想定外
その後、四人は周辺の捜索を終えて再び集まると、各々が持ち寄った情報を元に作戦会議を始める。
「脱出経路は全部で四つ、周りには誰もいなかった。」
情報の統合を終えると、レイチェルは地図に指をさしながらその経路を確認する。
「四つ⋯⋯か。」
それを聞いてリアンはなんとも言えない微妙な表情で短くそう呟く。
「四人同時に攻める⋯⋯のは無理っスもんね⋯⋯。」
それをするには人手、というよりかは約一名実力の足りない者がいた。
「ええ、それ以前に内部を攻める必要もあるしね。」
四つの経路を潰し、その上で内部を制圧してターゲットとなる男を捕獲する。
それを行う為には四人では頭数が圧倒的に足りていなかった。
「なら私が三つ潰す?」
ノアはそんな三人の様子を見て、ふとそんな提案を投げかける。
「⋯⋯確かに魔法を使えばなんとかなるかしら⋯⋯けど大丈夫?結構魔力持ってかれるんじゃない?」
脱出経路を潰すほどの大魔法となると、消費する魔力は相当なものとなり、それを三回も行うとなると、レイチェルの言う通りノアの魔力の貯蔵量では保つかどうか怪しいところであった。
「そのくらいなら大丈夫だと思う。⋯⋯リアンが保てばだけど⋯⋯。」
普段通りの口調でそう言うと、ノアはリアンに目を向ける。
だが、その言葉はノアの強がりであった。
契約魔法を維持するだけのリアンと、その補助を受けた上でとはいえ、大魔法の連発をしなくてはならないノアとでは消耗の激しさは比にならなかった。
「⋯⋯俺だって大丈夫だっての。」
リアンはそれを理解して上で呆れた様子でため息混じりにそう返す。
「なら逃走ルート三つはあんたら二人に任せるわ。」
「ならアタシは一つッスね!」
「そして私が中で暴れる⋯⋯よし、それでいこう。」
それを聞いてレイチェルも、マリーナも納得した様子で作戦を決定するが、冷静に考えて、リアンにはその作戦にはいささか無茶があるように思えた。
「ああ、俺もそれで文句ねえよ。」
だが何を言っても意味がないと感じると、リアンはその不安を口に出す事なくその作戦に同意する。
「それじゃ、作戦を始めましょうか。」
「おいっサー!」
「⋯⋯⋯⋯ふぅ。」
マリーナが返事をすると、レイチェルは静かに目を瞑って大きく深呼吸をする。
『いくぞ、ノア。』
『⋯⋯うん。任せろ。』
そしてそんな二人の横で、リアンとノアは黄金色の絆を紡ぐ。
「さあ、いくわよ!!」
そして再びレイチェルが目を開けると、それまでとは違う雰囲気でそう叫ぶ。
「うおおおぉぉぉぉ!!」
『風の力よ、荒れ狂う暴風を掴み、我が元に集いたまえ。』
二人が飛び込んでいくと、ノアも同時に詠唱を開始する。
『バウンド・ウインド!!』
吹き荒れる風の弾丸は二人の横を抜けてノア達から最も近い三つの脱出路を潰す。
「ぶっ飛べぇぇぇぇぇ!!」
そして魔法が三つの経路を襲うと、最後の一つに向かってマリーナが突撃する。
「⋯⋯っ、リアン。」
「⋯⋯行ったな。」
急激な魔力の低下によってふらつくノアの身体を支えながら、リアンは二人の背を見てそう呟く。
「⋯⋯うん。やる事もやったし、後は待ってるだけだね。」
ノアはそう答えると、大きく息を吐いてその場にゆっくりと座り込む。
「安全なのは願ったり叶ったりなんだけど、何もないとそれはそれで退屈だなぁ⋯⋯。」
死にかけるのは御免だが、前回、前々回と刺激が強過ぎる戦いを超えてきたリアンとしては、自分一人が楽をしていると、それはそれでもどかしい気持ちになる。
「もう解除していいんじゃない?契約魔法。」
役目を果たしたノアは未だ魔法を維持するリアンに対して、首を傾げながらそう尋ねる。
「いいや、まだ持つし何があるか分かんないし、もう少しこのままでいる。」
「そうだね。」
油断すれば一瞬で命を取られかねない、などということは先の二回のクエストで痛いほど理解していた。
だからこそ、今リアンに出来る最善はこの状態を維持することだった。
「じゃあ、しりとりでも⋯⋯っ!?」
(気配⋯⋯!)
そんなリアンの考えなど知ることもなく暇つぶしを提案すると、その直後、ノアの背中にゾクリと冷たいものが走る。
「しりとりってお前、いきなり会話の墓場じゃねえか⋯⋯ん?どうした?」
リアンは暇つぶしのチョイスに苦言を呈そうと顔を向けると、ノアのその真剣な表情を見て、思わず首を傾げる。
「リアン、近くになんかいる⋯⋯。」
ノアはその場に立ち上がって声を上げると、リアンに視線を向けながら集中力を高める。
「近くにって⋯⋯何が?」
「⋯⋯っ!!ノア!!後ろ!!」
リアンはその言葉の意味が分からず、そう尋ねるが、その答えはノアの口からでは無く、自らの視覚によって得る事になる。
「⋯⋯え?」
間の抜けた声を上げるノアの背後には、巨大な剣を振り下ろそうとする一人の大男が立っていた。
「遅いな、なにもかも。」
その言葉の直後、大剣はノアに向かって容赦なく降り下ろされる。
「⋯⋯っ、ノアァ!!」
周囲に爆風と土煙が舞い上がると、リアンは慌ててその少女の名を叫ぶ。
「くっ⋯⋯。」
その心配をよそに、爆発の中からの弾き出されるようにノアの身体が宙に投げ出される。
「⋯⋯ノア!」
「うぐっ⋯⋯。」
出血こそしていなかったものの、ノアのその表情は苦痛に歪んでいた。
「なるほど、攻撃の瞬間に自らの魔法を地面に叩きつけて回避したのか。」
それは奇しくも空中浮遊の練習中に生み出された失敗例の一つであった。
「⋯⋯だがそれでは身体の負担が大きいのではないか?」
半端な状態で地面を転がるノアに対して、男は無表情でそう尋ねる。
「ゴホッ、ゴホッ⋯⋯なんで貴方がここに?」
ノアは激しく咳き込みながら立ち上がると、本来自分達が相対するはずのない相手にそう尋ねる。
「驚いたよ、まさか少し留守にしてる間にアジトがこんなことになっていたとはな。」
「左目にキズ⋯⋯こいつまさか⋯⋯!?」
男がため息混じりにそう呟くと、リアンはその姿を見てようやくその男の正体に気がつく。
「俺の事を知ってるのか、ならちょうどいい、改めて教えてやろう。」
「名はレリオル。この森でハグレモノって呼ばれてる奴らのボスをやってるもんだ。」
「俺たちの家をこんなにしやがって⋯⋯お前ら覚悟は出来てるだろうな?」
男はそう言ってリアン達二人を一瞥して剣を肩にかける。
(ミスった⋯⋯いや、作戦自体は悪くなかった。けど色々と運が悪過ぎた。)
ノアはその瞬間、あらかじめ立てていた作戦が失敗した、と考える。
だがそれは正確には少し違った。
作戦開始時にたまたまターゲットがアジトにいなかった、そして、そのターゲットがたまたま作戦中に帰ってきてしまった、それだけの話であった。
(けどこの状況⋯⋯ちょっとマズイかも⋯⋯。)
消耗したノアとリアンでは勝ち目は薄く、かといって、マリーナとレイチェルはたった今出発したばかりですぐに帰ってくる見込みは少ない。
はっきり言って詰む一歩手前であった。
(でも、やるしかないか⋯⋯。)
「冒険者ギルド、アークから貴方達を捕獲しに来たよ。理由は聞かなくても分かるよね?」
それでもノアにはこの選択肢しか思い浮かばず、戦う選択を取ることにした。
「捕獲か⋯⋯まるで動物扱いだな。」
それを聞いてレリオルは呆れたようにため息をつく。
「動物は動物でも完全に害獣だけどね。」
レリオルの態度など気にすることもなく、ノアはいつも通りの様子でそう返す。
「なら⋯⋯獣らしく暴れてやるよ!!」
その言葉を皮切りに、レリオルは猛り狂う猛獣の如き勢いで襲いかかる。
次回の更新は十月二十一日になります。