣人族、族長のレオン・ライニスです。よろしくお願いします。」



「冒険者、レイチェル・アシュリーよ。」



「リアン・モングロールだ。」



レオンが丁寧に挨拶をし、深々と頭を下げた後、それに倣ってレイチェル、リアンが自らの名前を口にする。



「⋯⋯ノア。」



「⋯⋯マリーナっス。」



 その後、ノアはめんどくさがったのか、ファミリーネームを口にする事なく挨拶をすると、同じようにマリーナが俯きがちにそう続ける。



「それで、何か情報はあるのか?水質汚染について。」



「現在里の者に聞いて回っていますが、不確定ながらいくつか面白い情報もあるようです。」



 ある程度挨拶を終えて、リアンがそう尋ねると、レオンは少しだけ年老いた獣人から受け取った紙の束を受け取ってそう答える。



「例えば?」



「昨日、この近くを見慣れぬ巨大な魔物が通ったようです。」



 ノアが尋ねると、レオンは一枚の紙を覗き込みながら、真剣な表情でそう答える。



「魔物⋯⋯。」


「形は翼の生えた龍、色は紫、どうやら毒を使う種族のようです。」


「特徴から察するに翼竜種の突然変異、といったところでしょうか?」


 四人が同時に思考を巡らせると、レオンはその紙に書かれた文字を読み上げながら即座にその魔物の特徴を分析して首を傾げる。



「⋯⋯また突然変異かよ。」


 その単語を聞いて、リアンは自身の記憶の中にあるトラウマを思い起こし、途端にバツの悪い顔をする。


「その他には情報はないの?」


 そんな事など気にする事なく、レイチェルがそう尋ねると、レオンは静かに首を左右に振る。



「現在里の者に後を追わせております、明日になれば詳しい場所も分かるでしょう。」



「⋯⋯明日、か。」



「なら今日は野宿かしら。」



 リアンは小さな声で反芻すると、レイチェルは冷静にそう呟く。



「⋯⋯でも、ご飯とかどうする?」



「一応鍋は持ってきたから食材さえあればなんでも作れるぞ。」


 野宿と聞いて真っ先にノアが食事についての事を尋ねると、リアンは自らが背負っていたリュックの中から、そこそこ大きなサイズの薄い鍋を取り出す。


「そんなもん持ってくるくらいなら武器の一つでも持ってこい役立たず。」


 それを見た瞬間、レイチェルは無機質な表情のままリアンに向かってハッキリと罵声を浴びせる。


「あっても意味ねぇだろうが脳筋。」


 突然の暴言に怯むことなくリアンは淡々と事実を交えて言い返す。


「自分で言うのはホント情けないよ?」


 それを真横で聞いていたノアは、至極残念そうな目で彼を見つめる。


「⋯⋯えっと、もし良ければ今晩はここに泊まって頂いてもよろしいですよ?」


 一連の茶番を見せつけられたレオンは、なんとも言えない苦笑いを浮かべながらそんな提案をする。


「⋯⋯いいのか?」


「ええ、元々その魔物は我々も討伐しようと考えていました。そのお手伝いをして頂けるのなら、多少の報酬は必要ですから。」



 疑惑混じりでリアンがそう尋ねると、レオンはニッコリと笑みを絶やすことなくそう答える。



「⋯⋯どうする?」


「ならお言葉に甘えさせて貰うわ。外で寝るよりずっと安全だしね。」


 未だに彼等のことを信じきっていないリアンが判断を委ねると、レイチェルはしばらく考え込んだ後、リスクとメリットの秤を傾けて結論を出す。



「分かりました、そう伝えておきます。」



 回答を受け取ったレオンは、部屋の端に立つ一人の獣人の女に目配せをする。



「⋯⋯ふぅ、とりあえず、クエストの話は明日に持ち越しか。」


 女性が部屋の外へと走り出し、部屋の中がリアン達とレオンの五人だけになると、リアンは深く息を吐いて天井を眺める。



「⋯⋯暇になっちゃうね。」



「ならば、そろそろ私の本題に入ってもよろしいですか?」



 マイペースなノアの発言を聞いたレオンは、彼等の会話に割り込むようにそう尋ねる。



「⋯⋯本題?」


 てっきりこれで話が終わりだと思っていたリアンは、突然のレオンの発言に対し、間抜けな表情を浮かべたまま首を傾げる。


「⋯⋯何?」



「私の本題とは、貴女のことですよ。マリーナさん。」



 レイチェルが短くそう尋ねると、レオンは一際真剣な表情を浮かべて、それまでずっと黙り込んでいたマリーナに視線を向ける。



「⋯⋯っ、レオンさん。」



 その視線を受けて、何かを察したマリーナは、悲壮感漂う表情で息を飲む。



「実は先ほどの戦闘、少しばかり観察させて頂きました。」



「⋯⋯ちょっと待ってください。」



 レオンが直後に発する言葉を察したマリーナは、殺気や脅迫にも似た視線をレオンに向けながら、必死でそれを止めようとする。



「その高い身体能力に鋭い感覚、そして、超近接型の戦闘スタイル。僕はそれをよく知っている。」



「やめて下さいっ⋯⋯!!」



 その瞬間、少女の悲痛な叫びが小さな部屋の中に響く。



「⋯⋯マリーナ?」



 明らかに様子のおかしい彼女の姿を見て、リアンは不思議そうに首を傾げる。



「君の身体には、ヒトと獣人、二つの血が流れていますね?」



「「「⋯⋯っ!?」」」


 そんな叫びも虚しく、レオンの口から発せられた言葉を聞いて、レイチェルやノア、そしてマリーナが何も言うことなく黙り込む。


「⋯⋯⋯⋯?」



「⋯⋯っ、違っ⋯⋯⋯⋯アタシは⋯⋯!!」


 その横で、話についていけてないリアンが首を傾げると、マリーナはさらに激しく感情を荒立てながら言葉にならない叫びを上げる。


「⋯⋯マリーナ、落ち着きなさい。」



 気が動転して、今にもレオンに掴みかかりそうになるマリーナの肩を、レイチェルが咄嗟に掴んで制する。



「⋯⋯ってことは、混血ハーフってことか?」



「⋯⋯そうなりますね。」



 するとその背後で、リアンは考え込むように顎に手を当てながらレオンに対して確認を取る。



「⋯⋯⋯⋯っ!アタシはっ⋯⋯!!」



「へぇ⋯⋯⋯⋯で?本題ってなんだ?」



 そのやり取りを聞いたマリーナは、まるで誤解を解こうとするように何かを伝えようとリアンひ歩み寄るが、当の本人は左手を彼女の頭の上に乗せ、軽く動きを止めてから、続きを話すようレオンに促す。



「リアン、さん?」



「なんだよ?」


 あまりにもアッサリとしていて、それでいて雑な扱いを受け、マリーナは拍子抜けするように気が抜けていく。



「なんで、そんな⋯⋯。」



 何故それほど平静を保っていられるのか、と尋ねようとするが、あまりにも感情の変化が激しくなり過ぎたのか、思ったように言葉が出せずその先の言葉が出せずにいた。



「アンタ全然驚かないわね。」



 そんなマリーナの心理と、そしてリアンの心理をなんとなく察したレイチェルは、マリーナの代わりに問いを投げかける。



「別に驚く要素ねえだろ。だから強いのか、くらいの感想しか出てこねえよ。」



 するとリアンは、相手がレイチェルという事もあり、少しばかり乱暴な口調でそう答える。



「けど⋯⋯。」



「興味ねえよ、俺にとって大事なのは、お前が何者かじゃなくて、どんな奴かだからな。」


 それでも何かを伝えようとするマリーナに対して、リアンは彼女の頭に乗せた手をガシャガシャと乱暴に動かして撫で回す。


「お前はマリーナ・ジャスミン、色々荒削りだが、礼儀正しくて優しくて、他のポンコツと違って、唯一家事を手伝ってくれる俺の仲間だ。」


「だろ?」


「⋯⋯っ。」



 くしゃくしゃになった前髪の向こうから見える笑顔を見て、マリーナの視界が僅かに霞む。



(契約魔法の使い手ならではの視点ってわけか。)



 経歴や外面よりも、何よりその相手が信頼に足るかどうかで人を見る。



 それがリアンの人間や仲間に対する価値観であった。



「まあ、確かに今更それ聞かされてもどうすればいいか分かんないし。」



「うん、関係ないね。一言余計だけど。」



 突然のカミングアウトに驚いたものの、レイチェルやノアも、大方リアンと同じ意見であった。



「レイチェルさん、ノアさん⋯⋯。」



「で、本題は何?」



 だからこそ、レイチェルはそれを示すために、再び同じ問いかけをレオンにぶつける。



「人間と獣人のハーフ、それはかつて誰一人として成し遂げることが出来なかった試みであり、彼女は現存する唯一の成功例です。」



 その様子を見て、レオンは小さく口元を釣り上げると、表情を変えぬまま言葉を続ける。



「つまり、獣人族はその唯一の成功作が欲しいってこと?」


 それを聞いて、レイチェルは一つの結論に至ると、少しばかり機嫌の悪そうな表情でそう尋ねる。



「⋯⋯⋯⋯。」





「ええそうです。そして、それと同時に一目見た時から、私は貴女のその美しさに惹かれてしまいました。」




 同時にマリーナの表情が曇ると、レオンはゆっくりと歩み出してマリーナの目の前に立つ。




「⋯⋯⋯⋯んん?」



 その言葉を聞いた瞬間、リアンは話があらぬ方向へと向かっていくのを察する。



「マリーナさん、いいえ、マリーナ・ジャスミンよ。一目惚れです。どうか私の妻になって欲しい。」


 マリーナの目の前に立ち、片膝をついて手を伸ばすと、レオンは黄金色の彼女のその眼を真っ直ぐに見つめてそう呟く。



「⋯⋯⋯⋯。」



 その瞬間、凍り付いたように時間が止まる。



「⋯⋯ん?」



「⋯⋯は?」



 一瞬遅れてその言葉の意味を理解したノアとレイチェルが連続で間の抜けた声を上げる。



「⋯⋯⋯⋯はいぃ!?」



 部屋の外にまで漏れる二度目の声は、叫びというよりも驚愕の色を纏いながら、先ほど以上に長く大きく響き渡る。

次回の更新は七月十四日になります。

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