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二人の力



『蒼断!!』


 レイチェルは真っ直ぐに剣を振るうと、先ほどよりも、ほんの少しだけ早く鋭い斬撃が風の刃となって襲いかかる。



「グギィ⋯⋯!?」



 風の刃は魔物の頭に衝突すると、魔物の身体が大きく後方に仰け反る。


「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯。」


 その横では、リアンが紫色の霧にやられて満身創痍の状態で立っていた。


「⋯⋯くそっ⋯⋯⋯⋯。」


 連戦に次ぐ連戦によって、もはやリアンは契約魔法を維持するので精一杯だった。


「ガアァァァァ!!」


『紅断!』


 レイチェルと魔物はそんなリアンの前で一進一退の戦闘を続ける。


「まだ⋯⋯俺が倒れる訳には、いかねえんだ!」


 右手に魔法陣を展開しながら、リアンはその時が来るのを待ち続ける。


 そしてその時は思いのほか早く訪れる。



「⋯⋯っ。」



 直後、レイチェルの身体を包んでいた水色の光が消え失せる。


 レイチェルはそれを予測できていたのか、慌てた様子もなく苦々しい顔で口元を覆う。



(⋯⋯今だ!)



 リアンも彼女と同様、なんの躊躇いもなく前に出ると、黄金色に輝く左手をレイチェルに向かって伸ばす。



『契約を解除する!』



 たとえ心眼を持ち直しても、魔法に対しての経験が浅いレイチェルでは、魔法を維持するだけで集中力を使わざるを得ない。


 ならば浄化魔法だけをリアンが担当し、レイチェルは斬撃のみに集中すれば、彼女の心眼の真価を最大限発揮できる。


 これこそが二人の作り出した勝利の為のシナリオであった。


「託すぞ⋯⋯レイチェル!」


 魔力が切れたレイチェルにリアンは自らの体に残る全ての力を込めた最後の浄化魔法を発動させる。



『クリアクラッド!!』



 目の前の敵を倒す為には二人が互いに信用し合い、最大限の協力をしなくてはならない。


 だからこそ彼女は「信じる」と言ったのだ。



「後は⋯⋯頼んだ、ぞ⋯⋯。」



 リアンは最後に焦点の合わない虚ろな視線でそう呟くと、ゆっくりと地面に崩れ落ちる。


「⋯⋯っ!」


 彼を信じ、彼に託された。ならば答える言葉は一つしか無かった。


「任せなさい。」


 瘴気にあてられて倒れ伏すリアンに背を向けたままレイチェルは最後の一撃の為に剣を構える。



 そしてその瞬間、魔力の操作の必要が消え、中途半端であった心眼が完全無欠の状態へと昇華される。



「あいにく、私もコイツも時間が無いの。だから、決着をつけましょう?」



 リアンが倒れた今、浄化がいつまで続くか分からない。急拵えて無理やり繋いだ集中がどこまで続くか分からない。



 だからこそ、次で終わらせる。



『グルアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!』



「⋯⋯これが私達・・の全力。」



 襲いかかって来る三つの頭の真ん中に視線を集中すると、今度は万全の状態で待ち構え、




『奥義——散光。』




 躊躇いもなく剣を振る。



 抜刀でも風圧でもなく、ただ真っ直ぐに振るわれたその剣戟は音すらも置き去りにして、静かに空を貫く。



「⋯⋯⋯⋯ッ!?」



 魔物は呻き声すらあげる暇もなく真っ二つに両断されると、それまで周囲に漂っていた闇の瘴気は霧散していき、周囲に夥しいほどの鮮血が飛び散る。



「ぷはっ⋯⋯⋯⋯。」



 その瞬間、強引に繋いだ心眼の効果が切れ、完全に無力化したレイチェルは大きく息を吐きながら半ば無意識に倒れ伏すリアンの元へと歩み寄る。



「はっ、はっ⋯⋯任務⋯⋯完了。」



 リアンの真横までたどり着くと、息を荒らげながらそのままドシャリと乱暴に硬い地面へと倒れ込む。


「⋯⋯っ!」


(もう限界みたいね⋯⋯。)


 身体が動かない、どうやら痛みを与える為に受けた傷が想像以上に深かったようだ。


 夥しく流れ続ける鮮血は、間もなくして彼女の周りに巨大な血溜まりを作り出す。



「ねぇ⋯⋯勝ったわよ。⋯⋯って、聞いてる訳ないか⋯⋯。」



 震える手をリアンに向かって伸ばすと、レイチェルは小さく微笑みながらそう呟く。



(やば⋯⋯意識、が⋯⋯飛んでく⋯⋯。)


「まあ⋯⋯いっか。」


 程なくして彼女の視界は真っ暗な闇の中へと消えていく。







 同時刻、リアンとレイチェルの二人が倒れた地点から百メートルほど離れた場所では、それまで煌々と輝いていた水色の光が、徐々に小さくなっていた。


「治療⋯⋯完了⋯⋯。」


 巨大な大樹の上で、エリンの治療をしていたプリメラは額に滲ませた汗を拭いながら、大きく息を吐いてそう呟く。


 すると、周囲に広がっていた水色の光は、ゆっくりと身体の中へと吸い込まれ、程なくして完全に消え失せる。


「まさか、本当に成功させるとは⋯⋯。」


 エリンを挟んだその正面で、治療のサポートに徹していたトールは、プリメラと同じく疲労感を滲ませながら目の前の冒険者が成し遂げだ行為に驚嘆する。


「単純にこの子の生命力が凄かっただけだよ。」


 改めてプリメラがエリンの顔を見ると、その表情は先程までとは違ってとても穏やかなものになっていた。


「まあ難しかったのは変わりないけど⋯⋯っとと。」


「大丈夫ですか!?」


 オーバーに反応するトールに軽く謙遜しながら立ち上がろうとするが、途端に両膝の力が抜けて身体がフラつく。


 倒れそうになる身体をトールに支えられながら頭をダラリと垂れると、その艶のある桃色の髪からポタリと汗が滴れる。


「うん、大丈夫大丈夫。それにしても⋯⋯。」


(予想以上に消耗が大きかった⋯⋯調子が悪かったってのもあるけど、完全に準備不足だった⋯⋯。)


 プリメラはニッコリと強がってみせるが、自身のミスをはっきりと自覚し、小さく歯を食いしばる。


「こりゃ、バレたらこってり怒られそうだなぁ⋯⋯。」


 そしてすぐに連れの二人の顔を思い出すと、徐々に苦々しい表情を浮かべる。


「ところでトールさん、疲れてるところ悪いんだけど、もう一つ頼まれてくれない?」


「なんですか?」


 プリメラがパッと表情を切り替えてトールへ振り返ると申し訳なさそうにそう呟く。


「リアンと、レイチェルちゃんを助けに行って欲しいの。」


「助けに⋯⋯ですか?」


 強力な契約魔法の使い手であるリアンと、剣豪姫と評される程の剣の腕を持つレイチェルのコンビならばそうそう負けることはないと高を括っていた為、トールは当然そんな必要は無いと考えていた。


「二分くらい前に、近くにあった大きな気配が消えた、同時に二人の気配も少しずつ弱くなってるの。」


「ほ、本当だ⋯⋯。」


 トールはプリメラに指摘されて始めて周囲の気配を辿ると、その言葉の意味をすぐに理解する。


「やっぱり気付いて無かったんだ⋯⋯。」


 プリメラは小さく苦笑いを浮かべるが、トールが気が付かなかったのは無理も無かった。


 そもそも重傷者の治療をしながら周囲の気配まで警戒するなどという芸当はプリメラだからこそ出来るのであり、他の人間がやろうとしてもそうそう出来るものではない。


「ということは、成功させたのですね?」


「そんで二人も動けなくなってると思う。相当無茶したんだろうね。」


 二人の性格を顧みれば、現在彼らが置かれている状況など容易に想像出来た。


「私はしばらく動けなさそうだからさ、助けてあげて。」


「わ、分かりました。」


 プリメラが再び腰を落としてその場にへたり込むと、トールは戸惑いながらも二人のいる方向へと歩みだす。


「⋯⋯っ、待って!!」


「⋯⋯っ、これは⋯⋯!?」


 が、トールの足は、プリメラの声によってピタリと止まる。



「「「⋯⋯⋯⋯ッ!!」」」



 見渡すと周囲には大量の蜂型の魔物が三人を取り囲むように草陰から飛び出してくる。



「マジか〜⋯⋯。」



 二人が気配を探っていたのにもかかわらず、ここまでの接近を許したのは三つの理由があった。


 一つは魔物一体一体の力や気配がそれほど大きくなかったから。


 二つ目は魔物達自身が狩りをするために意識的に気配を断っていたため。


 そして三つ目は純粋に二人の注意が遠くにあるリアンとレイチェルに向いていたため。



「⋯⋯⋯⋯ん?」



 だが、襲い来る魔物たちと同時に、プリメラはある事に気がつく。



「迎撃します⋯⋯!!」



「⋯⋯ううん、トールさんは早く行って。」


 そして魔法を展開させながら魔物の群れに構えるトールを止める。


「しかしっ⋯⋯!」


 どう見ても戦闘不能の二人をおいていけるような状況では無かった。



「大丈夫、大丈夫だよ。」



「「「⋯⋯ッ!!」」」



 トールはそんなプリメラの言葉を次の瞬間に理解する。





『——消し炭になれ』



 トール達を円状に取り囲みながら襲い来る魔物はその詠唱と共に発生した爆炎に呑まれると、そのほとんどが原型を止めることすら出来ずに灰となって地面に落ちる。



「⋯⋯っ、これは!?」



「ほらね。」



 その光景を見てプリメラはまるで全て分かっていたかのように得意げにそう呟く。


 その直後プリメラ達のさらに上の枝から、一人のガラの悪い男が顔を出す。



「⋯⋯帰還だ、プリメラ。」



 男はプリメラの顔を見ると、涼しい表情でそう言い、スタスタと歩み寄っていく。



「⋯⋯そっちはもう終わったんですか?」



 プリメラは両膝をつきながらその男、ヴォルグの姿を見上げて問いかける。



「ああ、シェアトの探査魔法レーダーになんも掛からなくなった。」



 トールにはその言葉の意味はよく分からなかったが、会話の内容的にシェアトという男が探査魔法の使い手である事、そしてそれはヴォルグが認めるほどの力を持っていた事まで想像する。



「てことは任務完了ですか?」



 ヴォルグのみならずプリメラの口ぶりから鑑みても、どうやらシェアトの探査魔法は相当の高い精度を誇っていることが想像出来た。



「ああ、探査魔法をすり抜けられるような魔物がいれば別だがな。」



 皮肉っぽく呟くヴォルグの言葉を聞いてプリメラはいくつかの探査抜けの方法を考えてみるが、そもそもそんな芸当は人間でもできる者は限られている。まして人間よりも身体が大きく、魔力の操作が下手な魔物にそんな能力が備わっている可能性など無いに等しかった。



「⋯⋯んで?何があった?」



 ヴォルグが間を空けて話を区切り、そう問いかけると、プリメラはほんの少しだけ目を見開いた後、落ち着いた様子で口を開き始める。



「⋯⋯出し惜しみました。」



「⋯⋯この、アホ野郎が。」



 返ってくるその言葉を予想していたヴォルグは乱暴に頭を掻きむしった後、吐き出すようにそう呟く。



「むぅ、自覚してますよぅ。」



「——まったくだ。」


 わざとらしく頬を膨らませて不貞腐れるプリメラの声に被せるように、後ろから透き通った男の声が聞こえてくる。



「あ、シェアトさん。」



「数少ない討伐の依頼で手抜き、あろうことか味方もろとも危機に陥るとは、いささか自覚が足りてないようだな。」



 プリメラが声の主の名前を呼ぶと、男は背後にパーティーメンバーと思われるフェンリルナイツの冒険者を連れて、あからさまに機嫌の悪そうに眼鏡をかけ直す。



「分かってます。相応の罰は受けるつもりです。それよりも今はリアンくん達を。」



 プリメラはシェアトの言葉を素直に受け取ると、リアン達の救助に行くよう頼み込む。



「ああ、そのことならもう解決した。」



「ここに来る途中に倒れている二人を回収し、今はフェンリルナイツが治療をしている。」



 シェアトはその細い指で眼鏡を持ち上げると、淡々とした態度であくまで業務的に説明をしていく。



「⋯⋯二人の容体は?」



「片方は瘴気に当てられただけ、もう一人は重症ではあるが命に別状はないそうだ。」



「⋯⋯そうですか。」



 プリメラは全てを聞き終えると全身から力が抜けたように内股のままその場にへたり込む。



「——エリン、トール!」



 すると今度は彼らがいる巨木の下の方からフェンリルナイツの二人を呼ぶ、ウェンディの声が聞こえてくる。



「⋯⋯っ、ウェンディさん。」



「無事ですか!?」



 ウェンディは彼らのいる木の枝の位置まで魔法で一気に飛び上がってくると横たわるエリンとトールの姿を見て慌てた様子で問い詰める。



「ええ、彼らのおかげで。」



「⋯⋯そうですか。」


 ウェンディは、トールの発言と自らの視界から得た情報を整理すると、落ち着きを取り戻して小さくため息をつく。



「プリメラ、経緯を説明をしろ。」



 それを見ていたシェアトは小さなため息をつきながらプリメラに指示を出す。


「魔物に襲撃を受け、エリンちゃんが攻撃を食らって戦闘不能に陥り、私とトールさんの二人がかりで治療を開始、治療中の隙を突かれないようアークの二人には囮を頼んでいました。」


 プリメラは座り込んだ姿勢のまま、自分たちに起こったことをありのままで説明する。


「そうですか、それはご迷惑を⋯⋯。」


「いえ、問題ありません。」


 ウェンディが礼を言おうとすると、シェアトはほとんど表情を切り替える事なくその言葉を遮る。


 何より原因の一端がプリメラの力の出し惜しみにあるのであれば、なおさらその言葉を受け取る必要もなかった。



「それで、周囲の敵は?」



 ウェンディは話の腰を折られながらも、淡々と次の話をシェアトに振る。



「そちらの方も問題ありません。先程私の探査魔法で周囲を確認しましたが、残っていたのは通常種ノーマルのみでしたので。」



「そうですか。では、今回のクエストはこれで終わりですね。」


 通常種の魔物が決して人間に危害を加えない訳では無かったが、今回の場合環境の保全という観点から考えれば多少の現生種は残しておくべきだった。



「ええ、それでは私達は帰らせて頂きます。」



 現場の責任者であるウェンディが出した結論を受け入れると、シェアトは再び眼鏡を持ち上げて時間を確認するように小さく天を仰ぐ。



「もうですか?」



「はい、目標を達成できれば長居は無用、あなた方のお仲間もすぐに来るでしょう。」



 トールが驚いたような態度で問いかけると、シェアトはクルリと振り返ってプリメラの方へと視線を向ける。



「プリメラ、一人で立てるか?」



「はい、なんとか。」


 そう答えたプリメラの立ち上がる姿は、不安定にフラフラ左右に揺れていたが、他の二人はそんな事など気にする事もなく前を向く。



「よろしい、では帰還する。」




「「了解ラジャ」」



 シェアトの言葉に反応して、ヴォルグ、プリメラの二人は平坦な声色でそう答えると、三人は巨大な枝の上から飛び降りて森の奥へと消えていくのであった。






次回の更新は八月四日になります。

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