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灯る光



「グルアァ!!」



 リアンがレイチェルに指示を出すと、魔物は真っ先にリアンに向かって衝撃波を放つ。



『紅断!!』



 すかさずレイチェルはリアンの前に飛び出して、剣圧で攻撃を相殺する。



「うおっ⋯⋯!?」



 リアンは先程と何も変わることなく、避けることすら出来ずに巻き上がる暴風にただひたすら目を細めていた。



「ボサッとしないで!次来るわよ!!」


「言われなくとも、逃げるよ!!」



 レイチェルに怒鳴りつけられて我に帰ると、リアンはそう言って魔物との距離を取る。


「グルル、ゴアァァァァ!!」


「「⋯⋯っ!?」」


 魔物は大きく息を吸い込むと、三つの頭から同時に紫色の煙を吐き出す。



「これってさっきの⋯⋯?」



「離れて!吸っちゃダメ!!」


 リアンの鈍い反応を見て、レイチェルはリアンの腕を引いて魔物から距離を取る。



「ちょっ⋯⋯!?」



 二人は草むらの中へと飛び込んで身を潜める。


「⋯⋯さっきの奴も使ってたから、そこまで驚きはしないけど⋯⋯これじゃ近付けない。」


 見ると三つの頭の真ん中の頭は今もなお瘴気の霧を発し続けていた。


 つまりこれでは先程のオルトロスに使った策は通用しないのである。



「⋯⋯そういや、闇の瘴気ってなんなんだ?」



「知らないわよ、有毒のガスかなんかじゃないの?」


 レイチェル自体、この霧のことはあまり深くは理解していなかった。


 だからこそ曖昧な返事を返してしまうが、リアンはリアンでもう一つの考えが頭を過っていた。




「それなら俺の浄化魔法でどうにかなるんじゃねえのか?」



 プリメラが相殺していたのは見ていた。ならば同じ魔法が使える自分にも同じことが出来るのではないか。と、そんなことを考えていた。



「浄化、ね。」



 それを聞いたレイチェルは小さなため息混じりに呟くと魔物から視線を外すことなく口を開く。



「⋯⋯アンタの出力でどうにか出来るの?」



 そもそもこんな広範囲に広がる闇の力を相殺するなど、イスタルトップクラスの魔力を持つプリメラだからこそ出来た芸当であり、彼に同じことが出来るかと聞かれれば、それは不可能と言わざるを得なかった。



「それは⋯⋯。」



 何より問題はそれだけではなかった。


 ただでさえ消耗の激しい浄化魔法と契約魔法を併用などしてしまえば、間違いなく数秒と持たないだろう。



「グギャ!!」



「チッ⋯⋯。」



 そんな思考を遮るように魔物は二人に向かって衝撃波を放つと、レイチェルが再び剣を構えて前に出る。



『紅断!!』



(考えろ⋯⋯なんか無いか?時間も体力もほとんど残ってない。)


(やるなら短期決戦、どうやってひっくり返す⋯⋯?)



 現時点で、リアンは目の前の敵に対して何も出来ない。だからこそ頭をフル回転させて打てる手を探っていく。


 そしてその結論は思いのほかすぐに出すことが出来た。



「⋯⋯あった。」



「おい。」



 小さく呟いた後にすぐさま目の前で剣を構えるレイチェルに向かってそう叫ぶ。



「何よ!いま忙しいの!」



 余裕のないレイチェルはあからさまに機嫌の悪そうな態度で返事をする。



「やっぱ、浄化魔法だ!」



「だっ、から!!アンタのへなちょこ魔力じゃ意味ないっての!!」



 ただでさえ集中力が切れかけ、なおかつ圧倒的に不利なこの状況で、通用しないことが分かりきっている策をもう一度提示されれば、当然こんな反応になるのは分かっていた。


「だから撃ち方を工夫すんだよ!」


 だが折れずにリアンは怒鳴り返すようにレイチェルに向かってそう叫ぶ。


「はぁ?」


「何もこの霧を全部浄化する必要はねぇ。極論言えばお前の周りの霧だけ浄化すれば良いんだ。」


 もっと言えば、彼女の口と鼻の周りだけを浄化すればいいのである。


「だから何を⋯⋯⋯⋯っ!」


 レイチェルは再び問い返そうとすると、その途中でようやく彼の言葉の意図を理解してピタリと止まる。


「心当たりあるだろ?初めて会った時にやったやつだよ。」


「なるほど⋯⋯アンタにしてはいい案じゃん。」


「だろ?」


 二人の意思が一致すると、同時にニヤリと挑戦的な笑みを浮かべる。


「詠唱を教えなさい。時間も無いんでしょ?」


「詠唱は俺がする、お前はいつでも発動できるようにだけしててくれ。」


 互いに限界が迫っている今、教えている時間などない。


 ならば詠唱部分をリアンが担当するのは、理にかなった判断であった。


「分かったわ。」


 それを彼女自身も理解していたからこそ、その言葉に素直に従う。


「じゃあ、やるぞ。」


「ええ!」


 リアンがレイチェルに向かって両手を伸ばすと、レイチェルも剣を構えながら魔法を発動させる準備を始める。




『——闇を滅する浄化の力よ。』




『——その聖なる力を以って邪なる影を祓いたまえ!』




『『クリアクラッド!!』』




 二人が同時にそう叫ぶとレイチェルの身体から水色の光が溢れ出す。



「⋯⋯⋯⋯よし!いける!」



 レイチェルはそれを感じ取ると、ニヤリと笑って剣を構える。



「時間がねぇ、秒で決めてこい。」



 問題なのはレイチェルの方の魔力であった。


 現在、彼女の身体には契約で上乗せしたリアンの分の魔力しかない。


 二度戦闘を超えた今、彼女の魔力もそう長くは持たないのは明白であった。



「命令⋯⋯すんな!」



 レイチェルは小さなため息の後、そう叫びながら走り出す。



「ガアァァァァ!!」



『紅断!』



 正面から迎え撃つ魔物の攻撃を強引に遮断すると、そのまま闇の瘴気を切り裂きながら一気に距離を詰める。



「突っ込め!」



『華鳥!』


 レイチェルは魔物の真下へと入り込むと真っ直ぐに切り上げる。


「グッ⋯⋯!?」


 魔物の身体は大きく浮き上がるが、付けられた刀傷は思いのほか浅かった。



「固いっ⋯⋯!」



『蒼断!』


 すかさず斬撃を飛ばすが、やはりその攻撃は効果的にダメージを与えているようには見えなかった。



(効いてはいる⋯⋯が、入りが浅い。)



 リアンはそれを見て冷静に分析を始めると、すぐにその異変を感じ取る。



「くそっ⋯⋯もっと⋯⋯もっと強く⋯⋯!」



 確かに闇の瘴気の対策は出来ていた、がそれと引き換えに、今度は心眼が切れかけていたのである。



「⋯⋯そういうことか⋯⋯⋯⋯!」



「レイチェル!雑念を消せ!集中し直すんだ!」


 彼女の心眼は集中力によって成り立っている、ならばもう一度集中状態に入るしか道がなかった。



「分かってる!話しかけないで!」



 が、レイチェル自身も当然それを分かっていた。分かっていたからこそ、その焦りが更に彼女の集中力を奪っていく。



「⋯⋯っ!」



(ダメだ⋯⋯このままじゃ悪循環だ。)



 集中するように促せば、その声で集中力が欠けていき、さらに動きのキレが無くなっていく。


 だからこそ、リアンはある決断を下す。



「レイチェル!!」



「っ、何よ!!」


 リアンの投げかける言葉に、レイチェルは冷静さを失っているのか、絶叫するように問いを返す。




「逃げるぞ!」



 そんなレイチェルの迫力に負けることなく、リアンはそう言って敵に背を向けて走り出す。



「はぁ⋯⋯!?」


「このまま続けても二人とも死んで終わりだ。最初の目的を思い出せ!!」



 多少乱暴な策ではあるが、話が聞けない状況であるなら、強引に戦闘から引き剥がすしかなかった。



「⋯⋯っ!」



 案の定リアンの策は上手くいき、少しずつレイチェルの表情に冷静さが戻っていく。



「これじゃダメなのは分かってるだろ?」



「⋯⋯⋯⋯。」



 それを聞くと、レイチェルは黙って魔物から距離を取りながらリアンの後ろをついていく。



「⋯⋯分かってる⋯⋯分かってるわ。」



 レイチェルは噛みしめるようにそう呟くと自らの拳を血が滲み出るほど強く握りしめる。



「アンタの契約魔法も、私の心眼も、今の状況じゃアイツを倒すには及ばない。」



「コンディションが万全なら余裕なんだがな。」


 背後から聞こえてくる心底悔しそうな声を聞いて、リアンは小さくフォローを入れる。


 もっとも、それはお世辞や気を使っている訳ではなく、紛れもない事実であった。



「アイツを倒すには⋯⋯もう少しアンタを信用しなきゃダメみたい。」



 余程嫌であったのか、レイチェルはその言葉を口に出すだけでも不快感を露わにしてしまう。



「⋯⋯ようやく落ち着いたらしいな。」



「策があるわ。手伝って。」


 それでも、リアンは幾分状況がまともになった事を感じる。


 ニッコリと安心した笑みを浮かべて問いかけると、レイチェルは既に次の手を考えていた。



「なんだ?」



「私に出来ることは心眼コレしかない。けど、継続して使い続けたせいでもうほとんど切れかかってるわ。」



 乱暴に片目を押さえつけながら、レイチェルは吐き出すようにそう呟く。



「だから技の入りが浅かったんだろ?」



「ええ、けど一時的にその集中力を上げ直す方法があるの。」



「そんなのあるならさっさと使えよ!」



 それを聞いてリアンは小さな怒りを込めてそう叫ぶ。



「今思いついたのよ。」



 その様子を見てレイチェルはなぜかそれと張り合うように言葉を返す。



「⋯⋯それ信用できんのかよ?」



 あまりに無謀なその提案に、リアンは苦々しい笑みを浮かべる。



「理論上は可能⋯⋯のはず。」



 それでもレイチェルは真剣であった。



「私の心眼は平たく言えば超集中状態。切れかかってるってのはつまり気が散ってきたってこと。」



「だったら敵に集中せざるを得ない状態に強引に持っていけば済む話なの。」



「お前⋯⋯何する気だ?」



 彼女のその言い草に、リアンは思わず違和感と恐怖を感じてしまう。


 そんな方法があるのなら、最初からやればいい。が、ここまでやって来なかったことや、これほどまでに覚悟の篭った口調を聞いて、今からやろうとする事がいかに危険な事なのかを察する事が出来た。



「⋯⋯大丈夫。」



 それでもレイチェルは短く自分自身に言い聞かせるようにそう呟くだけであった。



「何が大丈夫なんだよ!」



 リアンは思わずその場で立ち止まって彼女の胸ぐらを掴みそう尋ねる。



「アンタがしっかりやれば、死にはしない。」



 既に覚悟が決まったレイチェルは冷静な態度で短くそう答える。



「⋯⋯っ。」



 その答えを聞いてリアンは思わず何も言えずにその場で黙り込む。


 彼女の口から自分に対して、そんな言葉が投げかけられる事など一生ないと思っていた。



「私も信じる、だから⋯⋯マジで預けるわよ私の命。」



「⋯⋯ああ、分かったよ。任せろ。」



 自分の事が嫌いで堪らない彼女に、そこまで言われてしまえば、もはや断る事など出来なかった。


 渋々ではあったが、それでもリアンは確かに頷いた。



「グルル⋯⋯⋯⋯。」



「下がって、5⋯⋯いや10メートル。」



 立ち止まっていたおかげて、丁度いいタイミングで魔物が現れると、レイチェルは剣を抜いてリアンにそう促す。



「分かった。」



 リアンは素直にその命令を聞いて小走りで後方に下がる。



「グルアアアァァァァ!!」



 魔物が二人に襲いかかってきた瞬間、レイチェルはゆっくりと目を瞑って深く息を吐く。



「すぅ⋯⋯⋯⋯。」



(心眼を⋯⋯解除した!?)



 彼女の目から光が消え、纏っていた強者のオーラが消え失せる。



「アアアアアァァァァ!!」



「ぐっ⋯⋯!」


 三つの頭のうちの一つが、彼女の身体を咥えこむと、鋭い犬歯をその柔肌に食い込ませながら勢いを殺す事なく後方の岩へと衝突する。


「⋯⋯っ、レイチェル!!」


 土煙の中へと消えていくレイチェルを見て、リアンは思わずその名を叫ぶ。



「⋯⋯⋯⋯。」



 しかし、満身創痍の中でも、レイチェルの目はまだ死んではいなかった。


 むしろこれこそが彼女の狙いであった。



『蒼断⋯⋯!!』



「グガッ⋯⋯!?」



 超至近距離で放たれた斬撃は、彼女に食らいつく魔物の身体を大きく後方へと吹き飛ばす。


「んなっ!?」




「⋯⋯まだ、終わらない。」




 集中出来ないのであればそうせざるを得ない状況にすればいい。


 例えば自らの身体に強力な痛みを与えて、雑念をかき消すように。


 長くは持たない、が、その痛みは確かに彼女の身体に再び戦いの炎を灯す。


 横も後ろも、防御も捨てて、ただ一点、敵のみに全神経を集中する捨て身にして最後の技。




 心眼——七断の型。




「これが正真正銘、私の切り札よ。」




 滴る鮮血すら気にもとめず剣豪姫は再びその刃を強く握り締める。


次回の更新は七月二十九日になります。

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