黒幕
——数分後
リアン達四人は無事クエストを終了し、帰路に着いていた。
「クエストも万事解決!お疲れ様っス!」
先ほどまでのダメージなど気にする事もなく、マリーナは元気良く歩みを進める。
「ええ、お疲れ様。」
「う、うぅ⋯⋯⋯⋯。」
「⋯⋯ああ、疲れた。」
だが他の三人はそういう訳にもいかず、特にノアに限って言えばリアンの背に揺られたまま死んだ魚のような目で揺れる景色を眺めていた。
「あんたほとんど何もしてないじゃない。」
最後のリアンの発言に反応すると、レイチェルはじっとりとした視線でそう呟く。
「⋯⋯はぁ!?ずっと契約魔法使ってたんですけど!?三重契約とか久々に使って満身創痍なんですけど!?」
「むしろお前のが何もしてないだろ!美味しいとこだけ持っていきやがって!!」
聞き捨てならない言葉に反応すると、リアンは青筋を立てて叫びながら強く反論する。
「はぁ〜!?私だって内部の敵全滅させてきたんですけど!?それに何よ偉そうに!ボコボコにやられてたくせに!!」
「そーだよ、ボコボコにやられてたよ!なのになんで俺がコイツを運んでるんだよ!」
確かにリアンは戦闘ではほとんど役に立つことは無かった、が、リアンからすれば、それを考慮しても最も筋力の少ない自分が、動くことの出来ないノアを背負っていることに納得出来なかった。
「⋯⋯うぐっ⋯⋯申し訳ない⋯⋯。」
そんな口論を聞いてノアは動かない体を強引に起こして謝罪の言葉を述べる。
「お前は黙ってろ!傷が開く!」
割と冗談抜きで重症のノアに、リアンは口論の勢いのまま強くそう叫ぶ。
「⋯⋯了、解⋯⋯。」
ノアはそれを聞くとコテンと頭を倒して全ての体重をリアンに預ける。
「アタシは籠手を付けてますから、おぶるのが難しくて⋯⋯。」
「でしょうね!」
続いて申し訳無さそうにそう言い訳をするマリーナに向かって更にツッコミを入れる。
「はぁ⋯⋯まったく⋯⋯。」
「あはは⋯⋯⋯⋯あっ、見えてきたっス!」
マリーナは不満気にため息を吐くリアンに向かって苦々しい笑みを浮かべると、視界の奥に建物の影を捉える。
「やけに遠く感じたぜ⋯⋯さっさと帰って寝てえ⋯⋯。」
「まずは報告とノアの治療が先よ。私はアリシア様に報告に行くから、アンタ達は先に屋敷に帰ってなさい。」
既に休憩モードに入っているリアンがそう呟くと、レイチェルはそれとは対照的に真剣な顔つきでそう答える。
「ならアタシも⋯⋯。」
「一人で大丈夫よ。アンタだって軽傷じゃないんだから、早いとこオリヴィアに治してもらいなさい。」
マリーナがそれに着いていこうと手を挙げるが、レイチェルは冷静な態度でそれを制止する。
「そうっスね。分かったっス。」
「じゃあ、頼んだぞ。」
「ええ、ついでにアンタも治してもらいなさい、二人と比べたら軽傷もいいとこだけどね。」
リアンがそう言うと、レイチェルはニッコリと優しさを見せた後、それを帳消しにするように毒を吐く。
「うっせ、夕食ニンジンにすんぞ。」
それに対抗してリアンは自らの出来る最大限の嫌がらせを提案する。
「くっ⋯⋯コイツッ⋯⋯!!」
「ふんっ⋯⋯!!」
レイチェルは苦々しい表情で強く歯を食いしばった後、拗ねるようにリアンに背を向けて街の奥へと歩みだしていく。
「⋯⋯仲良しっスねぇ〜。」
どう見てもそんな考えにも至るはずのない光景を、ほのぼのとした笑顔で眺めていると、マリーナは呆れたようにそう呟く。
「リアン⋯⋯早く帰りたい⋯⋯。」
「はぁ⋯⋯分かったよ。」
背中で瀕死の状態になっているノアがそう呟くと、それまで機嫌の悪そうにしていたリアンも、踵を返してレイチェルとは逆の方向へと足を進めるのであった。
リアン達と別れたレイチェルは、その後、程なくしてアリシアの屋敷へと到着していた。
「⋯⋯⋯⋯。」
「⋯⋯どうぞ。」
自律式の魔法の門や絢爛豪華な庭を抜けて屋敷に入ると、主人であるアリシアの部屋の前に立ち止まり、コンコンと無言で部屋のドアをノックすると、扉の向こうから聞きなれた声が返ってくる。
「⋯⋯来ましたか。お疲れ様です、レイチェル。」
ドアを開けると、そこには主人であるアリシアが机に向かい眼鏡をかけながらレイチェルを待ち構えていた。
横目でデスクを見ると、そこに置いてあった資料はアリシア本来の仕事では無いように思えた。
「クエストの報告をしに来ました。」
「早かったの。」
レイチェルがアリシアの言葉にそう答えると、彼女の真横からまたしても聞きなれた声が耳に届く。
「⋯⋯オリヴィア?なんでここに?」
その声の主はやはりレイチェルの予想通りオリヴィアのものであった。
てっきり彼女はギルドハウスにいると考えていた手前、突然の登場に思わず頭に疑問符を浮かべる。
「少し話し合いがあってな。」
「それで⋯⋯どうでした?」
オリヴィアがそう答えると、隣に座るアリシアが急かすようにレイチェルに尋ねる。
「レリオルの討伐には成功しました、が、捕獲には失敗しました。」
「そうですか⋯⋯。」
「殺してしまった、と言うわけか。」
伏し目がちにそう答えるレイチェルを見て、オリヴィアは少しだけ残念そうに言葉を続ける。
反応の薄い二人の様子を見る限り、ある程度その結果を予想出来ていたようだ。
「結果的にはそうなるわ。」
「と、言いますと?」
含みあるその言葉の意味を理解できずにアリシアは首を傾げる。
「戦闘で追い詰めた矢先、魔物化しました。」
レイチェルはその問いに対してありのままの事実を伝える。
魔物化し、暴走したレリオルを殺すこと無く無力化できるほどの力は彼女達には無かった。だからこそレイチェルはそれが最善の選択だと考えていた。
「ま、魔物化!?」
「原因は恐らくこれかと⋯⋯。」
レイチェルは胸元から一本の注射器を取り出して二人の前に差し出す。
「注射器⋯⋯ですか?」
「はい、これを打った後、奴は魔物化しました。」
「なるほど、決まりじゃな。」
注射器を受け取ると、オリヴィアは何かを確信したように表情を鋭くさせる。
「まさか、ここまで出来るとは⋯⋯。」
「成分を分析している暇はない、すぐに行くぞ。」
「⋯⋯はい。」
オリヴィアに促されると、それまで顎に手を当てて考え込んでいたアリシアは覚悟を決めたように椅子から立ち上がる。
「ちょ、ちょっと、どこに行くの!?」
「⋯⋯少し、やる事があっての。今から研究所に行ってくる。」
突然の行動に、レイチェルが驚いた声でそう尋ねると、オリヴィアはまるで散歩に行くような感覚で答える。
「なら私も行きましょうか?」
「いや、いい。たまには妾が働こう。」
「お主の今日の仕事はここまでじゃ。あとは屋敷に戻って身体を休めるといい。」
オリヴィアはレイチェルを労ってそんな言葉を返す。
「怪我こそしとらんが、貴様とて疲労しておろう。まったく、あのヘタレは⋯⋯あの魔法が自分だけに負担があると考えておるようじゃの⋯⋯。」
「分かってたの?」
その理由は一つ、レイチェルの身体にかかる負担の大きさ故であった。
「契約魔法は上乗せとはいえ自らの能力以上の力を引き出すもの。当然、契約相手の負担も多少はあるだろう。」
確かに契約相手の疲労は発動した本人よりかは遥かに低いが、それでも肉体に掛かる負担に加え、戦闘を行うとなるとやはりローリスクとは言い難いほどの負担がかかることになる。
「⋯⋯⋯⋯早めに帰ってきてね。あいつら怪我してて、治療が必要なの。」
「分かっておる、夕食までには帰ろう。」
自らの肉体のダメージを看過され、いつも以上に気弱に呟くレイチェルを見て、オリヴィアはニヤリと笑って部屋を後にする。
その頃、ハグレモノの大将であるレリオルが敗北したという事実がとある一人の男の元にも届いていた。
「——くそっ!なんでだ!何故奴らまで⋯⋯!」
男は手に持った資料を握り締めると、強く歯噛みしながらテーブルに向かって拳を叩きつける。
「魔物がやられたのは想定していた⋯⋯だが、何故奴らまでこんなに早く⋯⋯!」
「あの男がやられたと言うことは、もはやここも長くはない⋯⋯。」
そう呟くと静かに目を瞑り、気持ちを切り替えるように大きな深呼吸をする。
「逃げるしか⋯⋯⋯⋯無いのか⋯⋯。」
「⋯⋯っ、くそっ!」
男はテーブルの上に乗った小さな木箱とアタッシュケースを見つめ、しばらく迷った後、覚悟を決めたかのようにその二つを乱暴に手に取る。
「⋯⋯やってくれたなアークよ。この借りは、いつか、いつか必ずっ⋯⋯!!」
吐き出すようにそう呟くと、男は黙って部屋の外へと飛び出す。
レイチェルを残し部屋を出た二人は、先程言った通り、街の研究所へと向かっていた。
「——連れて来なくて良かったのですか?」
しばらく無言で歩いていると、アリシアはそんな問いを投げかける。
連れてくるというのは、当然レイチェルのことであったが、アリシア自身は彼女が付いてくることに対して決して否定的では無かった。
「よい、今回の問題は我々だけで十分だ。」
それでもオリヴィアが独断でレイチェルを待機させたのは、偏に彼女の身を案じていたからであった。
「何せ今回の相手は、戦士ですら無いからの。」
オリヴィアは凛とした態度のまま歩みを進めながらそう断言する。
「⋯⋯最初は突飛な意見でしたが、ここまで完璧に繋がったとなれば、貴女の仮説は正しかったと言わざるを得ませんね。」
オリヴィアの回答を聞いて納得すると、今度は別の話を振る。
「野生のモンスターの突然変異、そこから発覚した人為的干渉、そして今回の人間の魔物化、もしそれらが繋がっているとするならば。」
そんな突拍子も無い仮定をしたオリヴィアは得意げに言葉を紡いでいく。
「そんな事を出来る人間は限られてくる。例えば、魔物に対して、魔法的な干渉の出来る研究者とか。」
それに続くようにアリシアは該当する人物の可能性を上げていく。
「そして、その方面で調べた結果、思った通り一人の男の名が浮上した。」
「⋯⋯⋯⋯っ!?」
そう言ってオリヴィアが研究所の門の前に立つと、建物の中から飛び出してきた一人の男が、その顔を見て立ち止まる。
「まあそもそも、そんなとてつもない発明が出来る者など、いかに大国イスタルの魔導研究所といえど、かなり限られてくる。」
「なぁ、そうだろう?魔導研究所開発部門代表、ハバード。」
「⋯⋯っ!」
オリヴィアはある程度の前置きを終えると、そう言って目の前の男を見つめ、妖しい笑みで首を傾げる。
次回の更新は十一月二十五日になります。




