一筋の後光
「まずはお前からだ!」
レリオルが真っ先に狙いをつけたのは、棒立ちのリアンではなくノアの方であった。
『フィールドエア!』
対するノアはその突撃に対して、風の魔法を展開する事で身体ごと強引に弾き返す。
「⋯⋯⋯⋯ちっ⋯⋯。」
「リアン!逃げて!」
思いの外レリオルにダメージが入っていないことを確認すると、ノアは即座にリアンに指示を出す。
「⋯⋯はぁ!?何を⋯⋯!」
「⋯⋯二人を呼んで!」
リアンが戸惑っていると、ノアは間髪入れずに念を押すように言葉を紡ぐ。
一人では勝てない、だから他の二人を呼んでくれ、と短い言葉にそんな思いを込めてそう叫ぶ。
「⋯⋯っ、分かった!」
リアンはその必死な表情と真に迫る声色を聞いてすぐさま言葉の真意を理解し、二人に踵を向けて走り出す。
「⋯⋯行かせるかよ。」
『ブレイズファン!』
レリオルがリアンを追おうとすると、咄嗟にノアはその二人の間を分断するように風の刃を放つ。
「⋯⋯ちっ。」
レリオルは舞い上がる土煙の向こうへと進んでいく冒険者の姿を見て忌々しそうに舌打ちをする。
「悪いけど、無理にでも行かせるよ。」
「面倒な女だな。」
ニヤリと笑みを浮かべるノアの表情を見て、レリオルはさらに機嫌の悪そうな表情で吐き捨てるようにそう呟く。
(⋯⋯頼んだよ、リアン。)
レリオルの先で必死に足を動かすリアンの姿を見て、ノアは小さな祈りを捧げる。
「⋯⋯⋯⋯まあいい、ここは一人ずつ、潰してやる!」
(⋯⋯来る。)
リアンの追撃を諦め標的をノアに向けて突撃すると、それに対してノアは、魔法での迎撃の為に武器を構える。
(迎え⋯⋯撃つ!⋯⋯っ!?)
魔法の発動の瞬間、ノアの展開した魔法陣が砕け散り、同時にその身体は膝から崩れ落ちる。
「やばっ⋯⋯!?」
(魔力⋯⋯切れ⋯⋯。)
それは当然の結末であった。
遥か離れた安全圏から建物を破壊するほどの規模の魔法を三発、それに加え戦闘で用いた詠唱を省略した単発の魔法を二発、数こそ少なかれど、その消耗は並の魔法使いならばとっくに干からびているほどのものだった。
迫り来る敵とガス欠の魔力、もはやノアに戦闘を続行する力などほとんど残っていなかった。
「ちぃ⋯⋯。」
それでもなおノアは自らの肉体を酷使し、深層に眠る魔力を強引に引き出しながら地面に向けて再び風の魔法を発動させる。
「くっ⋯⋯!?」
「ぶはっ⋯⋯。」
舞い上がる竜巻に吹き上げられながらそれでもすんでのところでレリオルの攻撃の防御に成功する。
「⋯⋯さっきより遥かに雑、そんで遥かに弱い⋯⋯なるほど、魔力切れか。」
だが攻撃を回避された側もまた一つの変化を感じ取っていた。
「ゴホッ⋯⋯ゴホッ⋯⋯⋯⋯。」
そんなレリオルが視線を向けた先には、ボロボロになったノアが口元から鮮血を吐き出しているのが見えた。
それはただでさえ魔力の貯蔵が底を尽きていたにもかかわらず、強引に能力以上の力を引き出した報い、つまりは限界を超えた事に対する代償であった。
「何はともあれ、一人目だ。」
そんなノアに歩み寄っていくと、レリオルはゆっくりと大剣を振り上げる。
『⋯⋯バウンドウインド。』
それでもノアはもう一度、肉体の限界を超えて小さな風の魔法を発動させる。
「しまっ⋯⋯!?」
突然の攻撃によって防ぐ暇すらなく魔法の直撃を受けたレリオルであったが、そのダメージは思いの外小さなものだった。
「⋯⋯まだ魔法を放つ力が残っていたか。」
「だが、その悪足掻きも限界だろ。」
二度の限界を超えた力の行使によってノアの身体はほとんど動かなくなるが、それでもレリオルは今度こそ確実に仕留める為、彼女の襟首を掴むとその小さな身体を高々と掲げる。
「⋯⋯うっ。」
「苦しみの中で⋯⋯死ね。」
そして剣を振り上げるのではなく、串刺しにする為に大剣をノアの胴体に向かって突き立てる。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯て。」
「⋯⋯⋯⋯ん?」
最後の瞬間、レリオルの耳にノアの消え入りそうな声が聞こえてくる。
「⋯⋯⋯⋯に、⋯⋯⋯⋯を⋯⋯⋯⋯。」
(⋯⋯コイツ、詠唱を⋯⋯!?)
何を言っているかは分からなかった、だがそれでも、その途切れ途切れの声が魔法を発動させる為の詠唱であることは分かった。
「⋯⋯ちぃ⋯⋯⋯⋯!!」
『⋯⋯アオレオーレ』
咄嗟に剣を突き出すが、ほんの少し手遅れであった。
伸ばされた白く小さな掌を中心に純白の光が森中を包み込むように広がっていく。
「⋯⋯!?」
迸る閃光にあてられて、レリオルの視界は一瞬でホワイトアウトする。
「⋯⋯っ、ちぃ⋯⋯。」
「テメェ⋯⋯!俺の目を⋯⋯!!」
突然の出来事に思わず眼球を抑えながらレリオルはノアの身体を手放してしまう。
「⋯⋯なっ。なんだ!?」
そしてそこから遠く離れたリアンにもその光は届いており、思わず光の方向へと振り返る。
『ストライクエア!』
ノアは後退りするレリオルに向かって、風の弾丸を放つ。
「⋯⋯⋯⋯ぐっ⋯⋯!?」
その魔法は威力こそあまり高くは無かったが、防御の体制を取っていなかったレリオルの身体は大きく後方へと吹き飛ばされる。
「⋯⋯はぁ、はぁ、はぁ⋯⋯⋯⋯。」
そこでノアの身体は魔力的にも肉体的にも限界を迎え、ぺたりと地面に崩れ落ちる。
「⋯⋯ちっ、面倒な女だ。」
「けど、流石にもう動けねえだろ?」
そう言って歩み寄っていくと、改めて動けなくなったノアに向けて剣を振り上げる。
「⋯⋯ノア!!」
「⋯⋯⋯⋯っ!!」
彼女の危険を察したリアンがそう叫んだその瞬間、その真横を不可視の速度で何かが通り過ぎる。
「⋯⋯っ、なんだ今の⋯⋯!?」
その疑問の答えは視線を前方に向ける事ですぐに得ることが出来た。
「⋯⋯っづおおおおあらぁぁ!!」
レリオルが剣を構えた瞬間、ノアとレリオル、二人の間に割り込むように褐色の少女は拳を打ち出す。
「⋯⋯何っ!?」
咄嗟に剣の腹を盾の様に広げてその攻撃に対処するが、それでもなお、振り切られた拳の勢いは止まる事なく大男の身体を後方に吹き飛ばす。
「⋯⋯マリーナ!!」
「⋯⋯間に合ったっス。」
リアンがその名を叫ぶと、マリーナは安堵した表情で浮き上がる身体をうまく着地させる。
「⋯⋯⋯⋯なるほどな、アレは目眩しじゃなくて、救援信号だったって事か。」
パンチの勢いが収まると、レリオルは片膝をついてノアの顔を睨み付ける。
「その通り、助けに来たっス!」
そしてその視線から意識を引き剥がす様に褐色の肌の少女は険しい表情でそう叫ぶ。
「⋯⋯面倒な限りだ!」
レリオルは不機嫌そうにそう呟くと、手に持った大剣を振り下ろす事で風の刃をマリーナに放つ。
「おおおおぉぉぉぉ!!」
マリーナはその刃に向かって真正面から拳を突き出して打ち砕く。
「⋯⋯ちっ⋯⋯なんて力だよ!」
「こっちも負ける気はねえっス!」
レリオルが忌々しそうに呟くと、マリーナは次の攻撃に備えて籠手付きの拳を真っ直ぐに構える。
「リアンさん!!」
『力を、貸して下さいっス!!』
そして視線をレリオルに固定したまま、背後に立つリアンに向かってそう叫ぶ。
『契約を許可する。』
その言葉を予想していたリアンはニヤリと歯を見せて笑みを浮かべながら返答の詠唱を放つ。
「⋯⋯っ、キタキタ!」
マリーナの全身から黄金色の光が溢れ出すと、そのままの勢いで真っ直ぐに拳を突き出す。
「⋯⋯っ!?」
(コイツ⋯⋯急に力がっ⋯⋯!?)
レリオルは先程と同様に剣を盾代わりにして攻撃を防ぐが、攻撃の勢いは止まる事なく、地面に線を引きながら後方へとズルズルと引き摺られる。
「ぶっ飛べ!!」
最後にそう叫ぶと、打ち出された拳から風の弾丸が飛び出し、更にレリオルの身体を後方へともう一押しする。
「⋯⋯ぐっ!?」
「どっスか!」
レリオルの身体が勢いよく後方に吹き飛ばされ、近くにあった樹木に激突すると、マリーナは威勢良くそう叫ぶ。
「⋯⋯な、んだ?その力⋯⋯は⋯⋯?」
突然のパワーアップに男は戸惑った様子で途切れ途切れにそう尋ねる。
「ハグレモノの大将っスね。大人しくお縄についてもらうっス。」
そんな問いかけになど答えることもなく、マリーナは巨大な籠手をレリオルに向けたままそう宣言する。
「⋯⋯冒険者風情が⋯⋯!!舐めやがって!!」
怒りと屈辱からか、噛みしめる様にそう吐き出すと、胸元のポケットから一本の注射器を取り出す。
「⋯⋯?何を?」
そしてその注射器を乱暴に首に突き刺し、中に入っていた紫色の液体を流し込んでいく。
「ぐっ⋯⋯がっ⋯⋯ああああぁぁぁぁ!!」
全身が大きく脈動しながらレリオルの身体は真っ赤に染まっていく。
「⋯⋯マリーナ!倒しちゃって!なんか⋯⋯変だよ!」
その様子を見ていたノアは、動揺しながらも的確に指示を出す。
「分かってるっス!」
「⋯⋯らあぁ!!」
同じ考えを持っていたマリーナは、ノアの言葉に答えながら、拳から突き出すように風の魔法を放つ。
「⋯⋯っ!!」
次の瞬間、放たれた風の弾丸はその無骨な手によって握り潰すように掻き消される。
「「「⋯⋯っ!?」」」
「⋯⋯マジかよ。」
三人はほぼ同時に、理屈や分析などするまでもなく、理解出来てしまった。
たった今起こった目の前の男の得体の知れないパワーアップに。
「女が、ガキが、冒険者がっ⋯⋯!!俺たちを舐めるなぁぁぁぁ!!」
レリオルがそう叫ぶと、周囲に爆音と強烈な圧が撒き散らされる。
そして、その叫びが止まると、今度はマリーナに向かって真っ直ぐに突撃していく。
(⋯⋯速いっ!)
「⋯⋯けど、負けないっス!!」
先程以上のスピードに面食らってしまうが、それでもまだ、付いていけないほどのものではなかった。
だからこそ、振り下ろされた刃を真正面から頑強な籠手で受け止める。
「忌々しい⋯⋯忌々しい!!貴様らはそうやって、俺たちからなにもかも奪っていく!!」
冷静さを失っているのか、レリオルは感情的に叫び散らしながら、受け止められた刃を強引にねじ込むように前に出ていく。
「⋯⋯っ!」
それを聞いてマリーナの表情は怒りの感情一色に染まっていく。
「なんの罪もない人たちから奪ってるのはそっちっス!!被害者ヅラすんなぁぁぁ!!」
「はあああああぁぁぁぁ!!」
明確な怒りを込めた一撃が、レリオルの腹部に突き刺さる。
「⋯⋯ぐっ!?」
直撃を受けたレリオルの身体は先程以上の勢いで後方へ吹き飛ばされる。
「⋯⋯⋯⋯冒険者、舐めんなっス。」
そんな光景を見送りながら、マリーナは強い敵意を込めた視線を向けてそう言い放つ。
「⋯⋯クソがっ⋯⋯だったら!!」
そう言って立ち上がると、手に持った大剣を地に這うノアに向かって投げつける。
「⋯⋯んなっ⋯⋯⋯⋯!?」
大剣は高速で回転しながらノアに向かって迫っていく。
「⋯⋯っ、ノア!!」
「⋯⋯っ、おおおおぉぉぉぉ!」
マリーナは咄嗟にノアの元へと駆け寄ると、すんでのところで襲いくる大剣を殴りつける。
「ぐっ⋯⋯守っ、たっス⋯⋯。」
ビリビリと殴りつけた腕が痺れるような感覚に襲われるが、それでも背後のノアが無事である事に安堵する。
「⋯⋯隙ありだ。」
だがそんなマリーナの隙を突いてレリオルは一気に距離を詰める。
「⋯⋯しまっ!?」
「遅い!!」
マリーナも咄嗟に反応してみせるが、それでも間に合わず、今度はレリオルの拳がマリーナの腹部に突き刺さる。
「ぐっ⋯⋯!?」
「⋯⋯ったく、手こずらせやがって。」
その場に崩れ落ちるマリーナの首を掴むと、レリオルはそのままその手を強く握り締める。
「がっ⋯⋯あが⋯⋯!」
息がつまり、同時に首の骨が砕けそうになって、うめき声が漏れ出す。
マリーナは宙吊りになりながらも必死に体を動かして抵抗するが、その行動はあまり意味を成すことは無かった。
「⋯⋯っ、そいつを離せ!!」
事態の悪化を察したリアンは慌てて剣を手に取りマリーナの元へと駆け寄っていく。
「邪魔だ、雑魚が。」
「⋯⋯っ、⋯⋯がはっ!!」
が、当然その攻撃はレリオルに届く事はなく、空いた片足で蹴り上げられる。
「⋯⋯リ⋯⋯ア⋯⋯ぐっ、うぅぅぅ!」
それを見てマリーナは強い怒りに打ち震えるが、それと同時に腹部に受けたダメージと酸素不足によって力がゆっくりと逃げていってしまう。
「マ、リ⋯⋯ナ⋯⋯くっ⋯⋯。」
充血した目で敵を強く睨み付ける、そんな少女にあるまじき姿を晒すマリーナの姿を見て、リアンもまた自らの無力を呪う。
「⋯⋯⋯⋯?」
『——蒼断!』
次の瞬間、真っ先にリアンは異様な違和感を感じると、一歩遅れてその横を風の刃が通り過ぎる。
「⋯⋯っ!?」
風の刃は地面を削りながらレリオルに向かって迫っていくと、それを見たレリオルはマリーナの首を絞める右手を放してそれを回避する。
「ぶはっ!?」
同時に、苦痛から一気に解放されたマリーナは大きく息を吐き出して息を大きく吸い込む。
「⋯⋯何者だ、お前!」
絶好の好機を逃したレリオルは、苦々しい表情でリアンの背後に立つ女性にそう問いを投げかける。
「レイチェルさん⋯⋯。」
そしてマリーナは窒息寸前であったこともあり、涙目になりながらその女性の名を呼ぶ。
「⋯⋯悪い、こんなんなっちまって⋯⋯。」
リアンはそんな二人とは違い、膝立ちのまま俯きながら振り返ることもせずにそう呟く。
「黙ってなさい、アンタにはまだ寝られたら困るわ。」
レイチェルは凛とした声色でそう返すと、リアンの真横を抜けてマリーナの元へ足を進める。
「⋯⋯⋯⋯分かってる。」
「⋯⋯マリーナ、動ける?」
リアンの返事を受け流しつつマリーナの目の前まで歩み寄ると、レイチェルはそのまま荒い息をつくマリーナに向かって手を伸ばす。
「ゴホッ、ゴホッ⋯⋯はい、なんとか。」
マリーナは差し伸べられた手を取ると、咳き込みながらそう答える。
「じゃあ二人をお願い。」
「けどアイツは!」
一人で倒せるほど簡単な敵ではない。
そんな言葉をレイチェルに伝えようとしたが、その言葉は真っ直ぐに向けられた手のひらで止められる。
「そこそこ強いのは分かってる。だからお願い、私が戦いやすいように手伝って。」
一人で倒せない、というのはマリーナの思い込みであった。
正確には誰かを守りながら戦うのは難しい相手であるだけであり、レイチェルはそれをよく分かっていたからこそ、マリーナには二人を守るよう頼んだのだ。
「⋯⋯分かったっス!」
その言葉を聞いてマリーナも彼女の意図を理解すると、元気よく返事を返す。
「次から次へと⋯⋯貴様らは!」
それを見ていたレリオルはさらに機嫌の悪そうな態度でそう吐き出す。
二度に渡る妨害に対して、レリオルも我慢の限界だった。
「安心しなさい、どっちにしろ私が最後だから。」
そんなレリオルとは対照的に、レイチェルは一歩、また一歩とゆっくりとした足取りで前に出ていく。
「中は粗方制圧し終えたわ。後はアンタ一人、諦めろって言っても無駄でしょうから倒してあげる。」
「⋯⋯さあ、タイマンといきましょうか。」
冷静さの中にも強い怒りの篭った雰囲気を纏いながら、剣豪姫は真っ直ぐに剣を構える。
次回の更新は十一月四日になります。




