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たった一人の戦い


 その頃、同じ街のギルド、フェンリルナイツのギルドハウスでは、鳴り響く金属音の様な魔法によって、その全てのメンバーが例外無く苦しめられていた。



「⋯⋯ぐうっ⋯⋯なに、この音?」



 中でもその長であるクインは内在する魔力の高さ故に、人一倍強い苦痛に晒されていた。


 転がり落ちる様に椅子から離れ、状況を確認する為に外に出ようとした矢先、目の前にある執務室のドアがゆっくりと開く。



「ギル⋯⋯マス⋯⋯。」



 そしてその奥から一人の若い男性がクインよりもはるかに苦しそうな表情を浮かべながら現れる。



「⋯⋯っ、トール!大丈夫!?」



「⋯⋯無事⋯⋯ですか⋯⋯?」



 クインがとっさにその名を呼ぶと、男は自らの事など顧みることなく真っ先に上司の心配をする。



「なにが、無事ですか、よ!?貴方の方がよっぽど酷いじゃない!?」



「ははっ⋯⋯⋯⋯その様子、なら⋯⋯問題無さそうだ。」



 トールはクインの無事を確認すると、安心したのかゆっくりと膝をついて身体から力を抜く。



「⋯⋯ぐっ!?」



 クインが慌ててその身体を抱き上げると、周囲に鳴り響いていた音は更に高く激しくなる。



(原因は間違いなくこの音⋯⋯⋯⋯。)



「⋯⋯なら!!」



 そして、肉体に掛かる負担が大きくなるのを感じ、ある程度の思考をまとめた後、その対処の為に魔法陣を展開する。




白銀の箱庭(ホワイトボックス)!!』




 詠唱を挟むこと無く直接魔法を発動させると、白い半透明の箱が展開され、二人を中心にして、その部屋ごと覆いつくす。


「⋯⋯っ、音が⋯⋯消えた?」


 魔法の発動と同時に、脳天を突き刺す様な不快な音が消えると、トールの表情は一気に柔らかくなる。


 そしてゆっくりと目を開けると、頬にポタポタと冷たい水が一滴、二滴と滴り落ちてくる。



「⋯⋯はっ、はっ⋯⋯やっぱ、詠唱無しは⋯⋯消耗が激しいわね⋯⋯⋯⋯。」



「⋯⋯トール、無事?」



 見上げるとそこには、息を荒らげたクインが強がる様な笑みを浮かべてトールの身を案じて声を掛けてくる。



「⋯⋯ええ、なんとか⋯⋯⋯⋯。」



「しかしこれからどうすれば⋯⋯。」



 それ程までにこの魔法の負担が大きいのかと考えながら、トールは身体を起こしてクインから離れると、これから先の行動について思案する。



「取り敢えず全員地下に向かわせるわ、あそこなら防音設備もあるし、幾分マシだと思う。」



 対するクインは額や頬を通り過ぎる汗を拭いながら、適切かつ迅速に指示を出す。



「しかし、外はどうするんです?このままでは街の人々が⋯⋯。」



「分かってるわ、けど原因を探ろうにもこの音の中じゃ二十分も活動できないまま失神確定よ。」


「まずは地下で作戦を練りましょう。」



「⋯⋯分かりました。」



 そう言ってクインが部屋のドアノブに手をかけると、トールはその後ろに立って返事をする。









 その頃、魔法の影響をあまり受けていなかったリアンは、目的の場所へと足を動かしながら、分析をし続けていた。



「——どういう事だ?」



(街の人も苦しんでるが⋯⋯見た感じ平気そうな人もちらほらいるな。)



 決して戦闘が得意とは思えない一般人が余りの苦痛にうずくまっていたかと思えば、冒険者の様な風貌の女性が必死に他の人間に避難指示を出してみたり、など音による負担は人それぞれであることが伺えた。



「⋯⋯何か条件でもあんのか?」



「⋯⋯っ、くっそ、痛みで思考が纏まらねえ!!」



 そこまでは分析出来たものの、鳴り響く轟音によって、集中が乱されてしまう為、それ以上考える事をやめて足を動かすことに集中する。



「⋯⋯見えてきた。⋯⋯ん?」



 そうこうしているうちに、目的の研究所と、その建物の前にある半透明のドームの様なものがが見えてくる。



「アリシア様?」



「⋯⋯⋯⋯。」



「⋯⋯何だこれ?小せえ⋯⋯ドーム?」



 そのドームの中によく見知った人物を見つけると、リアンは迷うこと無く駆け寄ってその目の前に立ち止まる。



「————。」



 そしてそのドームに軽く触れながら状況を確認していると、その中にいるアリシアの口元が激しく動いているのが見えた。



「なんか言ってるのか?」



「⋯⋯っ、くそ痛え⋯⋯⋯⋯。」



「————!!」



 再び音が大きくなり、思わず頭を抑えていると、痺れを切らしたアリシアがそのドームの中から手を伸ばしてリアンの身体を力強く引き寄せる。



「⋯⋯うおっ!?」



咄嗟の出来事、そして先程のクエストの影響で足に負担があったのもあり、リアンはまともに受け身を取ることが出来ずに顔面から石畳にダイブしてしまう。



「⋯⋯ってえ、何すか急に!?ていうか何でこんなとこに——」



「——ハバートさんです!この音は彼の仕業なんです!」



 あまりに乱暴なその扱いに文句を言おうとするが、アリシアはそれ以上の勢いで食い気味にそう叫ぶ。



「⋯⋯どういうことですか?」



 突然の真剣な気圧されて、釣られて同じように真剣な表情に切り替える。



「⋯⋯実は——」



 ある程度落ち着きを取り戻すと、アリシアは今までの経緯の全てを説明する。






 アリシアの話を聞き終えると、リアンは小さく俯きながらため息を吐き出す。



「——まじですか⋯⋯⋯⋯。」



 そして聞き終えると共にそれまで抱えていた全ての疑問が明らかとなる。



(通りでマリーナだけが苦しんでた訳か。)



 つまり先程のクエストで必要以上に消耗し、魔力が底をつきかけていたノアや、元から魔力の少ないリアンには影響は少なかったが、ある程度魔力を残していたマリーナだけはこの魔法の影響を強く受けてしまう結果になったのだ。



「やってる事は滅茶苦茶だけど、理には適ってる。強い奴ほど動けなくなるって事はその分強い追っ手は来ない訳だから⋯⋯。」



 現に今、解決しようとここまで来れたのは自分だけだという事実が何よりの証拠であった。



「ていうか本当なんですか?あの人がこの事件の元凶だって。」



 そしてそれ以上に信じられなかったのが、その犯人であった。


 魔導研究所開発部門の責任者であるハバート、以前研究所で出会った時はそれほどの闇を抱えているようには感じなかった。


「ええ、本人も認めた上で逃走しています。」


 だが、それでもアリシアは躊躇いなくその言葉を肯定する。



「⋯⋯そう、ですか。」



(音の件は読書女に任せてれば大丈夫か⋯⋯なら今俺がやるべきは⋯⋯⋯⋯。)



 にわかに受け入れられない事実を無理やり飲み込むと、リアンは即座に次に自分がすべき行動を決定させる。



「⋯⋯アリシア様、あの人は、ハバートはどっちに逃げたか分かりますか?」



 ハバートを追う、それだけが今のリアンに出来ることであった。



「⋯⋯まさか⋯⋯いけませんわ!貴方一人では危険過ぎます!それに、この音の中を歩いて来たということは、もう魔力もほとんど⋯⋯。」



 その意図に気がつくと、アリシアはリアンの身を案じてその行動を止めようとする。


 アリシアの言う通り、この場に走ってたどり着けた彼の魔力は、ほとんど残っていないのは明確であった。



「この音の中を逃げられるって事は、奴もおんなじ条件な筈です。なら、霊装にだけ警戒してれば遅れは取らない。」



「それに、今回の件が全部アイツのせいだって言うなら、やっぱり誰かがなんとかしないと、なにも変わらない。」



 何より、マリーナやノアを苦しめたこの音や一連の事件の元凶が彼ならば、倒すまでとは言わずとも、しっかりと罪を償わせる必要があると考える。



「ハバートは、俺がなんとかします。」



 そう言って覚悟を決めると一層真剣な表情でアリシアの目を見つめる。



「⋯⋯分かりました。」








 数分後、アリシアからハバートの行き先を聞いたリアンは、街から出てすぐの森の中を進んでいた。


「⋯⋯くそっ、歩き辛え⋯⋯!!」


「つーかホントにこっちで合ってんのか⋯⋯?」


 険しい森の中を進みながら、リアンはアリシアとの会話を思い浮かべる。



——数分前


「——ハバートはこの術式を発動させた後、南側へと逃走しました。恐らく向かった先は南門、そこから外へ出て、国境を目指すはずです。」



「国外逃亡ですか?」



 アリシアが説明を始めると、まず先に逃げた先ではなく、これから取るであろう行動の分析から始める。



「はい、彼の物資の運搬履歴の中には、国外にいる何者かとのやり取りもありました。恐らくそこにも協力者、又は支援者がいると考えられます。」



 そして国内での活動が絶望的となった彼に残された手段は最早、その支援者に協力を求めることくらいしかなかった。



「となると向かった先は流れの森、ですか?」



 そして国外へと向かうならば、隣国への道が最も整備されている〝流れの森〟であるとリアン考えるが、その言葉は即座に否定される。


「それもあり得ますが、私は違うと思います。」


「正直言って、ある程度の話を聞けば、国外逃亡というシナリオは誰でも思いつくと思います。」


「その上で最短距離で隣国まで行くには流れの森を通るのは常道。⋯⋯ですが、一つ問題があるのです。」


 アリシアはある程度説明すると、一度言葉を切って小さくそう呟く。


「なんですか?」


 リアンはそんなアリシアに対して、間を開けること無くそう尋ねる。


「遠いんですよ、純粋に。街を出て流れの森まで馬を使っても一時間はかかります。」


「それに彼が馬を準備出来る確証はありませんし、歩いてる途中で追いつかれる可能性は充分にある。」


 そして、ハバートほどの頭があれば、その問題点など、考えるまでも無く出てくる。



「ですから、もし彼が逃走するとしたら、別のルートを使うと思うのです。」



「別のルート?」



「南門からはもう一つ、それもかなり近いところにあるでしょう?森が。」



 リアンに尋ねられるとアリシアはすぐにその答えを提示する。


 そしてそれを聞いたリアンは暫く考えた後、一つの答えにたどり着く。




「⋯⋯燃樹の森?」



「ええ、そしてあそこは国が管轄しているとはいえ、国境まで目立たずに行けるルートがあります。」



 国外逃亡の為に国境まで向かう、が、それを読まれる事を危惧し、普通なら通らないルートを使う。


 それがアリシアの読みであった。



「⋯⋯確かに、すぐに森に入れば冒険者だってそんなに早くは追いかけられない。」



「⋯⋯分かりました。行ってみます。」



 そこまで聞いて納得すると、リアンは迷う事なく天蓋の中から飛び出し、街の門へと走り出していく。







「——とは言ったものの⋯⋯全然見つからねえ⋯⋯。」


 が、かなりの時間走り続けて来たものの、目的であるハバート一向に見つけることが出来なかった。



(話によれば、そこそこ荷物も持ってたって言ってたし、そろそろ⋯⋯。)



「⋯⋯っ、まじか。」



 そろそろ見つかってもおかしくないはず、などと考えていた矢先、リアンの目の前に目的の人物の背中が見える。



「⋯⋯凄えな、アリシア様の予想通りだ。」



「⋯⋯っ!?」



 そんな事を呟いていると、フラフラと前を歩いていたハバートの方もこちらの存在に気が付き、大きく目を見開く。



「な、何故お前が⋯⋯!?」



(⋯⋯この反応、やっぱり、この人なんだな。)


 リアンはハバートの態度を見て、アリシアの話が本当であることに確信を持つと、残念そうにため息を吐き出す。



「俺がここに来たってことは、なんとなく分かってるだろ?」



 そしてこれまで傷付いて来た仲間や幼馴染のことを思い浮かべると、強く歯を食いしばって彼に向けていた情を消し去る。



「冒険者、リアン・モングロールだ。⋯⋯⋯⋯アンタを捕らえに来た。」


次回の更新は十二月二十五日になります。

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