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偉大なる父


 門を潜り、中に入っていくと、待ち受けていたのは二人も知っている人間であった。


「リアンさん、レイチェルさん、ようこそフェンリルナイツ、ギルドハウスへ。」


 そう言って二人に挨拶をしたのは、フェンリルナイツのサブマスターである女性であった。



「貴女は⋯⋯えっと⋯⋯。」



「そういえば貴方と個人的にお話しするのは初めてでしたね。⋯⋯改めて、ウェンディと申します。」



 リアンが言葉を詰まらせながらそう言うと、ウェンディは柔らかい態度で自己紹介をする。


「あ、ああ、ウェンディさんか。」


「本日は急な来訪で申し訳ありません。」


 リアンが思い出したかのように納得すると、その隣でレイチェルがクエストの時に見せた真面目な態度で挨拶を交わす。



「いいえ、大丈夫ですよ。⋯⋯⋯⋯それで、本日はどのようなご用件で?」



 挨拶を軽く流すと、ウェンディは自然な流れで二人に用件を尋ねる。



「えっと、今日は見舞いで来たんですけど⋯⋯。」


「エリンのですか?」



 見舞い、と聞くとウェンディはすぐさま二人の意図に気が付き、確認するようにそう尋ねる。


「はい。」



「⋯⋯そうですか、確かあなた方二人は彼女と個人的な関係があったのでしたね。」



「わかりました、取り合ってみますので、中の待合室でお待ちいただけますか?」



 リアンとエリン、レイチェルとエリンの関係を良く知っていたウェンディは一人で納得すると、そう言って二人を建物の中へと案内する。






「——割とすんなり入れるもんだな。警備大丈夫かよ。」



 中に入り、待合室の椅子に座らされて二人になると、リアンはそれまでの建物の警備の内容に疑問を呈する。


 人の事を言えた口では無いが、玄関からその部屋に来るまで、リアンが警備らしい警備など見ることはなかった上、誰一人人間に会わなかったため、侵入は簡単に出来そうだと感じてしまう。


 もちろん本当にすることはまず無いが。



「それはあくまで正式な理由がある場合のみよ。仮に侵入なんてしたら、そこらの泥棒なら数分としないうちに消されるわ。」



 そんなリアンの言葉を聞いて、レイチェルは軽く髪の毛を弄りながら淡々とした様子でそう答える。



「おお、怖⋯⋯。」



 リアンはレイチェルと同様、抑揚の少ない声でそう呟く。


「それに、ここにいる人間は一人残らず戦闘のプロ、例え強盗が入っても捕獲や自衛はお手の物ってことよ。」


「なるほどねぇ⋯⋯。」


 リアンから言わせれば冒険者の実力の基準はレイチェルやエリン、トールなど、トップクラスの人間である為、その他の新人などに戦闘のプロなどと言う言葉を使うのはいささか疑問を感じざるを得なかった。



「⋯⋯お待たせしました。許可が出ましたのでご案内します。ですが⋯⋯。」



 すると部屋の外からウェンディが顔を出して二人にそう通達する。



「ですが⋯⋯?」



「リアンさん、貴方は先に執務室に来ていただけますか?」



 最後の言葉を聞いてリアンが問い返すと、ウェンディは凛とした表情でそう尋ねる。



「我々のマスターが貴方に会いたがっています。」



「「⋯⋯はい?」」



 小さな部屋にリアンとレイチェルの間の抜けた声が小さく響く。






 リアンは待合室でレイチェルと分かれると、ウェンディの案内のもと、長い廊下を歩いていた。


「あの、なんでフェンリルナイツのギルドマスターさんが俺なんかを?」


「分かりません、私はただ連れて来て欲しいとしか言われていませんから。」


 リアンは前を歩きながら一言も発することのないウェンディにそう問いかけるが、帰ってきた返事は予想以上にドライなものだった。



「はぁ⋯⋯。」


(どうしてこうなった⋯⋯。)



 リアンの当初の予定ではサクッと見舞いを済ませて帰るつもりであったが、現状はその予定から大幅に外れていた。


 それどころか更なる面倒ごとの予感に、胃がキリキリと悲鳴を上げているように感じる。


「⋯⋯着きました、ここです。」


 リアンが深いため息をつくと、ウェンディはそんなリアンに軽く視線を向けた後にピタリとドアの前に立ち止まり、ドアをノックする。


「⋯⋯失礼します。リアン様を連れて来ました。」


「⋯⋯入ってちょうだい。」


 すると扉の向こうから若々しい女性の声が返ってくる。



「失礼します。」



「お邪魔しまーす⋯⋯っ!!」



 ウェンディの後ろからひっそりと部屋に入ると、リアンはその部屋の中にいた人間の顔を見て小さく目を見開く。



「トールさん!」



中には二人の人間がおり、リアンはそのうちの片方、大きな机の前に立つ男の名を呼ぶ。



「こんにちは、この前ぶりですね。」



 よく見てみると、トールの片手には複数枚の資料があり、仕事中であることが予想できた。



「ああ、元気そうで何よりだぜ。」


「それはお互い様ですよ。心配なさそうで良かった。」



 リアンが親指を立ててそう言うと、トールは柔らかい笑顔でそう返す。



「あら、思ってたより仲良しなのね。」



 すると今度は机の奥で椅子に座るもう一人の方の女性がその会話に割り込んでくる。



「⋯⋯っ。」



「初めまして、フェンリルナイツギルドマスター、クイン・ガトーよ。よろしくね。」



 リアンがそれに気がつくと、女性はその高級感溢れる黒い椅子に体重を預けながら短く挨拶をする。



「⋯⋯⋯⋯。」


(思ってたより、ずっと若いな。)



 それがリアンがクインに対して持った第一印象であった。


 リアンにとってギルドマスターというのはアリシアしか知らなかったが、全てのギルドマスターがアリシアのように若いとは思っていなかった。


 が、今リアンの目の前にいる女性は、どう見てもアリシアと同じか数個上くらいにしか見えなかった。



「リアン・モングロールです。」



「さて、そんじゃ話もしたいし二人は席を外してくれる?」



 リアンが短く自己紹介をすると、クインはパンと手を打ち鳴らしてその部屋にいたトールとウェンディにそう命じる。



「⋯⋯へ?」



 それを聞いてリアンは思わず気の抜けた声を上げる。


「⋯⋯畏まりました。」


 が、ウェンディは大した疑問を呈することもなく素直にその命令に従って小さく頭を下げる。


「どうしたんです?急に。」


 それに対してトールは不思議そうに首を傾げながらその訳を尋ねる。



「ちょっと二人で話したいことがあるの。」


(⋯⋯俺は無いんだけど。)



 クインがトールにそう答えると、リアンは心の中でそう呟く。



「⋯⋯⋯⋯了解しました。」



 トールは一度リアンに目配せをすると、小さく息を吐いてウェンディと同様にその命令を受け入れる。



「それではリアンさん、また今度。」


「ああ、ちょ⋯⋯。」



 そうしてクインに背を向けてリアンの方を向くと、リアンは不安そうな表情で見つめてくるのがトールの目に映った。



「⋯⋯大丈夫、変なことはされないはずですから。」



 そんなリアンの不安を和らげようと、トールはすれ違いざまに小さくそう呟き、そしてウェンディと共に部屋の外へと出て行く。


「⋯⋯さて、行ったわね。」


 二人が外に出てドアが閉まると、クインは小さく息を吐いて一拍おいて話を始める。



「えっと⋯⋯話したいことってのはなんなんですか?」



 早急に話を終わらせたいリアンはすぐさまクインに対してその話題を振ってみる。


「その前に、リアンくん。私が君に興味があるのはなんでだと思う?」


 リアンはその言葉の意味を少し考えた後、すぐさま答えを導き出す。


 大手ギルドのギルドマスターがリアンのような弱い冒険者に興味を示す理由、それは一つしか思い浮かばなかった。



「⋯⋯⋯⋯魔法の事、知ってるんですか?」



 つまりは契約魔法についての話であると考えると、その名前を出さず試すようにそう問いかける。



「ええ、それは聞いたわ。けど、それだけじゃ半分ね。」


「半分⋯⋯?」



 帰ってきた答えを聞いてリアンは完全に混乱してしまう。


 リアンは契約魔法以外の自分の価値など思い当たるものは何一つなかったからである。



「もう一つは貴方のファミリーネームの方よ。」



「⋯⋯っ!」



 その言葉を聞くと、リアンの表情は一気に固く険しく変わっていく。


「⋯⋯分かった?」


 その変化を見てクインは嬉しそうにニヤリと頬を釣り上げてそう首を傾げる。



「⋯⋯親父の知り合い、ですか?」



 そんなご機嫌なクインとは対照的にリアンはひどく険しい表情でそう尋ねる。



「正〜解。初めて貴方の名前を聞いた時からピンと来てたわ。」



「今まで、名前を言っても誰も反応してなかったから正直親父の知名度なんて大したことないと思ってたけど⋯⋯いたんですね知り合い。」



 レイチェル、トール、プリメラ、強さや所属を問わずその誰もがリアンの名前に反応することがなかったため、リアンは自らの父親の知名度はさほど高くないものだと思っていた。


「まあ、昔はファミリーネームまで知れ渡ってる冒険者なんて居なかったし、今の若い子は知らなくて当然よね。」


 クインの言う通り、リアンの名前を聞いたのはそのほとんどが二十代であり、ギルドマスターをしている年齢不詳のクインからしてみれば若い者なのかもしれない。



「大魔導士チェインこと、チェイン・モングロール。貴方はその息子なのよね?」



 そしてもう一度、今度は確認するようにリアンにそう問いかける。



「はい、大魔導士かは知りませんけど、俺は間違いなくチェイン・モングロールの息子です。」



 想像以上の肩書きを聞いて頬を引攣らせながら、リアンは答え合わせをするようにそう返す。



「妻子持ちとは聞いてたけど⋯⋯まさか息子まで冒険者になってたとはね。」


「それで、今日は親父の話でも聞くために俺を呼んだんですか?」


 よく分からないことを呟きながら考え込むクインに対してリアンは少しだけ不機嫌そうに尋ねる。



「いいえ、違うわ。」



「私が聞きたいのは、貴方の話よ。リアンくん。」


 そんなリアンの考えを嘲笑うようにそう答えると、クインはニヤリと妖しい笑みを浮かべる。



「はぁ⋯⋯?」






 その頃、待合室でリアンと別れたレイチェルは、奇しくもリアンと同じ心理状態に陥っていた。



(どうしてこうなった⋯⋯。)



 レイチェルはリアンがギルマスと面会している間に、先に案内すると言われると、案内役の冒険者に連れられながらリアンとは違う階の廊下を歩いていた。



(私だけじゃ気まずいからアイツを連れて来たのに⋯⋯。)



 レイチェルがもともと仲の悪いエリンの見舞いをリアンに提案したのは、二人が幼馴染であるから、と言う理由だけではなく、一番は彼女と二人になるのが気まずかったからである。


 が、頼りにしていたリアンはどこかに連れていかれ、結果的にレイチェルが思い浮かべていた最悪の結果になってしまった。


「⋯⋯着きました。こちらがエリンの病室です。」


 レイチェルは心眼を使うときなみの勢いで精神統一を試みるが、次の瞬間にかけられたその声によって一気に集中が途切れてしまう。



「え、あ、はい。ありがとうございます。」




「⋯⋯⋯⋯ふぅ。よし。」



 とてつもない勢いで動揺の声をあげながら返事をすると、レイチェルは大きく息を吐いてそのドアをノックする。



「⋯⋯ど、どうぞ。」


 帰ってきた声は動揺で震えながらも、元気そうないつもの声であった。


「⋯⋯⋯⋯。」


 ドアを開けて中に入ると、ベッドの上に座るエリンと目が合う。


「⋯⋯ひぃ!?」


 と、同時にエリンはレイチェルの顔を見て普段は聞けないような大きな声を上げる。



「顔を見て早々に悲鳴とはいい挨拶ね。」



 その反応にほんの少しだけ不快感を示しながらレイチェルは黒い笑顔を浮かべる。


「あ⋯⋯ごめんなさい。」


 エリンはレイチェルに糾弾されると、恐怖心を必死に抑えながら謝罪の言葉を述べる。


「⋯⋯あ、あの⋯⋯今日は一人で来たんですか?」


 一瞬場が静まり返りそうになると、エリンはおずおずと遠慮がちにそう尋ねる。



「アンタの幼馴染と一緒に来たのよ。まあアイツは連れてかれちゃったけど。」



「リアンも来てるんですか!?」



 エリンはそれを聞くと、表情を一気に明るくさせてレイチェルにずいっと顔を近づける。


「え、ええ⋯⋯もうすぐ来るんじゃない?」


 初めて見る彼女のそんな表情に戸惑いながらも、レイチェルはそう答える。



「ど、どうしよう⋯⋯服、は仕方ないけど、ああ!!髪がボサボサに⋯⋯!」



 すると今度は一転して慌てふためきながら自らの髪や服装を整えていく。


 ずっと眠っていたのか、髪は所々ハネており、服装もパジャマのようなものであった。



「⋯⋯怪我は大丈夫?」



 そんなエリンに、レイチェルは半分呆れた様子でそう尋ねる。



「え⋯⋯?⋯⋯は、はい。昨日起きたばっかりですけと、もうほとんど治ってます。」



 するとエリンはハッと我に返っていつも通りの調子でそう答える。


「そう、それは良かった。」


「⋯⋯ごめんなさい。私達が余計なことしてたせいで貴女に傷を負わせてしまって。」


 レイチェルは安心してホッと息を吐いた後、深々と頭を下げて謝罪の言葉を述べる。


「⋯⋯っ!」


「⋯⋯⋯⋯気にしないでください。私は無事だったし、誰も死んではいないんですから。」


 エリンは突然のその言葉に驚くが、直後に小さく笑みを浮かべ、はっきりとした口調でそう返す。


「それより、私こそごめんなさい。元々いてもいなくても変わらないのに、迷惑かけちゃって⋯⋯。」


 そして何故か謝られた方のエリンが逆にレイチェルに頭を下げる。


「いてもいなくてもって⋯⋯アンタね⋯⋯。」


(そういう自分に自信が無いところが気に入らないんだけど⋯⋯。)


 流石のレイチェルでも、この場面でそんな事を正直に言うほど非常識な人間ではなかった。


「⋯⋯とにかく元気そうで良かったわ。傷はもう塞がったの?」


 だからこそ、レイチェルはその話を辞めて話題を切り替える。


「はい、治療が良かったみたいで、傷跡も残ってませんでした。」


「そ、良かったわ。女の子の身体に傷跡なんて残ったら、アイツも凄く後悔するだろうし。」


 エリンの返事を聞いて真っ先にレイチェルの頭に浮かんだのは、リアンだった。


「そこは別にどっちでもいいんです。元々大した女じゃありませんし。」



「それに私は、アイツが無事なだけで充分ですから。」



 が、当の本人は自らの無事よりも、なによりもリアンの無事が大切であるようであった。



「アイツねぇ⋯⋯。」



(幼馴染⋯⋯か。)



 そんな言葉を聞いて、レイチェルの頭の中には複雑な感情が渦巻く。


 そしてある決意を決めると、大きく深呼吸をした後に口を開く。



「⋯⋯⋯⋯いつか聞こうと思ってたけど、今ならアイツも居ないし都合が良いわ。」



「⋯⋯⋯⋯?」


 エリンはその言葉の意味が分からず首を傾げる。




「アンタが良ければ教えてくれない?アイツの魔法と、アイツが冒険者を嫌う理由。」




 契約魔法、そしてリアン・モングロールが冒険者を嫌う理由。


 レイチェルはずっとその事について知りたかったが、本人との関係上、ずっとその事について踏み込めずにいた。


 だからこそレイチェルは、幼馴染であるエリンにその事を尋ねることにしたのである。


「え⋯⋯?」


 エリンはそれを聞いて思わず間の抜けた声を上げる。


「仲間として⋯⋯知っておきたいの。」


 〝仲間として〟など、そんな理由は建前でしかなかった。


 それでも今この場で聞いた理由は、レイチェル自身もよく分かっていなかった。


 だからこそレイチェルはこの機会を利用して知っておきたかったのである。


「⋯⋯そ、それは⋯⋯⋯⋯。」


 そんな反応をするのはレイチェルも予想が出来ていた。


「お願い。」


 だからこそ真剣な表情で念を押して頼み込むという手を打つ。


「⋯⋯⋯⋯。」


「⋯⋯分かりました。けど、このことはリアンには絶対に言わないで下さい。」


 するとエリンはレイチェルの予想通り、小さく目を伏せた後に絞り出すように彼女の望む答えを出す。


「約束するわ。」


 レイチェルは心の奥底に強い罪悪感を感じながらも、それを押し殺してはっきりとした口調でそう答える。


「⋯⋯リアンが、アイツがああなったのはいろんな理由がありますけど、一番はやっぱり、チェインおじさんの影響だと思います。」


 それを聞くと、エリンははっきりとした口調で言葉を紡ぎ始める。


「⋯⋯チェイン?」


 レイチェルはその言葉に反応すると、眉をひそめて首を傾げる。



「はい。名はチェイン・モングロール。リアンの実の父親にして魔法の師匠⋯⋯そして⋯⋯⋯⋯。」



「⋯⋯契約魔法の生みの親。」





次回の更新は八月二十六日になります。

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