リアンという男・2
翌日の朝、リアンは悲壮感漂う顔で街の高級住宅街を歩いていた。
「はぁ⋯⋯めんどくせえ⋯⋯。」
リアンはこの後のことを考えると、憂鬱な気分でため息混じりに足を進める。
「俺戦えるほど魔法つよくねぇぞ?」
理由は昨日知らされた午後の護衛の依頼であった。
便利グッズ程度の魔法しか使えないリアンにとって護衛の仕事なんてものは完全に畑違いもいいところであった。
「取り敢えず、午前中の仕事をしますか⋯⋯。」
「情報だと確か⋯⋯ここか⋯⋯⋯⋯って⋯⋯。」
スイッチを仕事用に切り替えて地図を確認すると、そこには巨大な外壁に囲まれた立派な門がリアンを待ち構えていた。
「でっけぇ⋯⋯豪邸じゃねえか。」
あまりのスケールの大きさに、思わず目を大きく見開いて苦笑いを浮かべてる。
「あら、早かったですわね。」
唖然としていると、門の中からではなく自らの背後から声がかかる。
声の方を向くと、そこには高そうな服を纏い、これまた高そうな日傘を差した若く美しい女性が立っていた。
「はい?⋯⋯あ、初めまして、パンダドミノのリアンです。」
即座にこの家の住人であることを察して頭を下げて挨拶をする。
「依頼したアリシアですわ。さあ、こちらへどうぞ。」
女性はそう言うと門の横に設置された石板に手で触れる。
するとその門は小さな光を放った後、ゆっくりと自動で開く。
(⋯⋯!?魔導回路を組み込んだ自動ドアってやつか。)
噂で聞いた程度の産物を目の前で見せつけられ、思わず頬が釣り上がる。
「最近、家を開けることが増えましてね。家の手入れがほとんど出来なくなってしまいましたの。」
門をくぐると、女性はにこやかに頬笑みながら自らの近況を話し始める。
「それで今回ウチに依頼したわけですね。」
それを聞いてリアンは何気ない気持ちでそう問いかける。
「ええ、荒れすぎて自分でやるのが面倒になってしまいましたの。」
「ほら、ここですわ。」
恥ずかしそうに案内された庭は想像以上の広さであった。そして、想像以上に鬱蒼と荒れ果てていた。
「⋯⋯うっ、なるほど⋯⋯⋯⋯。」
「元の写真はこんな感じですわ。ではよろしくお願いしますね。」
(⋯⋯魔法を使えば、すぐ終わるか?)
あまりの惨状に愚痴を吐きそうになるが、手渡された写真を見てなんとなく作業の道筋を立て始める。
「⋯⋯分かりました。作業を始めます。」
深くため息をついて現実を受け入れると、リアンは真剣な表情でそう呟く。
一時間後、女性が部屋の中から顔を出すと、そこには、一時間前まで草木が伸び放題であった庭が、完璧に要望通りの出来になっていたのが目に入る。
「まあ、もう終わったのですか!?」
女性は嬉しそうに部屋の中から飛び出して、器具を片付けるリアンに問いかける。
「ええ、後は落ちた葉を集めておしまいです。⋯⋯あ、少し下がっててください。」
「はい?」
リアンは一枚のビニール袋を広げると、女性に手のひらを向けてその動きを制する。
『——舞え』
短い呟きの後、リアンの周囲に柔らかな風が巻き起こり、その周囲に落ちた雑草や木の葉が舞い上がり、ビニール袋へと入っていく。
「⋯⋯よし、これで終わりです。」
周りに枝や葉がないのを確認した後、風景を写真と見比べ、そう言って女性の方を向く。
「⋯⋯⋯⋯。」
が、女性はその声に応えることなく、気の抜けた様子で立ち尽くしていた。
「えっと⋯⋯?」
リアンは全く反応のない女性を見て不安そうに首を傾げる。
「素晴らしいですわ!まさか魔法が使えるなんて!」
「はぁ⋯⋯。」
突然の絶賛に気の抜けた様子で短くそう答える。
「他にはどんな魔法が使えるのですか!?」
「他には、ですか?えーっと⋯⋯例えば。」
目を輝かせながら問いかける女性に対して、リアンは指折りで自らの使える魔法を答えていく。
「調理用の火属性魔法。」
「掃除用の水属性魔法。」
「埃を払ったり、木の葉をかき集める風属性魔法。」
「しつこい汚れには、浄化魔法。」
「あとは⋯⋯。」
そこまで呟くと、リアンは一旦言葉を詰まらせる。
「あとは⋯⋯?」
「⋯⋯あとはペットの調教用の魔法とかですかね。」
激しく食いつく女性に対して、リアンはニッコリと笑みを貼り付けてそう答える。
「素晴らしいですわ!これだけの魔法が使えるのであれば冒険者にもなれますわね!」
「⋯⋯っ!」
リアンは声に出すことはなかったが、冒険者という単語に小さく反応する。
「どうでしょう。ぜひ私の護衛など致しませんか?」
「⋯⋯辞めといたほうがいいですよ。」
女性のその誘いにリアンは俯いたままそう答える。
「あら、何故です?」
「使えると言っても火属性は魔導ライターと同程度、水属性だって雑巾一つあれば事足りる程度ですし、浄化魔法もシンク周りの錆や水垢を落とすくらいのものです。」
「風だって⋯⋯⋯⋯さっき見せた以上の出力は出せない。」
再び風の魔法を発動させ、近くの木に向かってそれを放つが、その木には軽く枝や葉が落ちる程度の変化しか起こらなかった。
「そんなに繊細な魔法操作が出来るのに?」
「こればかりは才能ですからね。それでは僕は次の仕事がありますので。」
愛想笑いでそう答えると、リアンはそう言って帰る準備をし始める。
「⋯⋯大変ですわね。ちなみに午後の仕事はどのような内容なんです?」
「近くの村までのお使いの手伝いですね。ったくこんな仕事、冒険者にでもやらせればいいのに。」
心配そうに尋ねる女性にリアンは思わず愚痴をこぼしてしまう。
「近くの村に、ですか。」
「どうかしました?」
女性は愚痴ではなく近くの村という単語の方に反応する。
「⋯⋯いえ、つい先程政府の方から城下町の周辺に強力な魔物が現れたとの情報があったので⋯⋯。」
「⋯⋯マジっすか。」
不安要素がさらに積み上がり、思わず素の口調でそう問いかける。
「既に死者も数人出てるらしいです。お仕事も大事でしょうけど、気をつけて下さいね?」
「はい。そうします。」
リアンはそれを聞いて一瞬の迷いもなく素直にその忠告を受け取る。
その日の午後、リアンは女性の忠告通り、依頼主に危険である趣旨を伝えて買い物は中止するよう説得していた。
「そんなっ!!受けてくれるって言ったじゃないですか!!」
当然、依頼主である女の子は険しい表情でリアンを責め立てる。
「いや、ですから⋯⋯本来ならお受けしても良かったんですけど、事が事だけに私共の手に余ると判断した次第で⋯⋯。」
思った以上に食い下がる女の子に、リアンは苦々しくそう答える。
「困ります!どうにかなりませんか!?」
「依頼を明日にズラすとかなら出来ますけど⋯⋯。」
あまりに必死な様子を見て、リアンはめんどくさいという感情を押し殺しながら折衷案を提案する。
「明日じゃダメなんです。明日じゃ、誕生日が終わっちゃう⋯⋯。」
「⋯⋯誕生日?」
今にも泣きそうな女の子を見て、リアンの心の中の良心がほんの少しだけ揺れ動く。
「私のおばあちゃん、今日誕生日なんです。もういい歳だし、おばあちゃんがあの村のケーキ屋さんのケーキが食べたいって。」
「⋯⋯でも⋯⋯⋯⋯。」
「もういい歳だし、来年の誕生日まで生きてるか分からないから、買ってきてあげようって⋯⋯。」
「⋯⋯⋯⋯。」
たかが一回の仕事で命の危険に晒されるなどリアンにとっては言語道断であったが、それを聞いてつい黙り込んでしまう。
「私の出せるお金じゃ冒険者の人は雇えないし、定期的に出る馬車は月に一回しか運行してないし⋯⋯⋯⋯だから、だからお願いします!!」
当然自分のせいではないのにもかかわらず、目の前で年端もいかない少女が涙ながらに頭を下げているのを見て、とてつもない罪悪感に駆られる。
「⋯⋯⋯⋯っ〜〜、分かった!分かりましたよ!受けましょう。」
ついに耐えられなくなったリアンは頭をガリガリとかきむしりながら、苦渋の決断を取る。
「っ!本当ですか!?」
「そこまで言うなら受けましょう。けど、噂の魔物は既に数人、冒険者を殺してるそうです。」
「俺に出来るのは精々目眩し程度です。危険なのは理解してて下さいね。」
嬉しそうに問いかける女性に、リアンはもしもの時の為にしっかりと釘を刺す。
「はいっ!」
少女はニッコリと笑って嬉しそうに返事をする。
(マジでめんどくせぇ⋯⋯。)
罪悪感の代わりにリアンは自らの決断を後悔するのであった。