冒険者の冒険者像
リアン達一行はサフラに案内されて屋敷の中へと入ると、豪華絢爛な客室へと案内される。
「どうぞ、ウチで作ってる茶葉で淹れたものです。」
サフラがそう言って目配せをすると、使用人と思われる男が淹れた紅茶がリアン達の前に順に出される。
「ああ、どうも。」
(ウチで作ってる⋯⋯か。ならこの人は⋯⋯。)
リアンは短く答えた後に一口だけカップに口をつけると、彼女の発言を基に一つの予想を立てる。
「⋯⋯ああ、我が社は良質な水や土地、肥料を最善の方法で育てる事で高品質の農作物を育てる、農業ブランドを営んでおりますの。」
そしてリアンの視線を受けたサフラは、自らの発言を振り返りながら彼の求める答えを口に出す。
「では、今回の依頼の目的は農作物関係のものなのですか?」
「ええ、その通り。農作物の生命線である水に、少々問題が発生しているのです。」
リアンの横に座るレイチェルは、それを聞いて質問を投げかけると、案の定その質問は的を得ており、サフラはいたって真面目な表情でそう答える。
「問題⋯⋯?」
フーフーと紅茶を冷ますのに夢中であったノアはふとその言葉を聞いて不思議そうに首を傾げる。
「水質汚染です。」
「⋯⋯⋯⋯?」
サフラは即答でそう返すが、予め依頼内容を聞いていたリアンはそれを聞いて思わず首を傾げる。
「依頼では魔物の変死体が流れてくるって⋯⋯。」
てっきり変死体が流れてくることによる風評被害が依頼の主因であると思っていたリアンは、別の切り口からの話題に思わず首を傾げる。
「⋯⋯魔物の中には腐ると血液が猛毒に変質したりする個体もいるのよ。」
「そうじゃ無くても死体に群がる害虫が毒を持ってたりするしね。」
「なるほどなぁ⋯⋯。」
レイチェルとノアは不思議そうにするリアンに対して自らの知っている知識を基にそんな推論を述べていく。
「理解が早くて助かります。⋯⋯が、今回は少しだけ事情が違うのです。」
するとその会話に割り込むようにサフラがそんな言葉を発する。
「「「⋯⋯⋯⋯?」」」
「我が社が使う水はバードゾン川の下流の水なのですが、そこに流れてくる魔物の死体には、皆全て同一の毒素が含まれていたのです。」
突然のサフラの発言を聞いて三人が同時に間の抜けた表情をすると、サフラは今回の件についてのデータが書かれた一枚の紙を彼らの前に広げる。
「毒の種類は分かってないんですか?」
リアンは一瞬だけ紙に視線を移し、その内容は自分には理解できないと割り切ると、視線をサフラの顔へと戻してそんな質問を投げかける。
「同じものであるのは分かっているのですが、種類まではまだ解析が済んでいなくて⋯⋯。」
「流れ着く魔物の変死体に、同一の毒素か⋯⋯。」
増えていく謎に対して、リアン達は一度情報をまとめ始めると、たった一つだけ、とある事実が簡単に浮かび上がった。
「つまり⋯⋯。」
「⋯⋯今回の件には必ず何かしらの元凶が存在する。」
つまり今回の件は、イスタルでもつい先日起こったばかりの異常発生事件と同様に、ハバードのような直接的な首謀者がいるのではないかという考えに至る。
「⋯⋯そう思って今回、貴方達に依頼をしたのです。」
「イスタルの異常発生事件を解決に導いた〝アーク〟の皆様なら、今回の依頼も解決出来るのではありませんか?」
そして既にその考えに至っていたサフラは、まさにその異常発生事件を解決した張本人である彼らを頼ったのだ。
「⋯⋯やっぱり名が売れてきてるね?」
それを聞いたノアは、無表情ながらもほんの少しだけ嬉しそうにしながらリアンに耳打ちをする。
「⋯⋯嬉しいような、めんどくさいような⋯⋯。」
が、その張本人であるリアンは、複雑な表情を浮かべて小さくため息をつく。
「⋯⋯⋯⋯そういえば、今回の件。国の議会には報告したんスか?」
そんな中、彼らの横で黙り込んでいたマリーナは、比較的まともな質問をサフラにぶつける。
「ええ、しましたよ。議会にも、この国に存在するギルドのいくつかにも。」
「⋯⋯なら我々に依頼する必要も無いのでは?」
議会、そして複数のギルドというおよそ隙のない対策を聞いて、レイチェルは冷静にそんな分析を伝える。
「報告し、依頼も出したのですが、解決する為に上流のテトバス渓谷に向かった方々が誰一人として帰って来ないんです。」
「⋯⋯⋯⋯っ!?」
それに対するサフラの発言を聞いて、リアンは真っ先に苦々しい表情で頬を引攣らせる。
「⋯⋯恐らく元凶となる何かに、既に返り討ちに遭っている可能性が濃厚かと。」
「なるほど⋯⋯。」
「今回のクエスト、危険性が高いのも、何が起こるか分からないのも承知しています。ですが、もう頼れる方が他に居ないんです。どうか、お願い出来ませんか?」
そう言って首を傾げるサフラの表情は、とても弱々しく、そして申し訳無さそうであった。
「⋯⋯つっても誰も帰ってこないんじゃ⋯⋯。」
「問題ありません。我々冒険者はいつだって命を賭ける覚悟は出来ています。」
リアンはどう考えても危険極まりないそのクエストに答えを出し渋るが、そんな事などお構いなしにレイチェルが返事をする。
「⋯⋯なっ!?」
「⋯⋯⋯⋯っ、どうか、よろしくお願いします。」
リアンが思わず声を上げると、サフラは苦しそうな表情のままレイチェル達に深々と頭を下げる。
数時間後。
リアン達一行は、既に屋敷を後にし、今晩の宿に向かってウィスタンドの街を歩いていた。
「⋯⋯レイチェルてめえ⋯⋯何を勝手に⋯⋯!」
木材の温かみを感じられる建物の間を抜けながら、最後尾を歩くリアンは、腹の奥から絞り出すような声でレイチェルに食ってかかる。
「勝手じゃないでしょ。私達は仕事を受けるって言ってここまで来たのよ。私も、あんたも、ここに来た時点でどんな危険な依頼だとしても受けるのは決定してるの。」
すると興奮したリアンとは対照的に、レイチェルはいたって冷静な態度でそう返す。
「だとしてもこっちはお前みたいにそんな簡単に命なんか捨てたか無いんだよ!」
「捨てるわけじゃ無いわよ。」
それでも納得のいかないリアンは、声を張り上げながら抗議するが、レイチェルは短くそう返す。
「⋯⋯ああ?」
「命は賭けるだけ、捨てる気なんて毛頭無いわ。」
リアンが間の抜けた表情で問い返すと、レイチェルは冷静な態度を崩す事なくそう答える。
「私達は戦いで生計を立ててるのよ?だったら命くらい賭けなきゃ生き残れないの。」
「あんたがどういう価値観かは知らないけど、私達の隣に立って戦う以上、こっちの覚悟にも理解を示して。」
その発言こそが、これまでずっと冒険者を目指し続け、そして冒険者として生きてきたレイチェルと、それまで冒険者を否定し続けてきたリアンの決定的な考えの違いであった。
「⋯⋯こん、の⋯⋯屁理屈ばかり言いやがって⋯⋯⋯⋯!!」
「⋯⋯でも私も同じ意見かな。」
そんな言い合いに口を挟んだのは、それまでマイペースな様子で周囲の景色に目移りしていたノアであった。
「⋯⋯ノア?」
「私達は冒険者なんだから、命くらい賭けないと、この先やってけないよ?」
彼女の考えもまた、レイチェルと同様に明確な冒険者像があり、そして自分自身も同じであるというある種の覚悟の感じられるものであった。
「⋯⋯っ、けど!」
「——宿が見えて来たっスよ。」
それを聞いた上でなお否定しようとするリアンの言葉を断ち切ったのは、マリーナのそんな言葉であった。
「⋯⋯とにかく、覚悟が出来てないなら明日までにしておきなさい。」
宿を前に一度立ち止まると、レイチェルはクルリとリアンの方に振り向いてそう言った後に宿の中へと消えていく。
「⋯⋯私からもお願い。⋯⋯だって、私達には貴方が必要なんだもの。」
そしてそれに入れ替わるように、ノアも同じようにリアンの顔をじっと見つめてそう言った後、ゆっくりとレイチェルの後を追っていく。
「⋯⋯⋯⋯くそっ!」
一人残されたリアンは、心の中に残るぶつけようのない感情を吐き出し、彼女らの後を追う。
そして翌日。
早朝の六時頃、彼らは既に街を出てテトバス渓谷の入り口までたどり着いていた。
「⋯⋯で、覚悟は決まったわけ?」
木が鬱蒼と生い茂り、まるで森のような入り口を前に、レイチェルは前日の問いの答えを聞くためにリアンの顔を見据えてそんな問いを投げかける。
「⋯⋯⋯⋯。」
が、リアンはその問いに答えることは無かった。
「⋯⋯ちょっと!」
機嫌が悪いのか、全く反応を示さないリアンを見て、レイチェルは少しだけ感情的になりながら再び呼びかける。
「⋯⋯決まってねえよ。命賭ける覚悟なんか。」
「ただ、何があっても絶対に死んでやるつもりはねぇ。」
その言葉こそが、生粋の冒険者であるレイチェルやノアとは違う、リアン・モングロールの冒険者としての覚悟であった。
「⋯⋯っ、あっそ。」
一応の答えを聞き、まだ完全ではないものの、その考えに納得すると、レイチェルはそれ以上何も言うことなく彼に背を向ける。
「ならしっかり私達も助けてね。」
そしてノアは、表情を必要以上に変化させることなく、リアンの目を真っ直ぐに見据えてそう尋ねる。
「⋯⋯ああ、任せろ。」
「⋯⋯さあ、行くわよ。」
リアンの覚悟が決まると、レイチェルはそう言って声を張り上げる。
次回の更新は六月九日になります。




