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借り物の切り札


 二人が覚悟を決めると、武器を構えて臨戦態勢へと突入する。


「死ぃねええええ!!」


 するととハバートはそんな二人に向かって拳を構えながら躊躇いなく突撃してくる。



「⋯⋯防御、頼んだ!」



 とてつもない速さで襲い来るハバートを見て、リアンは咄嗟にレイチェルに対応を任せる。


「⋯⋯分かってる。」


「⋯⋯ぐっ!?」


 それに答えるようにレイチェルがハバートの攻撃を受けると、強烈な打ち込みに思わず呻き声を上げる。


「はぁ!!」


「⋯⋯っ、ぶはっ!?」


 更にハバートが力強く押し込むと、レイチェルの身体は衝撃に耐え切れず後方に吹き飛ばされる。


「なっ、レイチェル!!」


(アイツが押し負けた!?なんでだ?)


 リアンはハバートの予想以上のパワーアップに驚きながらも、冷静に彼の肉体を分析する。



「⋯⋯っ、魔力が流れてるのか!?」



 すると、ハバートの全身、特に二の腕辺りに真っ赤な魔力の流れが通っているのが見えた。


「⋯⋯次はお前だ。」


 すると、ハバートは吹き飛ばされたレイチェルを追うこと無く、その狙いをリアンへと切り替える。



「⋯⋯ちっ。」


『風よ⋯⋯。』


 そんな突然の攻撃にも動揺すること無く、リアンは足元に風の魔法を叩きつける。



「⋯⋯効かん!!」



「⋯⋯だろーな。」


 攻撃を全く意に介さないハバートに対して、リアンがそう言って笑った瞬間、舞い上がった木の葉の向こうから剣を構えたレイチェルの姿が現れる。



「⋯⋯っ!?」


(目くらましだと!?)




『花鳥!』



「ぐうっ⋯⋯!?」



 咄嗟にガードに入るが、そんなことも御構い無しにレイチェルが剣を振るうと、ハバートの顎が空高く弾き上げられる。



「⋯⋯っ、浅い。」



 だが、攻撃を仕掛けたレイチェルは、彼の身体を斬りつけた瞬間に、その皮膚が思ったほど切れていないことに気がつく。



「⋯⋯アイツの剣でも斬れないのか。」



「⋯⋯いや、まだ可能性はある。」



 その事実に小さな絶望を抱えそうになった瞬間、リアンはすぐさま思考を切り替えて行動に出る。



「レイチェル!十秒稼ぐ!」




「⋯⋯っ、了解。」



 そんな言葉を発しながら横を走り抜けるリアンの意思を即座に汲み取ると、レイチェルは後方に数歩引き下がって小さく息を吐き出す。


 十秒、その時間はつまり彼女が「心眼」を発動させるのに要する準備時間であった。



「クソッ、舐めるな!!」


 同時に危なげなく地面に着地したハバートはその赤い皮膚をさらに紅潮させながら乱暴に拳を構える。



『⋯⋯風よ。』



 対するリアンは、三度同じ手段を用いて目眩しを仕掛ける。



「そう何度も、食らうか!!」



「⋯⋯なに!?」


 舞い上がる木の葉を冷静に振り払うと、既に目の前にリアンの姿は無かった。



「こっちだよ!!」



「⋯⋯ちっ!」



 後から聞こえてきた声に反応して振り向くと、振り払った木の葉に紛れて死角へと潜り込んだリアンの姿が目に映る。



「⋯⋯ぐっ、ぶはっ⋯⋯!」



(⋯⋯くそっ、もうちょい持てよ!俺の身体!!)



 限界を超えた魔力行使による反動をその身に受けながら、リアンは更にもう一度魔法陣を展開する。




『アクアバラッド!』



 コップ一杯分にも満たない量の水を召喚すると、その水を最大水圧でハバートの目へと叩きつける。



「⋯⋯くっ、目がっ!!」



「ゴホッ、ゴホッ⋯⋯。」



 狙い通りに視界を奪うことに成功した矢先、リアンは再びせり上がってくる真っ赤な血液を咳き込むように吐き出す。



「⋯⋯調子に、乗るな!!」



 視界を奪われたハバートは、リアンのその声を頼りに、強引に腕を振り回す。



「⋯⋯っ!?⋯⋯⋯⋯がはっ⋯⋯。」



「⋯⋯っ、リアン⋯⋯!!」



 吹き飛ばされ、ゴロゴロと地面を転がるリアンを見て、レイチェルは思わず集中状態を解除してしまう。



「⋯⋯大丈夫⋯⋯⋯⋯後、数秒だ⋯⋯。」



 自らに言い聞かせるようにブツブツと小さくそう呟く。



「死ねぇ⋯⋯!!」


 頭に血が昇ったハバートは、執拗にリアンを追撃する為に一気に距離を詰める。



(耐えろ⋯⋯耐えろ!!)



 痛みと魔力切れによって、もはや動くことすらままならなくなってしまったリアンは、最後の抵抗とばかりに両腕を交差させて構える。



「⋯⋯ぐっ!?」



 ハバートの拳がリアンを貫こうとしたその瞬間、二人の間にレイチェルが強引に割り込んでくる。



「なっ!?ぐはっ⋯⋯!?」



 リアンの代わりに攻撃を受けたレイチェルは、後頭部に拳を受け、その衝撃で目の前にいたリアンごと吹き飛ばされる。



「お、お前⋯⋯なんで⋯⋯?」



 ゴロゴロと再び地面を転がり回ると、リアンは自らの腕の中でグッタリとするレイチェルにそんな言葉をかける。


「⋯⋯良いのよこれで。」


 頭部に受けた攻撃の影響で、金髪を真っ赤に染めながら、それでもなおレイチェルはゆっくりと立ち上がる。



「こいつ一人を止めれば良いんなら、十秒待つより、こっちの方が楽だから。」



 そう答えるレイチェルの目には確かに闘気の炎が力強く宿っていた。



「コレは⋯⋯。」



 リアンは彼女の雰囲気の変化にすぐに気が付いた。

 そしてそれは間違いなく無茶な力であることもよく理解していた。



 発動させた「心眼」は、本来のそれでは無く、彼女にとって切り札とも言える技であった。





心眼——七断の型。



(⋯⋯無茶だ、コイツだってさっきの戦いで相当消耗してるはずだ。)



 そんなリアンの考えを裏付けるように、立ち上がったアデルはふらふらと疲労とダメージでその体を揺らしていた。




「⋯⋯無茶だ。ここは一旦距離を取ろう。」



「そんなことしたら逃げられるだけだっての。」




「それにこっちにはもう追う体力なんて残ってない。アイツが冷静になって逃げられる前に、決着をつけるわよ。」



 リアンは冷静に撤退の判断を下そうとするが、レイチェルはそれ以上に冷静な様子でハバートを捕らえる事を決断する。




「⋯⋯分かった、だったら俺にも少し時間をくれ。」



 仕方なくレイチェルの意見を受け入れ、覚悟を決めると、鋭い眼光でハバートを睨みつけ、そう答える。



「了解。」



『⋯⋯第一抜刀術、華見裂!』



 それを聞いてレイチェルはニヤリと笑みを浮かべると、一気に距離を詰めて回転しながら斬撃を放つ。




「⋯⋯ぐう⋯⋯⋯⋯。」




「まだよ⋯⋯。」


 竜巻のように回転しながら連続で放たれる斬撃に呻き声を上げていると、レイチェルは攻撃の手を緩めること無く次の技の構えを取る。




『蒼断!』



「⋯⋯このぉぉぉぉぉ!!」




 ハバートは直後に放たれる斬撃を真っ赤に紅潮した拳で弾くと、レイチェルに向かって乱暴に拳を振るう。



「⋯⋯っ、⋯⋯ちっ。」



 対するレイチェルはその反撃を余裕を持って回避をするが、自らの攻撃を阻まれた事に小さな苛立ちを覚える。



 が、ハバートもまた同様に強い苛立ちを募らせていた。



「何故だ!何故勝てない!?」



「才能が全てだからか!?ふざけるな!なら私の努力はいったい!!」



「生まれついたモノだけで全てを決め付けて!見下しやがって!!」




「ああ、ああああああああぁぁぁぁぁ!!」



 完全に我を忘れて周囲に当たり散らす様子には、既に研究者としての理性的な思考など存在していなかった。


(⋯⋯錯乱してるわね。)



 あまりにも常軌を逸したその様に戦慄していると、リアンがゆっくりと彼女の真横まで歩み寄ってくる。



「⋯⋯おう、レイチェル。準備できたぞ。」



 その声に反応して視線を向けると、左手に激しく渦巻く炎を乗せたリアンが構えていた。



「⋯⋯なにそれ炎魔法?」



 レイチェルの知る彼の火属性魔法の威力とは明らかに違うそれを見て、そんな問いを投げかける。



「引火させた花粉を風魔法で集めながら、周囲の花粉を燃料として供給し続けてるだけだ。」



 自信ありげにそう言っては見たものの、先ほどの攻撃を耐えられた手前、リアンはこの技でハバートを倒せるとは思っていなかった。



「へえ、それでなにするの?目隠し?」



 そしてレイチェルもまたそれが通用しない事を理解していたからこそ、皮肉っぽくそう切り返す。



「ご名答、しっかりと決め切れよ?」


「結局人頼みじゃない。」



 リアンから皮肉っぽい返事が返ってくると、レイチェルは呆れたように剣を構え直す。




「⋯⋯まあ良いわ。私もそろそろ限界だし、ここで決めましょう。」




「おう、行くぜ!!」




『ブラインド・ファイア!!』




 その合図とともに四方に広がる炎の球は、ハバートを覆い尽くすように迫っていく。



「⋯⋯ちぃ、今度は炎か!!鬱陶しい!!」



 ハバートはリアンの狙い通り、しつこく纏わり付く炎に気を取られてしまう。




「⋯⋯っ、今だ!行け、レイチェル!!」



「言われなくとも⋯⋯。」



 そしてリアンが合図を出すと、レイチェルはその合図とほぼ同時に走り出す。



「⋯⋯⋯⋯。」



 剣を納め、ゆっくりと目を閉じると、レイチェルは必殺の一撃を放つ為に大きく息を吐き出す。



 咄嗟にハバートは腕を交差させて防御に入るが、レイチェルはそれすらも気にすることなく躊躇いなく剣を振る。




『第二抜刀術——月見裂!!』

 



「くっ⋯⋯、はぁ⋯⋯!!」



 線を引くように延びる剣閃は、銀色の輝きと共にハバートの身体を貫く。



 一瞬遅れてハバートの身体に衝撃が走ると、防御に入った両腕と、左肩から激しく血が吹き出す。




「⋯⋯っ、浅い!?」



 だが再びレイチェルは感じ取る、自らの技が防がれた事、そして自らの「心眼」の効果が切れた事を。



「⋯⋯⋯⋯っ。」



(まさかこのタイミングで切れるなんて⋯⋯!)



 レイチェルはゆっくりと着地をすると、直後に両膝と両手を地に突いて呆然と地面を眺める。




「⋯⋯リアン!逃げて!!」




 浅い手応えと、肉体の限界、それを考慮すれば、レイチェルにはもはや逃げるように促すことしか出来なかった。




「ふ、ふふふ、ふははははははははは!!」



「この勝負!私の勝ちだ!!」



 そしてその様子を見ていたハバートは、彼女とほぼ同時に自らの勝利を確信する。



「——そいつはどうかな?」




  ハバートが勝利宣言をしたその瞬間、リアンはフラフラの身体を強引に動かしながら、一気に距離を詰める。



「⋯⋯っ!?」



(接近戦?けどアイツの力じゃ⋯⋯。)


 魔力は完全に枯渇し、貧弱な肉体は既に限界まで酷使されている現状、接近したところで彼に出来ることは何も無かった。



 が、次の瞬間レイチェルはその考えを改めるざるを得ない光景を目の当たりにする。



「⋯⋯発動!!」



 その瞬間、リアンの右手は短い詠唱に反応して竜巻のような強烈な風の力が展開される。



「⋯⋯っ!?」



 ハバートは咄嗟に彼のその手を見ると、吹き荒れる風の中心、彼の指には人差し指から小指に至る全ての指によく見知った指輪が嵌められていた。



(私の与えた、指輪《失敗作》だと!?)



 四つ同時に発動した風魔法は、一つ一つの威力の低さなど微塵も感じさせないほどの大きさと強さを持っていた。



「アンタの罪は、自分の身勝手な嫉妬で沢山の人を傷付けた事だ!」




「調子に⋯⋯っ!?」



(腕が、動かぬ⋯⋯⋯⋯。)



 真っ直ぐに拳を構えるリアンに反撃しようと前に出るが、持ち上げようとした腕は、直前に受けたレイチェルの攻撃の影響で思うように動かなかった。




「⋯⋯くそ、クソッ⋯⋯!!」



「⋯⋯クソがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」



 自らの敗北を悟ると、ハバートは怒りのままに絶叫する。


「そんな下らないプライドなんて捨てて、さっさと悔い改めろ!!」



 今にも潰れそうな肉体を気力だけで動かしてそう叫ぶと、リアンはありったけの力を込めてその拳を振り抜く。




「⋯⋯ぶっ!?」




「おおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉらぁ!!」





 怒りと覚悟の乗った拳がハバートの頬に突き刺さると、リアンは残った全ての力を込めてその拳を振り抜く。



「がっ⋯⋯⋯⋯!!」



 吹き飛ばされた影響で後方にある木に衝突すると、ハバートの身体からゆっくりと力が抜けていく。



「⋯⋯くそ、まだだ⋯⋯!!」




「⋯⋯やめとけ、アンタはもう限界だよ。」




「わた、わたしが、間違っていたと、言うのか⋯⋯。」



 それまで彼の全身に満ちていた真っ赤な力の流れは少しずつ消え始めると、ハバートは立ち上がることが出来ず、地面に這いつくばる。



「アンタの考えは間違っちゃういないよ。才能が無いから魔道具を作って、自分の出来ることをやってきた。」



「けど、やり方が悪かった。だからしっかりと罪を償って、また、みんなの為に頑張れよ。」



 それがリアンの正直な感想であった。


 確かに彼のした事は許せなかったが、それだけで彼の功績の全てを否定するつもりも無かった。


 彼には開発という才能がある。だからこそリアンは、きちんと罪を償ってもう一度誰かの為にその才能を生かして欲しかった。




「⋯⋯わ、私は⋯⋯⋯⋯。」



 最後にそう呟くと、ハバートはパタリと頭を倒してその意識を暗闇へと落としていく。



 そしてそれとほぼ同じタイミングで、今まで鳴り響いていた音もピタリと鳴り止む。



「⋯⋯音も止まった、あの女もやったみたいだな。」



 全ての問題が解決し、安堵の溜息をつくと、リアンの身体からみるみると力が抜けていく。 



「⋯⋯⋯⋯やべ、カラダ⋯⋯動かね⋯⋯。」



 膝から崩れ落ち、倒れそうになった瞬間、リアンの身体は後方からしっかりと受け止められる。




「⋯⋯っ、よう、無事⋯⋯か⋯⋯?」



 自らの身体を支える金髪の女性の顔を見つめながらそんな事を呟くと、リアンはゆっくりとまぶたを閉じる。



「⋯⋯無事よ。全く、アンタは毎度毎度、無茶しすぎなのよ。」



「⋯⋯⋯⋯。」



 分かりやすくあからさまな強がりに対して、レイチェルは文句を言うが、そんな言葉は既にリアンには届いていなかった。



「⋯⋯お疲れ様。」



 そんな姿に呆れたようにため息をつくと、安らかに寝息を立てるリアンに優しく微笑みながら小さな声でそう呟く。


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