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表舞台と舞台裏


——同時刻


 流れの森から遠く離れた街の中心にそびえる屋敷の中では、ドタバタと忙しない足音が鳴り響いていた。


「オリヴィア!オリヴィア!!」


 足音の原因でもあるこの家の主アリシアは古臭い本が積み上げられた薄暗い部屋のドアを乱暴にこじ開ける。


「どうした?騒々しいのぉ⋯⋯。」


 足を組み優雅に本を読んでいたオリヴィアは突然開かれたドアに反応して気怠そうにそう尋ねる。


「先日、頼まれた⋯⋯調べもの⋯⋯⋯⋯。」


 アリシアはオリヴィアの問いに応えようとするが、その呼吸は急いで来た影響もあってひどく乱れており、言葉は途切れ途切れになっていた、


「落ち着け、深呼吸をしろ。」


「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯これを。」


 オリヴィアに言われるがまま大きく息を吐き出すと、アリシアは膝に手を突きながら一枚の紙切れをオリヴィアに手渡す。



「⋯⋯っ!?⋯⋯やはり、大正解じゃったか。」



 受け取った紙切れを読み上げると、オリヴィアは大きく目を見開いた後、苦々しく頬を釣り上げる。



「⋯⋯ええ、大方予想通り⋯⋯⋯⋯けど、問題は次です。」



「問題?⋯⋯⋯⋯っ!?」



 それを聞いてオリヴィアは紙切れを裏返すと、そこには更に細かい文字がつらつらと書き連ねてあった、


 そしてその文字を見てオリヴィアは更に強く驚愕することとなる。



「どうしましょう?」



 心配そうに投げかけられる問いかけにすぐには答えることは出来なかった。



「確かにこれは⋯⋯大問題じゃの。」



 何故ならそれ程までにその紙に書かれていた内容は彼女らの予想の範疇から大きく逸脱していたからである。


「今すぐ彼らを連れ戻しますか?」


 予想外の展開に、アリシアはどうする事もなくオリヴィアに判断を委ねる。



「いいや、今頃はもう事に当たっとるじゃろう⋯⋯しかしまぁ⋯⋯。」


(⋯⋯引きが良過ぎるのもいささか問題じゃな。)



 オリヴィアの期待したリアンの体質がマイナスに働くのは今回に限った事ではなかったが、それでも今回はすこしついてなさ過ぎた。



「信じるしかあるまい、お主の部下達を。」



 それでもなおオリヴィアは窓の向こうを見つめながら彼らの無事を密かに祈るのであった。






 そんな心配をよそに、彼女らの戦闘は一方的なものに変化していた。


 心眼の力を解放したレイチェルと謎の液体を体内に流し込み、急激なパワーアップを果たしたレリオル、力と技のぶつかり合いは徐々に収束していく。



「この!」



「甘い!!」



 力任せに振り回されるレリオルの斬撃を、レイチェルは心眼の力によって回避する。


「甘いのはそっちだろうが!!」


 が、それでもレリオルは止まる事なく振り下ろした剣を弾き上げ二撃目を放つ。


『華見裂!』


 だがその攻撃は円状に広がる多数の斬撃によって押し返される。


「⋯⋯っ!?」


「いいえ、そっちよ。」


 力で押し負けた事に驚き大きく目を見開くレリオルに向かってニヤリと笑ってそう返す。


「⋯⋯なら!!」


「遅い!」


 再びレリオルは何かをしようと構えるが、レイチェルはその隙を突いてその胴体を斜めに両断する。



「がはっ⋯⋯!?」



「⋯⋯はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯なんでだ⋯⋯!?なんで⋯⋯力が落ちてやがる⋯⋯!?」



 傷自体は浅かったが、それでも動揺したレリオルはフラフラと引き下がると、片膝をついて自らの肉体に起こった変化に気がつく。



「⋯⋯限界みたいね。当然だわ、どんな薬使ったかは分からないけど、そう長いことリスクも無しに肉体の強化なんて出来るわけない。」



 レリオルの力はマリーナを追い詰めた時よりも遥かに低下していた。


 その結果、目の前にいる少女に対して、技だけでなく力ですら劣ってしまう事となってしまった。



「くっそ、アイツ⋯⋯騙しやがったのか!?何かノーリスクで力を得られるだ!欠陥品掴ませやがって!」



 それを聞いてレリオルは強く地面を殴りつけながらそう叫ぶ。


「⋯⋯アイツ?」


「どうやら聴くことが増えたみたいね。」


 レリオルの言葉を聞いてリアンが首を傾げると、レイチェルは武器を構え直してそう呟く。



「黙れ!!こうなったら!全員纏めてブチ殺してやらぁ!!」



 絶叫とともに立ち上がると、胸元から一本の注射器を取り出す。


「何を⋯⋯!?」


 そしてその注射器を首元に突き刺し、中に入った紫色の液体を流し込む。



「ぐっぎぃ⋯⋯⋯⋯が、ガ⋯⋯⋯⋯ギアアァァァァァァァァァァァァァァ!!」



 内部の液体が全て肉体へと流し込まれると、レリオルの肉体は水面に泡が浮き上がるように徐々に膨れ上がり、体積を十倍、二十倍と広げていく。


 変化を終え落ち着くとその頃には、彼の姿はまさにモンスターと呼ぶに相応しい形であった。


「ば、バケモンになりやがった⋯⋯!!」


「なんなのあの薬?」


 突然の変化にレイチェルは唯一まともに立っているリアンに説明を求める。



「分かんねえよ!」


(アイツ⋯⋯って誰だよ、コイツらにあんな薬を渡したやつがいるって事か?)



 説明して欲しいのはむしろリアンの方であった。


 明らかに怪しげな薬による急激なパワーアップ、どう見ても物理法則を超越している巨大化、裏で糸を引いている人物の存在、それらを頭に入れつつリアンは思考を巡らせる。



「⋯⋯結構大丈夫そうね。」



 そんな姿を横目に眺めつつ、レイチェルはそんな問いを投げかける。



「そんな事ねえよ、早くアイツをなんとかしてくれ。」



 リアンがレリオルから受けた攻撃はたったの一発、それも片手間で受けたような一発であり他の二人と比べれば軽傷もいいところであったが、それでも正直リアンには立っているのがやっとであった。



「分かってる。⋯⋯アレは準備出来てる?」



 そんな貧弱極まりないダメ男に呆れながら、レイチェルはそう尋ねる。



「ああ、けど残り時間は長くねえ、すでに二人同時に繋いでるからな。」



 レイチェルの問いかけに対して、リアンはそんなことを口走る。




「⋯⋯そんなことも出来たんだ。」



 複数人同時に契約できる、というのはレイチェルは初耳であった。というよりリアン自身もギルドの連中に言っていなかった。



「三人同時なんて久々だからな、何分保つかわかんねー。」



 理由は単純であり、学生時代ならばともかく、長い社会人生活の弊害で大きく低下した彼の魔力量では理論上可能だとしても魔力が数分と持たないのが容易に想像出来るからであった。


 視界は歪み、立っているのもやっとな状況を考えると、最早リアンの魔力は枯渇寸前であった。




「なら一瞬、一撃分保たせなさい。それで一気にケリをつける。」



「どっちにしろ話も通じなさそうだし、両断するわ。」



 するとレイチェルは自らの剣を鞘に収め、隣に立つリアンに契約魔法の発動を要求する。



「ウウゥ⋯⋯⋯⋯アアアァァァァ!!」


(完全に暴走してやがる⋯⋯。)



 完全に破壊の権化と化したレリオルは最早当初の目的すら忘れて周囲の木をなぎ倒しながら森の外へと向かっていた。


「このままじゃ被害は拡大する、一気に決めるぞ!」


「ええ!!」


 リアンがそう叫ぶと、レイチェルは力強くそう返す。




『俺の力貸してやる!目の前の敵を倒せ!』



『任せなさい!』



 契約が完了すると、レイチェルの掌から黄金色の光が広がって全身へと収束する。



「さあ、行くわよ!!」



 レイチェルはニヤリと笑みを浮かべると、自らの剣に火属性による強化の魔法を発動する。



「アアァ⋯⋯⋯⋯アアァァォォォァァァァァァ!!」



『第二抜刀術——月見裂!!』



 巨大な影と剣を構える小さな影が鬱蒼と気が生い茂る森の中心で交差する。







 その頃、冒険者ギルド〝フェンリルナイツ〟のギルドハウスでは——


 他ギルドには無い大きな修練場にて新人達がしのぎを削り合う光景を眺めながら、ギルドマスターであるクインが氷の入ったコーヒーを啜っていた。


 気の抜けた様子で必要性をあまり感じられない国からの資料を眺めていると、コンコンと、部屋のドアがノックされる。



「⋯⋯入っていいわよ。」



「失礼します。」



 小さく返事を返すと、ドアの向こうから予想の出来た人物が顔を見せる。



「お疲れ様、トール。どうかした?」



「クエストに向かわせた新人達が帰還しました。報告書です。」



 クインがそう言って首を傾げると、トールは手に持った紙の束を手渡す。


「いつもありがと、ごめんね?面倒ごとばっかり押し付けちゃって。」


「いえ、慣れました。それに最近は高難度の仕事が少ないようですし。」


 その証拠にこの日のトールの顔色はとても良く、忙しかった頃のやつれた表情とは対極のものだった。



「ああ、魔物の異常発生の件も終わったし、討伐系は随分少なくなったわね。」



 そんなトールの姿に安心しながら、クインはその原因だったものについて言葉を紡ぐ。



「⋯⋯ちょっと物足りなかったりする?」



 クインはその顔を覗き込みながら悪戯っぽい表情でそう尋ねる。



「いいえ、魔物の被害は少ないに越した事はありませんから。」



 対するトールはその言葉を否定するわけでも無く、ひたすら優等生の模範解答で返事をする。



「⋯⋯ん?これは⋯⋯。」



 するとトールはクインの机に乗った一枚の紙切れに目を奪われる。



「ああ、これ?言ってなかったっけ?」



 その様子に気がつくと、クインはその紙を手に取って、何の気なしにそう尋ねる。


「聞いてません、一言も。説明して下さい。」


 トールは呆れと怒りの混じった声色でそう言い切ると、すぐさま説明を求める。


「えー、面倒だから自分で見て。」


「まったく⋯⋯⋯⋯これは⋯⋯契約書、ですか?」


 クインからその紙を受け取ると、トールはそう言ってその紙の内容に目を通す。



「ええ、アークのマスター様とね。」




「内容は⋯⋯一部クエストの情報提供と代行受注!?」




 クインの言葉を聞き流しつつ内容を確認していると、真っ先に目についた一文を見て大きく声を張り上げる。



「うわっ⋯⋯どうしたの急におっきな声出して?」



 突然の出来事に驚いたクインはビクンと大きく身体を震わせ、思わず手に持ったアイスコーヒーをブチまけそうになる。



「こんな声も出しますよ!クエストの代行など!冒険者規定に真っ向から違反しています!!」



 トールが言っているのは、全世界共通に定められた冒険者規定の一つにある「冒険者連盟に加入する冒険者は、受注した依頼を他人へ譲渡する行為、また代行して受注する行為の一切を禁止する。」という一文ににこの契約が何の誤魔化しようも無いくらい完璧に抵触している件であった。



「ええ、極秘の契約だから誰にも言っちゃダメよ?」



 クインはそれを知った上で、反省の色を見せることなく舌を出して可愛らしい仕草でトールにそう答える。



「一体なんの目的があってこんな⋯⋯。」



 もはや完全に交わし終わった契約の前に、トールは何もすることは出来ず、ただひたすら力なくそう呟く。



「さあね、そもそもその契約はあっちから持ちかけられたもんだし。」



「女狐⋯⋯何を企んでるのかしら⋯⋯?」



 そんな好青年の戸惑いを楽しみながら、悪女、もとい化け猫は妖艶な笑みでその契約書を見つめる。

次回の更新は十一月十一日になります。

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