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プライドと覚悟と後悔


 魔物と向かい合い、真っ先に仕掛けたのはプリメラとトールの支援組の二人であった。



『ホーリーシャイン!!』



『コール・オブ・サンダー!!』



 迅雷と閃光、二つの光が降り注ぐと、周囲に土煙が舞い上がる。



「どうだっ⋯⋯!?」



 プリメラはいつもの可愛らしい口調とは全く違う真剣な雰囲気で煙の中を覗き込む。



「いえ、ダメです。」



 煙が晴れると、その先にいた魔物は傷ひとつ付いておらず、余裕のある動きで立ち尽くしていた。



「もうっ!硬すぎる!」



 それを見てプリメラは小さく歯噛みして愚痴を吐き捨てる。



「⋯⋯他二体、やっぱり近付いてます!」


 その後ろではエリンが目を瞑りながら周囲の気配を探り、四人にそう伝える。



「ちっ⋯⋯レイチェル!契約するぞ!」



 切迫した状況にリアンは改めてレイチェルに向かって手を伸ばしながらそう言う。



「要らないって言ってるでしょ!」



 しかしレイチェルはそれでもなお、契約を拒み、リアンに対して怒号を飛ばしながら拒絶する。



(こんな奴⋯⋯私一人で⋯⋯。)


 そしてそのまま精神を集中させようと目を瞑るが、原因不明の焦りとリアンに対する苛立ちから心拍が定まらず、上手く集中状態に入ることが出来なかった。


「⋯⋯⋯⋯。」


 暴れる心臓を必死に抑え込もうとするが、意識する度にその心音は跳ね上がっていく。


 そして、そんなレイチェルを魔物は放ってはおかなかった。



「⋯⋯ッ!!⋯⋯⋯⋯ッ!!」


 目を瞑り、隙だらけのレイチェルに向かって、魔物はその前足を突き立てて振り下ろす。


「ちっ⋯⋯。」


 レイチェルは軽々と回避してみせるが、心眼の状態に入ることは出来なかった。



(集中出来ない⋯⋯これじゃ心眼も使えない⋯⋯!)


 焦りや苛立ちもあったが、何より集中するのに要する時間が足りなかったのが一番の理由であった。


 敵の方がそうさせてくれる時間をくれなかったのである。



「なら⋯⋯!」



(このままでいく!)


 そう言って覚悟を決めると、改めて剣を構えて真っ直ぐに敵を見据える。



「レイチェルさん、そっち行きました!」



 魔物はレイチェルに向かってベタベタとした糸を大量に吐き出す。



紅断あかだん!』



 レイチェルは小さく飛び上がり、地面に向かって剣を振ると、その風圧が真空の壁となってその糸の攻撃を阻む。


 そして、そのまま間を空けることなくレイチェルは次の手を打つべく剣を構え直す。



『飛剣術——蒼断あおだん!』



 地面に足がついた瞬間にもう一度魔物へ向かって剣を振ると、その風圧が今度は風の刃として魔物へと襲いかかる。



「⋯⋯クッ⋯⋯カ⋯⋯!?」



 風の刃は魔物の頭にぶつかるとその硬い甲皮に小さく切れ込みが入ってそこからじんわりと血が滲み出す。



「カカキカッ⋯⋯!!」



 それでも魔物は怯みながらもレイチェルに向かって鋭利な前足を突き立てる。



「遅い⋯⋯。」



(攻撃は当たるし、回避も出来る⋯⋯⋯⋯このままでも充分やれてる。)


 それを難なく回避しながら、レイチェルは冷静に状況の分析を始める。



「カカカカカカッ!!」



 そうしていると突然、魔物が奇声をあげながら体を震わせる。


 しばらく見ていると魔物の胴体からその甲殻を突き破って新たな足が飛び出して、八本の足が倍の数まで増える。



「足が増えやがった!」


「レイチェルちゃん!」



 そしてそのまま発生した足をレイチェルに向かって突き立てる。



『第一抜刀術——』



 対するレイチェルは動揺することもなく、真っ直ぐに敵を見据えて剣を鞘へと収める。




『華見裂!』



 レイチェルは身体を回転させながら剣を抜くと、襲いくる十を超える鋭利な足はその剣によって一本残らず弾き飛ばされる。



「受け流したっ!?」



「勝てる⋯⋯!ここで決める!」



『第二ばっ⋯⋯っ!?』



 一気に勝負を決めようと前に出た瞬間、レイチェルの足はピタリとその動きを止めてしまう。



「しまっ⋯⋯!?」



 足元を見ると、先程魔物が吐き出した粘着質な蜘蛛の糸が自らの足を捉え、その動きを拘束していた。



「⋯⋯カカカッ、キィ⋯⋯!!」



 魔物はその隙を逃す事なく再びレイチェルに向かって全方位から鋭い足を突き立てる。



「このっ⋯⋯華見裂!!」



 レイチェルは足元の糸を切り裂くと、慌てて技を切り替え、回転しながら先程と同様に斬撃を放つ。



(⋯⋯一度距離をとって⋯⋯⋯⋯。)



 魔物の足が再び弾かれると、レイチェルはその隙をついて後方へと引き下がる。



「追撃するよ。」



「はい!」


 そしてそれと同時にレイチェルと入れ替わるようにしてトールとプリメラが魔法を展開する。



「⋯⋯っ、リアンくん!!」



 魔物はレイチェルから狙いを外すと、その隣にいたリアンへと狙いを切り替える。



「⋯⋯ちっ。」



(⋯⋯今度はこっちかよ!?)


 あまりの速さに何も出来ず、役に立つはずもない安物の剣を構えることしか出来なかった。



「⋯⋯ッ!!」



「リアン!!」


 魔物の攻撃がリアンへと襲いかかるその瞬間、彼の身体は真横へと押し出される。



「んなっ⋯⋯!?」



 衝撃を受けた方向へと視線を移すと、そこには自分へと手を伸ばすエリンの姿が見えた。



「ぐっ⋯⋯!?がはっ⋯⋯!!」



 そして、リアンを突き飛ばしたことで、彼が受けるはずだったはずの攻撃をエリンが代わりに食らってしまう。


 剣のように鋭利な爪は、彼女の纏った服を貫き、その脇腹を抉るように突き破る。



「エリンちゃん⋯⋯!?」



 脇腹と、口から夥しい量の血を撒き散らしながら転がっていくエリンを見て、プリメラは慌てて駆け寄っていく。



「⋯⋯っ、この⋯⋯!!」



『ボルテージボルト!!』



 トールは動揺した状態でありながらも、追撃を仕掛けようとする魔物に、冷静に電撃を放ち牽制する。


「カカカッ⋯⋯!?」


「エリンッ⋯⋯大丈夫かっ!?」


 トールは魔物が怯んだ隙に、彼女のいる方へ視線を移しながら厳しい口調でそう尋ねる。



「お前⋯⋯なんでっ!?」



「ちっ⋯⋯⋯⋯治療する!」


 呆然とした様子で彼女の顔を覗き込むリアンの横で、プリメラは小さく舌打ちをした後、傷口に回復の魔法を発動させる。



「リ⋯⋯アン⋯⋯大⋯⋯丈、夫?」



 エリンは虚ろな目でリアンの顔を見つめると、開口一番彼の身体の心配をする。



「なんで、俺なんかを⋯⋯。」


 リアンは抜け殻のような表情で声を震わせる。


「すぐに逃げます!!私が目くらましをしたらすぐに退いて下さい!!」


 トールは両手で空気を包み込むように構えると、他の四人に向かってそう叫ぶ。



「二人とも!目瞑って!!」



 プリメラはすぐさまトールの言葉の意図を汲み取ると、リアンとレイチェルに向かってそう叫ぶ。



「なっ⋯⋯ん⋯⋯⋯⋯。」



 が、当のリアンはそんなことなど聞いてはおらず、完全に放心状態になっていた。



「もうっ⋯⋯!」



 プリメラは吐き捨てるように小さくそう言うと、目を閉じて強引にリアンに覆い被さる。



『スパークショットグレネード!!』



 次の瞬間、掌から高圧の電力が流れ、辺りに強烈な選考が迸る。



「⋯⋯⋯⋯ッ!?」



 突如目の前で眩いほどの閃光が迸り、魔物は一時的に視力を失ってその場で暴れ出す。



「レイチェルちゃん、エリンちゃん担いで!!リアンくん、走るよ!」



 光が消えると、プリメラは二人に向かって指示を出す。


「ちっ⋯⋯。」


「くそっ⋯⋯。」


 二人は苛立ちを隠すこともせず立ち上がると、レイチェルはエリンを抱え上げ、リアンはプリメラに手を引かれながら走り出す。








 魔物から背を向けてしばらくの間走っているとリアン達は大きな大樹を見つけ、その樹の中で太めの枝を探して隠れる事にした。


「⋯⋯なんとか逃げ切れたわね。」


 軽く息を切らしながら、レイチェルは樹の幹に背をついてズルズルと腰を落とす。


「はっ⋯⋯はっ⋯⋯。」


「プリメラ、どうだ?」


 リアンはその隣で膝をつきながら荒々しい息でエリンの治療をするプリメラに問いかける。


「話しかけないで⋯⋯今血を止めるので精一杯なの!!」


 プリメラは真剣な表情で、自らの手に浄化魔法を発動させると、その手を傷口に突っ込んで患部に直接魔法を施す。



「⋯⋯リ、アン⋯⋯。」



 エリンは血を失いすぎた影響で、顔を真っ青にしながら、吐血混じりにリアンの名を呼ぶ。



「貴女も、喋らないで。傷が開く。」



 そんなエリンに、プリメラは厳しい口調で黙るように促す。



「リアン⋯⋯手、握って?」



 それでもエリンはリアンの名前を呼ぶと震えた手を真っ直ぐに伸ばす。



「あ、ああ⋯⋯これでいいか?」



 もはやどうしていいのか分からないリアンは、彼女の震えた手を両手で包み込むように握り返す。



「⋯⋯うん。」



 するとエリンは安心しきった表情でニッコリと笑って、その意識を手放す。



「⋯⋯トールさん、どのくらいかかりそう?」



 魔法で強引に血の流出を止め、とりあえず死なないところまで持っていくと、プリメラは大きなため息をついた後に、真正面で治療を担当していたトールにそう尋ねる。



「一時間⋯⋯半くらいです。傷が深すぎる。」



 トールは歯を食いしばりながら険しい表情でそう答える。



「まじか⋯⋯。」



(私の魔力の方が先に尽きるかも⋯⋯。)



 止血に専念しているため、回復にも加われず、もはやプリメラに出来ることは治療が終わるその瞬間まで耐え続けることだけであった。



「それに、見つかったら多分、全滅だよね。この状況。」



 仮に魔力が持ったとしても、治療中の一時間半の間に敵が来られれば、最早戦闘に参加できるのはレイチェル一人であったため、状況は絶望的であった。


「⋯⋯っ。」


「どうにかならねえのか?」


 リアンはそれを聞くと、エリンの手を一層強く握り締めて情けない声で問いかける。


「うん⋯⋯ていうか、ひとつだけなんとか出来る方法はあるんだけどさ⋯⋯。」


 プリメラは額に汗を滲ませ、視線を真横に飛ばしながら言いづらそうにそう答える。


「なんだ!?」


「ちょっとだけ特別な魔法で⋯⋯すごく目立つんだ。」


 プリメラのその反応を見る限り、本人としては使いたくないのは目に見えて分かったが、それでもこの状況を覆すにはそれに縋るしかなかった。



「⋯⋯分かった。なら私が引きつけるわ。」



 それを聞いて立ち上がったのはレイチェルであった。



「⋯⋯お前一人で、三体をか?無茶言うな。」



 いくらレイチェルが高い戦闘能力を有しているとはいえ、リアンの言う通り、彼女一人で核モンスターを相手取るのは無茶があった。



「別に、引きつけるだけなら私一人で充分よ。」



「無理に決まってんだろ。」



素っ気なく強がってみせるが、それが無茶なのはリアンですら分かっていた。



「⋯⋯私の力なら、本来なら、あの時、倒せたはずなのよ。」



 レイチェルは剣を強く握り締めて小さくそう呟く。


 そこには彼女の悔しさが滲み出ていた。



「でもそれが出来なかったのは私の集中力が足りてなかったから。気が散ってたから足元を掬われた。」



「そして私が倒せなかったから、この女はやられた。」



「だったら私が何とかする。自分の尻拭いくらい自分でする。」



 レイチェルも少なからず責任は感じていた。そして、この方法こそが彼女なりのけじめのつけ方であった。



「⋯⋯本当に出来るんですか?」



 治療に専念しているトールは、視線をエリンから話すことなく、神妙な顔つきでそう尋ねる。



「⋯⋯できる。」


「ならお願いするね。」



 レイチェルが答えると、プリメラもエリンから視線を外すことなくそう続ける。



「ちょっと待ってくれよ!⋯⋯っ!」


 リアンはそれに反論しようと口を開くが、その声はプリメラの悲痛な視線によって遮られる。


「ごめんリアン、けど、このやり方じゃ、やっぱり、私の魔力持ちそうに無いんだ。」



 消耗の激しい浄化魔法や大魔法を連発すれば、どんな大魔法使いでも魔力はすぐに尽きる。


「もうこれしか無いの。」


 ニッコリと笑いながらも、その笑みが無理をして作っているものだとリアンにはすぐに分かった。だからこそ止めることが出来なかった。



「⋯⋯⋯⋯ならせめて、契約を。」



 リアンはそう言って手を伸ばすが、その手は乱暴に振り払われる。



「要らないって言ってるでしょ。アンタはおとなしくしてて。」



 レイチェルは短くそう言って背を向ける。



「⋯⋯っ!」



 するとリアンは悲壮感と怒りを露わにしてそんな彼女の胸倉に摑みかかる。



「ふざけんなっ⋯⋯!!」



「コイツがこんな風になっちまったのは俺たちのせいだ。俺たちが契約してれば、契約したお前の実力なら、あんな奴問題なく倒せた。契約をしなかったのはお前が意固地になったからだ。そんでコイツが俺を庇ったのは俺が弱かったからだ。」



 責任があるとすれば自分たち二人であり、決してレイチェル一人の責任ではない。



 ならばケジメをつけるのも二人でしなくては気が済まなかった。



「俺だって、死ぬほど後悔してんだよ⋯⋯⋯⋯俺にも、責任取らせろよ⋯⋯!!」



 少なくとも、自分のせいで幼馴染が傷付いて、そして何も出来ずに指を咥えているだけなんてリアンにはとても耐えられなかった。



「⋯⋯っ、勝手にしなさいよ⋯⋯。」



 レイチェルも同じような気持ちであったからこそ、否定することも拒絶することも出来ず、かといって素直に受け入れることも出来なかったため、軽くてを振り払って曖昧な態度を示す。



「ああ、勝手にするさ。」



 そう言って答えたリアンの表情はすでに覚悟が決まっているようであった、



「⋯⋯⋯⋯。」



 数歩前に出て周囲を見渡した後、治療を受けながら眠るエリンと、その止血をしていたプリメラの顔を見つめる。



「⋯⋯プリメラ。」



 そして短くその名を呼ぶ。



「⋯⋯なに?」



「そいつさ、久々に会ったとはいえ、一応大事な幼馴染なんだ。」



 視線を移すことなく、治療に集中するプリメラは余裕のない態度で問い返すと、リアンは苦々しい無理のある笑顔でそう答える。



「だから頼む、助けてやってくれ。」



「約束するよ。この子は絶対に私達が治す。だから、死んじゃダメだよ?」



 真剣な表情から伺える覚悟を感じ取ると、プリメラは誠意をもって自信満々にそう答える。



「⋯⋯ああ、信じてるからな。」



「互いにね。」



 プリメラの返事を聞くと、リアンはレイチェルの後を追って立っていた枝の上から飛び降りる。


「⋯⋯⋯⋯ふぅ⋯⋯。」


 樹の根元に着地をすると、レイチェルはすでに深呼吸をしながら精神統一を始めていた。



「行けるか?」



「⋯⋯ええ。」



 完全に心眼モードに入ったからか、その返事はいつもより静かで理性的なものを感じた。


「⋯⋯気に入らねえか?」


 リアンは指先に光を灯して一切視線を向けぬままレイチェルにその手を伸ばすと、主語のない問いかけを投げかける。


「ええ、アンタと手を組まなきゃいけないこの現状と、そうせざるを得ない状況を作り出した自分の不甲斐なさにね。」


 その光を同じく全く視線を移さぬまま左手で軽くハイタッチのように叩くと、掌に同じ色の光を放つ紋章が浮かび上がる。



「そりゃ俺も一緒だ。」



 嫌いな女と手を組むのなんて死んでも御免であったが、それでも押し通したいものがあったからこそ愚痴っぽく吐き出してしまう。



「さっさと終わらせるわよ。」



 準備を終えると、レイチェルはリアンの返事を聞き流して鞘に収まった剣を抜く。



「おうよ!」



 リアンはニヤリと虚勢にも似た態度でそう叫ぶと、二人は同時に走り出す。

次回の更新は六月二十四日になります。

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